Menu
(0)

Search

超傑作『アンダー・ザ・シルバー・レイク』が提示するポップカルチャーへの愛憎 ― 偽物を知ってしまった先へ

アンダー・ザ・シルバーレイク
© 2017 Under the LL Sea, LLC

「周波数ってなんだ、ケネス?」はおまえのベンゼドリン(※)

俺は脳死状態だし閉め出されてるし

不感症のうえノロマだし

俺はおまえを馬鹿げた夢へと釘付けにしていたと思った

不良映画の見すぎで視野狭窄

(What’s the frequency, Kenneth?/R.E.M.)

(※編注:アンフェタミンの一種)

1986年、アメリカでニュース司会者のダン・ラザーが見知らぬ暴漢に襲われた。そのとき、犯人は「周波数ってなんだ、ケネス?」という言葉を繰り返していたという(参考:uDiscover)。ダン・ラザーのミドルネームは「アーヴィン」。ケネスとは誰のことやらさっぱりである。

ところが、この事件をもとにしてロックバンドのR.E.M.が1994年に発表したシングル「What’s the frequency, Kenneth?」はもっと不可解な内容だった。とにかく歌詞の意味がわからない。適当に思いついた単語を並べたようで、何の歌か理解できたリスナーはまずいなかった。それでも、「What’s the frequency, Kenneth?」はアメリカ国内で大ヒットを見せる。そして、R.E.M.が解散するまでライブの定番曲であり続けた。

「What’s the frequency, Kenneth?」は、映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』でも非常に重要なシーンで使用されている。これはとても例外的だ。なぜなら、『アンダー・ザ・シルバーレイク』は我々が普通に接してきた音楽、映画、書籍やテレビといったポップカルチャー全般の虚実を暴き出す作品なのだから。

注意

この記事には、映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』のネタバレが含まれています。

アンダー・ザ・シルバーレイク
© 2017 Under the LL Sea, LLC

シルバーレイクで繰り広げられる無為な日々

ロサンゼルスにある街、シルバーレイク。ここは有名人になりたい若者たちが集う場所だ。サム(アンドリュー・ガーフィールド)もかつては何らかの夢を見ていたはずだが、今では仕事もせずフラフラと日々をやり過ごしている。暇潰しは古本巡りと暗号解読ごっこ、そして売れない女優であるガールフレンドとのセックスだけ。ついには家賃まで滞納し、あと5日でアパートを追い出されてしまうことになる。

そんなサムの前に天使が現れた。向かいに引っ越してきた美女、サラ(ライリー・キーオ)だ。サラの飼っている犬がきっかけで、サムは彼女の家へと入れてもらう。「ねえ、知ってる?クラッカーをほおばってオレンジジュースを飲むと最高なのよ」。サムはもうサラに夢中だ。しかし、彼女のルームメイトが帰ってきて楽しい時間は終わってしまう。サムたちは次の日にまた会う約束をして別れた。約束の時間になり、サムは彼女の部屋を訪れるが、中はすでにもぬけの空だった。

アンダー・ザ・シルバーレイク
© 2017 Under the LL Sea, LLC

淘汰されたアートの墓場としての本作

本作では現実と虚構が入り混じり、何が本当に起きているのかわからなくなる。デヴィッド・リンチ『マルホランド・ドライブ』(2001)と比較したがる人はいるだろう。あるいは、アラン・レネ『去年マリエンバートで』(1961)のように、登場人物の意識の流れを重視した作品群を連想したがる人もいるかもしれない。もちろん、1940~50年代に流行した「フィルム・ノワール」と呼ばれる犯罪映画が下敷きになっているのは大前提だ。

ここで筆者は、『サンセット大通り』(1950)や『何がジェーンに起こったか?』(1962)といった、ハリウッドの影を描いた映画たちとの共通点を挙げたい。50年代に入り、ハリウッド黄金期を支えたスターたちは行き場を失っていた。すでにスタジオ・システムは崩壊し、いわゆる「映画スター」の地位は低くなっていた。若い頃は世界を手に入れたようにもてはやされていたスターたちは、老齢を迎えてファンから忘れ去られ、寂しい生活を送っていたのである。

先述した作品群では、そんな孤独な元スターたちが狂気を募らせていく。『アンダー・ザ・シルバーレイク』もまた、手軽な娯楽に淘汰された、本物の映画や音楽、アートの墓場を映し出す。

サムに何らかの夢があったことだけは伝わるも、それが俳優なのかミュージシャンなのかははっきりしない。人脈を見る限り俳優とのつながりが濃いようだが、母親から「『第七天国』がケーブルテレビで放送するのよ」と電話がかかってきても興味を示さない。1927年、ジャネット・ゲイナー主演の名作なのに。一方で、サムの友人はドローンを使って美女をのぞく趣味を見せつける。せっかく文化の街、シルバーレイクにいても、彼らはまるで創造的な活動と無縁なのだ。

アンダー・ザ・シルバーレイク
© 2017 Under the LL Sea, LLC

ポップカルチャーは麻薬でもある

残酷なことを書けば、サムはとりたてて才能がある若者ではないし、おそらく才能を伸ばすための努力もしてこなかったのだろう。しかし、そんな人間でもたまたま知ったポップカルチャーの影響で、大きな夢を見てしまうことがある。サムはニルヴァーナのフロントマン、故カート・コバーンを尊敬していた。ベッドの前にポスターを貼り、ガールフレンドとのセックス中にはカートと向き合うことになる。なんともグロテスクなシーンだ。

そう、サムはカートのように退廃的で、芸術家肌の人生に憧れている。そして、絶世の美女であるサラは現実のしがらみを忘れさせてくれるドラッグのような存在だ。事実、サムはサラの部屋に初めて上がったとき、一緒にマリファナを吸ってトリップしている。家賃のために働くこともなく、消えたサラの行方を追いかけるサムは、美しい夢から覚めないでいようと必死だ。

サムはサラが愛聴していた音楽ユニット「イエスとドラキュラの花嫁たち」の代表曲「回る歯」の歌詞に暗号が隠されていると気づく。解読して導き出された場所は「グリフィス天文台」だった。名作『理由なき反抗』の舞台にもなった観光名所である。実生活で何も真面目にこなせないサムは、音楽や映画のこと、そして恋する女性のことになるとどこまでも真剣だ。

これは自戒を込めて書くが、筆者もサムと同じである。筆者は10代から映画や音楽を愛するようになり、人並みのことができなくなった。誰もが真面目にバイトや部活に明け暮れ、楽しく人間関係を築いていた青春時代、筆者は孤独だった。CDショップと映画館と本屋にしか出かけない日が大半だったのだ。さすがに暗号解読まではしなかったが、誰かが生み出した作品に過剰なまでの意味を求めてしまった経験は、ポップカルチャーに「くらった」人間なら誰もが記憶にあるのではないだろうか。

しかし、ポップカルチャーは麻薬でもある。サムがサラを探すために行った行動を並べてみよう。音楽や本に触れ、パーティーに行き、女の子に逃げられ、自慰行為にふける。「愛する女性を探す」という目的がありながら、サムの自堕落な日常はさほど大きな変化を見せていない。サムを駄目にしているのは他ならぬポップカルチャーへの愛でもある。

アンダー・ザ・シルバーレイク
© 2017 Under the LL Sea, LLC

衝撃的な「ソングライター」のシーン

『アンダー・ザ・シルバーレイク』は筆者を含めて、映画や音楽を愛するすべての人間にパンドラの箱を開けてみせる。

サムは「回る歯」が「ソングライター」からの提供曲だと突き止める。知り合いの女の子に頼み、彼は「ソングライター」の豪邸へと案内してもらう。豪邸の中、骨董品に囲まれた部屋に一台のピアノがあり、年老いた「ソングライター」はずっと鍵盤を弾き続けていた。しかし、旋律に聴き覚えがある。バック・ストリート・ボーイズの“I Want it That Way”だ!

「これは私が書いた曲だ。そして、これも、これも」。

ジョーン・ジェットの“I Love Rock ‘n’ Roll”、ピクシーズの「Where is My Mind」、あらゆるジャンルのヒット曲を「ソングライター」は奏でていく。反抗のアンセムになったパンク・チューンも、アート・ロックもテレビドラマの主題歌も、みんな同じ人間が金のために書いたのだ。そして、誰もが知るイントロを「ソングライター」は超絶技巧で弾いてみせる。ニルヴァーナの“Smells Like Teen Spirit”だ。サムのヒーローもまた、「イエスとドラキュラの花嫁たち」と同じく作られた存在にすぎなかった。

 

いつだって世界は僕のもの

ポップカルチャーは、若者に「自由」や「反抗」といった夢を見せる。そこに世界の真実があると錯覚させ、金を払わせるために。ポップカルチャーへの愛が強い人ほど、サムの受けた衝撃を共有できるだろう。だが、映画がそれだけで終わってしまっては底が浅すぎる。「ポップカルチャーなどすべて偽物だ」という考えもまた、「ポップカルチャーには真実がある」という考えと同じくらい一面的で薄っぺらい陰謀論だからだ。『アンダー・ザ・シルバーレイク』にはその先の答えが広がっている。

物語の終盤、サムはシルバーレイクに潜んでいた陰謀を知る。それでも、闇がうごめくシルバーレイクに帰っていく。世界には真実も偽物もない。そして、ポップカルチャーも同じことだ。裏側にどんな意志が働いていようと、目の前にある物を愛するかどうかは本人の勝手である。

「周波数ってなんだ、ケネス?」とR.E.M.は歌った。世界に意味など求めること自体が馬鹿らしいとでも言うように。エンディングにもR.E.M.の「Strange Currencies」が鳴り響く。

こんな世界は僕のもの

こんな世界こそ僕のもの

いつだって

(Strange Currencies/R.E.M.)

最高であれ最低であれ、世界とはこんなものなのだ。


映画『アンダー・ザ・シルバーレイク』は2018年10月13日(土)より全国の映画館にて公開中

『アンダー・ザ・シルバーレイク』公式サイト:https://gaga.ne.jp/underthesilverlake/

Writer

アバター画像
石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。