【レビュー】『タイラー・レイク -命の奪還-』クリヘム&ルッソ兄弟が叶えた新局面 ─ シンプルだけど重層的、2時間弱のアトラクション

『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)のアンソニー&ジョー・ルッソが、今度はプロデューサーとして、クリス・ヘムズワース主演でシリアス&ハードな一作を送り出した。Netflix映画『タイラー・レイク -命の奪還-』は、2時間足らずという見やすい長さで、シンプルなストーリーをすさまじい熱量によって語り切る一作だ。
インド・ムンバイを牛耳る、麻薬王の息子オヴィが誘拐された。裏社会の任務を請け負う傭兵タイラー・レイクは、依頼を受け、オヴィを救出すべくバングラデシュ・ダッカへと向かう。タイラーは武器商人たちのアジトに突入してオヴィを奪還するが、事件の背後にいたのはバングラデシュの麻薬王アシフだった。タイラーに面目を潰されたアシフはギャングたちを手配し、タイラーとオヴィの確保を命じる。もはや街全体が敵、2人は絶体絶命の状況から脱出できるのか。
ストーリーは一見するとシンプルだ。あらすじはやや詳しめに記したが、「クリス演じるタイラーが、市街地にある敵の本拠地から少年を救出し、なんとか街を脱出しようとする」という一言でもいいし、それで決して間違ってはいない。タイラーに過去があること、獄中にいるオヴィの父親に代わって依頼を出す部下にも背景があることは重要だが、ひとまず映画を観はじめるにあたっては大きな問題ではないだろう。
それにつけても注目したいのは、本作で監督デビューとなったサム・ハーグレイヴによる鮮やかな語り口である。“物語”というものを「何を語るか」と「どう語るか」にざっくり二分するならば、本作がシンプルに見えるのは「何を語るか」の部分。観客を結末まで連れていく、「どう語るか」の技巧派ぶりには驚かされるだろう。
『アベンジャーズ/ウィンター・ソルジャー』(2014)でキャプテン・アメリカのスタントダブルを、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)のセカンドユニット・ディレクター&スタント・コーディネーターを務めたハーグレイヴ監督は、クリス・ヘムズワースという俳優の肉体をフルに活かした肉弾戦や銃撃戦から激しいカーチェイスまで、さまざまなアクションの連続で全編を構成している。シンプルなストーリーが単純に見えないのは、まるでタイラーやオヴィとともに市街地を行くかのような──時にはそれ以上の──映像体験を観客に味わわせるからだ。

本作の白眉は、約12分におよぶ疑似ワンカットによるアクションシーンだ。戦争映画『1917 命をかけた伝令』は全編を疑似ワンカット映像で構成し、観客を戦場に放り込むかのような臨場感を与えたが、その点でいえば『タイラー・レイク』はその試み以上に野心的だ。なぜなら本作の場合、カメラは縦横無尽に動き回り、物理的には不可能な“マジック”さえ取り入れているのである。「あれ? いつの間に?」と思うのもつかの間、銃声が聞こえ、次々と敵が現れ、車が走ってくる。登場人物の視点を超えて観客を振り回す、まさにライド・アトラクションのような体験だ。それでいてFPS(一人称視点のシューティングゲーム)を思わせる緊張感がみなぎる瞬間もあるから、緩急の演出も冴えている。
もっとも『タイラー・レイク』は、スタント出身の監督が放つアクション大作ながら、アクションのスケール自体はこの場面がピークとなる。その後、本作はタイラーの内面を描き、オヴィとの関係を描き、心理描写に軸足を置きながら、スピーディなアクションとともに結末へひた走るのだ。アクションの舞台を変えつつ、常に趣向を凝らして観客を飽きさせないのは、さすがはアクションのスペシャリストたるハーグレイヴ監督の手腕である。
無骨な傭兵だが、心の脆さを隠さないタイラー役のクリス・ヘムズワースは、せりふと表情の演技に厚みを増し、キャラクターの奥深さを示す。『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)と『アベンジャーズ/エンドゲーム』でソーの葛藤と復活を(ビジュアルに頼らず)演じきったクリスと、その実力を証明したルッソ兄弟によるプロデュースのタッグだからこそ可能だった新たな局面だろう。「水」をめぐる物語と演出の詩情には、従来の作品にみられなかった新鮮さもある。さりげないユーモアを随所ににじませるところにも、両者とハーグレイヴ監督のサービス精神を感じるはずだ。
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