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『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』闇に消えた巨大プロジェクト「ダーク・ユニバース」とは

2017年製作、トム・クルーズ主演『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』は、米ユニバーサル・ピクチャーズによる「ダーク・ユニバース」という壮大な試みの始まりとなる企画だった。「だった」と書かざるをえないのは、2020年3月現在、その試みに続く作品が、本来の形では現れていないからだ。ダーク・ユニバースとは、どのように始まり、そしてどのように終わったのか(あるいは、まだ終わっていないのか)。本稿では、2010年代の映画界の動きをある意味では象徴するような、この一大企画について取りまとめておきたい。

ダーク・ユニバース
(C)Universal Pictures

ダーク・ユニバースのはじまり

『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』は、ユニバーサルが権利を保有する古典的モンスター映画『ミイラ再生』(1932)をリメイクするものとして製作された。ユニバーサルといえば、『魔人ドラキュラ』(1931)『透明人間』(1933)『フランケンシュタインの花嫁』(1935)『狼男』(1941)など、多数のモンスター映画を送り出してきた映画スタジオ。そう、ダーク・ユニバースとは、古典的なモンスターたちを豪華キャスト&スタッフで甦らせる企画だったのだ。『アベンジャーズ』でおなじみのマーベル・シネマティック・ユニバースが映画界でひとつの覇権を握ったことで、あらゆる作品が世界観を構築する「ユニバース」を構想する動きは各所でみられていた。

2017年5月、ユニバーサルはダーク・ユニバースを正式発表。『ザ・マミー』を皮切りに、『透明人間』『フランケンシュタイン』『フランケンシュタインの花嫁』をリメイクすることを発表し、『ザ・マミー』にはトム・クルーズソフィア・ブテラを起用。透明人間をジョニー・デップ、フランケンシュタインをハビエル・バルデムが演じると発表されたのだ(のちに『フランケンシュタインの花嫁』にアンジェリーナ・ジョリーが出演するとも報じられた)。ユニバースの各作品を繋ぐのは、ラッセル・クロウ扮するヘンリー・ジキル博士が率いる秘密組織「プロディジウム」。この世の悪を追い、研究し、時に破壊する彼らは、何千年にもわたって人々を守ってきたという設定だった。

ダーク・ユニバース
(C)Universal Pictures

ユニバースの指揮を執るキーパーソンとして雇用されたのは、『スター・トレック』シリーズのアレックス・カーツマン、『ワイルド・スピード』シリーズの脚本家であるクリス・モーガン。そのほか製作陣には、『美女と野獣』(2017)監督のビル・コンドン、『ミッション:インポッシブル』シリーズを手がけるクリストファー・マッカリー、『ジュラシック・パーク』(1993)脚本家のデヴィッド・コープらが参加した。また、ユニバースの始動に先がけて公開されたデモ映像には、映画音楽の名匠ダニー・エルフマンがテーマ曲を提供している。

進水、そして座礁

こうしてダーク・ユニバースは、大きな注目を集め、鮮やかなスタートを切った。モンスター映画を現代の感性で蘇らせるというコンセプトは、続編・リメイク・リブート盛んなハリウッドにあっても異彩を放ったのだ。始動が発表された翌月の2017年6月には、『ノートルダムのせむし男』(1923)『オペラ座の怪人』(1925)『魔人ドラキュラ』『大アマゾンの半魚人』(1954)をリメイクするとの構想も語られている。さらに7月には、『マジック・マイク』『21ジャンプ・ストリート』シリーズなどのチャニング・テイタムがヴァン・ヘルシングを演じるとも報じられた

しかしながら、この時すでに、不穏な空気が漂い始めていたことも事実だ。『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』は6月9日に米国公開され、その後、世界各国での封切りを経て7月28日に日本でも公開されたが、興行・批評の両方において、スタジオが期待していたほどの成果をあげることができなかったのだ。期待されていた新企画の第1弾としてはあまりにも厳しい結果であり、このことはすぐにユニバース全体に影響をもたらすことになる。

まずは2017年10月上旬、第2弾として企画されていた『フランケンシュタインの花嫁』の製作が延期されている。2018年2月に撮影開始と報じられていたが、ユニバーサルは脚本作業などに時間をかけるため、ひとまずこれを見送ったのだ。そして翌11月上旬には、さらに大きなニュースが飛び込んでいる「ダーク・ユニバース、早くも存続の危機」だというのだ。指揮を務めるアレックス・カーツマン&クリス・モーガンが企画を離脱、ユニバーサルの専用オフィスはもぬけの殻。ユニバーサルは事態を打開すべく、有名監督やプロデューサーの起用を新たに検討していると伝えられた。始動が発表されてから、わずか6ヶ月後の出来事だった。

(C)Universal Pictures

その後、ダーク・ユニバースやモンスター映画のリメイク企画について、ユニバーサル側から正式な発表がなされることはしばらくなかった。2018年1月には、『透明人間』の脚本を執筆していたエド・ソロモンが企画を離脱していることが新たに判明。同年5月には、ダーク・ユニバースに関する謎のミーティングが行われていたことも分かっているが、これについての続報はない。12月、『ザ・マミー』出演者のジェイク・ジョンソンは、ダーク・ユニバースの状況について「全くわからない」と答えている。「もしも終わっちゃうのなら、ファンやユニバーサルには残念に思うけど、僕にはアフリカ上空をトム・クルーズと一緒にヘリで飛んだ思い出ができました」。

仕切り直しの再出発

2019年1月、ユニバーサルがモンスター映画の新たなる戦略を進行していることが報じられた。もともとはダーク・ユニバース作品として、ジョニー・デップ主演で製作される予定だった『透明人間』のリメイク企画が、新たな布陣で動き始めたのだ。プロデューサーに起用されたのは、『ゲット・アウト』(2017)や『ハロウィン』(2018)などホラー/スリラーを手がけさせたら右に出る者はいないほどの俊英ジェイソン・ブラム。脚本・監督には『ソウ』『インシディアス』シリーズを手がけてきたリー・ワネルが抜擢された。

この時、ユニバーサルの戦略は、作品がひとつの世界観を共有する「ユニバース」構想からはすでに離れている。『透明人間』リメイク企画は、「クラシックなモンスターと、明確なビジョンを持つクリエイターを出会わせる新戦略」と説明されたのだ。ユニバーサルは自社のモンスターを利用して、フィルムメーカーが独自の物語に自由な形で取り組める、ゆるやかな企画として全体を再考したのである。なお、ダーク・ユニバースの出演者として発表されていたトム・クルーズやハビエル・バルデム、ラッセル・クロウ、そしてジョニー・デップは新作モンスター映画への出演権を有していると伝えられた。

2020年2月、エリザベス・モスを主演に迎えた『透明人間』はスタジオの期待に応えるヒット作となった。新型コロナウイルスの影響で上映期間中に映画館が閉鎖される事態にはなったものの、製作費700万ドルという中規模予算にして、3月18日(米国時間)時点での全世界興行収入は1億2,289万2,250ドル。米国では映画館がほぼ稼働していない状態だが、ユニバーサルは米国内でのオンデマンド配信に踏み切り、さらなる収益に期待をつないでいる。

透明人間
© 2020 Universal Pictures

現在、ユニバーサルは気鋭のクリエイターによるモンスター映画を多数準備中だ。『ゴーストバスターズ』(2016)ポール・フェイグ監督は、おなじみのモンスターたちが一堂に会するという『ダーク・アーミー(原題:Dark Army)』を、『ロケットマン』(2019)デクスター・フレッチャー監督はドラキュラ伯爵のしもべを描くホラーコメディ『レンフィールド(原題:Renfield)』を、女優・監督のエリザベス・バンクスは『インビジブル・ウーマン(原題:The Invisible Woman)』を企画しているほか、オリジナル脚本によるモンスター・ミュージカル『モンスター・マッシュ(原題:Monster Mash)』も進行中。ダーク・ユニバースで企画されていた『フランケンシュタインの花嫁』も、新たに『スパイダーマン』シリーズのプロデューサーであるエイミー・パスカルの手で再始動しているほか、『ソウ』『死霊館』シリーズのジェームズ・ワン監督も新企画に着手しているという。

『透明人間』の米国公開にあたり、ユニバーサルのドナ・ラングリー会長は、ダーク・ユニバースについて「失敗だった」と振り返った。

「我々が気づいたのは、キャラクターたちは大変魅力的ですが、決して(映画化を)急ぐものではなかったということ。また、古典的なモンスター映画が世界観を共有することはまったく求められていなかったということです。」

今後、ダーク・ユニバースという看板が再び掲げられることがあるのかどうかは誰にもわからない。大ヒット&高評価を受けた新作『透明人間』は、2020年5月1日(金)全国ロードショー。

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Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。