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ワンダー・ウーマンが国連名誉大使に選出された社会的意義 – ジェンダーの視点で見る女性ヒーロー

DCコミック初期に生み出された女性スーパーヒーロー(厳密にはヒロインの一言で言い表すべきだが、あえて女性スーパーヒーローと表記させていただく)、ワンダー・ウーマン。日本ではそこまで知名度の高くないヒーローだったが、2016年公開の映画『バットマンvsスーパーマン』でガル・ガドットが鮮烈に演じてみせると、その美しさや強さが強いインパクトを残した。

この度、そのワンダー・ウーマンがアメリカで女性の社会的地位向上を呼びかける名誉大使として選出され、日本時間の10月22日(土)午前1時より国連本部にて任命セレモニーが開催された。2017年夏公開予定の『ワンダー・ウーマン』でも引き続きワンダー・ウーマンを演じるガル・ガドットと、同作の監督パティ・ジェンキンスが登場する様子がライブ配信され、Q&Aセッションなどが設けられた。

男女平等が叫ばれて数十年が経つが、状況は未だすべての男女が納得できる形には至っていない。ここ日本でも、『この国は、女性にとって発展途上国だ』とのメッセージを投げた化粧品製造・販売会社のテレビCMが一部で炎上とされるほど話題を呼んだニュースも記憶に新しい。
今回のワンダー・ウーマンの大使就任をアナウンスする国連公式ウェブサイトでは、世間に未だ残る女性不遇の状況を以下のように訴えている。

女性を取り巻く状況

母体死亡

世界で母体死亡の割合は1990年に比べ45%低下した。
しかし、未だに1日あたり800人の女性が避けられた妊娠関連の原因で死んでいる。うち99%は発展途上国で起こっている。

安全な水の利用

1990年から2010年にかけて、20億人が安全な水を使えるようになった。
しかし、サハラ砂漠何部の25のアフリカ諸国では、女性たちが安全な水を手に入れるために1日で累計1600万時間が費やされている。男性は600万時間、子どもは400万時間である。

政治

女性の参政率は過去20年でほぼ2倍に改善された。
とはいえ、現在の女性の参政率は22%だけである。

労働と給与

就業年齢(15歳以上)において、女性の就職率は世界で50%。一方で男性は75%。
さらに、女性の賃金は男性に比べて24%少ない。

女性の管理職

1998年、フォーチュン500に選出された企業の女性社長は1998年はわずか1人だったが、2014年には25人となった。
しかしこれは、全体のうちのわずか5%である。

教育

全ての先進国では、初等教育において男女平等をほぼ実現できた。
しかし、多くの国では第二次・第三次教育において未だに男女不平等の差が大きく開いている。
サハラ砂漠より何部のアフリカでの第三次教育では、2014年時点で男女比は10:7。

メディア

出版、ラジオ、テレビ業界への女性の進出は1995年時点で17%、2015年になってもわずか24%。
ジェンダー問題を論じるニュースはわずか9%。ジェンダーのステレオタイプに疑問を投げかける記事は4%のみ。

リテラシー

読み書きの能力を持つ成人の割合は1990年の76%から2014年には85%まで上昇した。しかし、世界中の女性の60%以上は未だ読み書きができない。

戦争と女性

2000年に定められた国連安全保障理事会 決議1325号では、戦争は女性に影響を及ぼし、平和構築のための話し合いに女性の参加が必要であると定めた。
しかし1992年から2011年にわたって、その会議に参加する女性の割合はわずか9%である。

女性への暴力

1993年、国連総会宣言は女性に対する暴力行為の除去についての取り組みを制定。
しかし20年以上が経った今でも、女性の3人に1人は肉体的・性的暴力を経験している。そのほとんどが交際相手によるものである。

国連は”UN WOMAN”と呼ばれるキャンペーンを発足し、2030年までにこれらの状況を段階的に解消し、世界中で男女平等を実現するとしている。今回ワンダー・ウーマンはその名誉大使に選ばれたというわけだから、スーパーヒーローの社会的影響力の大きさを感じずにはいられない。

ワンダー・ウーマン選出への抗議

しかし、コミック・キャラクターの採用に対しては反対意見も多い。現地時間21日、ニューヨークの国連本部で行われた任命式では、「実在の女性を選ぶべきだ」と訴える抗議活動も見られた。産経ニュースは以下のように報じる。

国連では、次期事務総長選に女性が計7人立候補したものの選出されず、落胆の声が広がったばかり。約50人の職員が任命式で背中を向けて抗議し、ケニア人の女性職員(41)は「女性の地位向上はきわめて重要な問題だ。話すことができない大使に、役目が務まるのか。(キャラクターの採用は)潘基文(パン・ギムン)事務総長の大きな課題となった」と語った。

産経ニュース

今回の選出は、もともとワーナー・ブラザーズ側が国連に持ちかけたという。映画化を控えるキャラクターに栄誉を与えれば、映画の強力なプロモーションになる。国連側も、キャラクターの知名度を借りればこの活動を広く認知させることが出来るわけで、両者の思惑が一致したのだろう。
しかし、この任命は女性の地位向上問題を映画のPRというビジネス的な思惑のもとに軽んじるものだろうか。一度、ワンダー・ウーマンがいかに『女性の地位向上』を実現すべく生み出された世界初のヒーローであるか、その歴史とともに解説したい。

ワンダー・ウーマン誕生の背景

映画『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』で中心的に描かれたバットマン、スーパーマン、そしてワンダー・ウーマンは、世界中の他のどのスーパーヒーローより長い歴史を積み重ねた三銃士である。我が国のヒーローの初登場と比較してみると、仮面ライダー放映開始が1971年、ウルトラマン放映開始が1966年、鉄腕アトム連載開始は1951年。彼らに対し、スーパーマンの初登場は1938年、バットマンは1939年、そしてワンダー・ウーマンは1941年だ。

力を持たない女性ヒーロー

1930年代が終わる頃、彗星のごとく誕生したスーパーマンとバットマンは、戦時下のアメリカにおいて新たな正義の象徴となった。コミック内でスーパーマンはヒトラーやスターリンに宣戦布告し、国民の愛国心を煽り、世論をブラッシュアップする指導者となった。スーパーマンとバットマンは、大戦下にある国民の憂鬱を吹き飛ばし、曇り空を固めてエネルギーに変換するカタルシスの具現化であった。カラフルな衣装、ポマードで整えたヘアスタイルのスーパーマンに、闇夜に紛れる暗黒の騎士バットマン、どちらもマッチョイズムのもと、アメリカ大陸に吹く風でマントをなびかせ、犯罪者や悪の統帥に果敢に戦いを挑んだ。正義とは、戦いとは、男性の役目であるというステレオタイプは、現在よりももっとジェンダーリテラシーの低い当時の時代背景においては極めて色濃いものであったろうという推察は誰にも簡単につくはずだ。

1940年、男性中心のスーパーヒーロー界において、初の女性ヒーローが登場する。それがワンダー・ウーマン…と言いたいところだが、実はそうではない。史上初の女性ヒーローは『レッド・トルネード』を名乗る”マー・ヒュンケル”という人物だ。これがその画像なのだが、これを見ればいかに女性が『正義』のフィールドで軽視されていたかがひと目でわかるだろう。

http://dc.wikia.com/wiki/Abigail_Hunkel_(New_Earth)
http://dc.wikia.com/wiki/Abigail_Hunkel_(New_Earth)

糸くずにまみれたような生活感溢れる赤いスウェットに馬鹿げた色のタンクトップとハーフパンツを履いて、頭には台所用の鍋を被っている。ブルース・ウェインが豊富な資産を使って戦闘に最適化されたバットスーツを開発する一方で、レッドトルネードは衣装も武器もお手製。ネズミ色の手袋はまるで台所仕事用だ。スーパーヒーローとしての彼女の能力は、肝っ玉母ちゃん由来の腕力にまかせた基本的な近接格闘戦と、『お料理』である。当然ながら彼女はヒトラーやスターリンといった他国の脅威とは戦わない。相手にするのは町内会レベルのトラブルのみだ。

レッドトルネード登場の翌年、『スピードコミック誌』に初登場する女性ヒーローも、当時の女性の社会的地位を物語っている。彼女の名はパット・パーカー、俗称は『戦う看護婦』である。

http://comicvine.gamespot.com/pat-parker-war-nurse/4005-61306/
http://comicvine.gamespot.com/pat-parker-war-nurse/4005-61306/

登場時のパット・パーカーは、完全に男性のサポート役であった。西ヨーロッパの戦地で救援活動に奔走するのが彼女の役目だった。彼女は後に露出度の不当に高いコスチュームを着用し、ナチスの脅威から子どもたちを守る。

http://www.writeups.org/war-nurse-parker-family-comics/
http://www.writeups.org/war-nurse-parker-family-comics/

男勝りで自立した女性像がアイコンとして確立し始めていた当時のアメリカとはいえ、スーパーヒーロー界の『男女平等』は、レッド・トルネードやパット・パーカーといった庶民出自のヒーローでは実現に至らなかった。クリプトン星から送られ、キリスト的救世主として描かれたスーパーマン、悲劇と恐怖を動力に変換しゴッサムシティの悪を一掃できるほどの実力を持つバットマンといった新時代の神話の人物に対し、女性ヒーローの持つパワーは明らかに劣っていた。しかし、その不平等は、ようやく登場するワンダー・ウーマンによっていくらか解消されることになる。

アマゾンの女王

ワンダー・ウーマンが「オールスターコミックス』誌で読者の前に初めて姿を現したのは1941年。12月、日本軍による真珠湾攻撃が起こった年である。

ワンダー・ウーマンの出で立ちは、女性ヒーローにおける革命を意味していた。その姿は、日常生活から生まれたレッド・トルネードとも、女性職業由来のパット・パーカーとも明らかに異なる。頭にはティアラの王冠を頂き、肉体はアスリート並に筋肉隆々、アルソックである。彼女はコミックス界における、ギリシャ神話の美しく誇り高い女神、アフロディーテであった。

http://dcwomenkickingass.tumblr.com/post/12427040722/wwparty
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ワンダー・ウーマンことダイアナの出自は、女系種族であるアマゾン族の一員。何かを意図するかのように、アマゾン族の女たちは世界一強い男とされるヘラクレスに破れ、奴隷となった。彼女たちはそれこそアフロディーテの助けで船に乗って脱出、パラダイス島にたどり着いた彼女達は反男性的な文明を興す。そこは暴力と横暴といった男性的要素から解き放たれた女性だけの楽園であった。これだけでも、ワンダー・ウーマンの誕生の裏に、いかに女性たちが男性支配から立ち上がろうかとしていたかが察せられるだろう。

2017年公開の映画版でクリス・パインが演じることになるアメリカ空軍のパイロットスティーブ・トレバーは、このパラダイス島に不時着する。女王の娘ダイアナは、『禁男の地』に降り立った最初の男性スティーブと恋に落ち、ダイアナの母である女王ヒッポリタは、スティーブの到来を『神々の啓示』であると考える。ダイアナはスティーブに惚れるが、彼は戦地に戻らなければならず、二人は共にアメリカへと向かう。

なぜアマゾン族は彼女のアメリカ行を赦したのか…それは、『アメリカこそ男女平等を守る最後の砦だから』だというのだ。そこには当時の国民のジェンダーに対する希望と理想が込められていた。コミックス界は、ワンダー・ウーマンの存在を通じてアメリカの男女平等を願ったのではないか。

誕生と同時に両親を失っている『銀河規模の家なき子』スーパーマンことカル・エルと、同じく幼少期に両親を殺害されたトラウマから黒いコスチュームに身を包むようになった孤児バットマンことブルース・ウェインに決定的に欠けているもの、それは家族と母性愛であった。パラダイス島で母や仲間と暮らしていたワンダー・ウーマンは、ユニバースを構築するパズルに『母性愛』というピースを創りだし、ピタリとつなぎ合わせた。こうしてスーパーマン、バットマンのいるスーパーヒーローの世界に、女性であるワンダー・ウーマンが肩を並べるに至ったのである。

http://comicsalliance.com/evolution-worlds-finest-superman-batman-comics/
http://comicsalliance.com/evolution-worlds-finest-superman-batman-comics/

それにしても、1941年当時より高度な女性思想を掲げたワンダー・ウーマンが早くも登場したことに驚かないだろうか。なぜワンダー・ウーマンが描かれたのか、その舞台裏には納得の理由がある。

ワンダー・ウーマンの生みの親は、心理学者であり作家のウィリアム・モールトン・マーストン博士とその妻エリザベス。マーストンはハーバード大学卒の秀才で、あの『嘘発見器』の発明者である。ワンダー・ウーマンの武器は金に輝く魔法の投げ縄で、これに捕らえられた悪人には正直者になって真実を語るといった能力が備わっているが、そんなアイデアもこの嘘発見器に紐付いているのかもしれない。
さらにマーストン博士は、現在でも使われている、行動特性を分類する『DiSC理論』の提唱者でもある。彼が心理学や科学を世間にわかりやすく伝える媒体としてコミックス業界に可能性を見出したのも必然的だった。
マーストン夫妻はジェンダー問題について当時から先進的な考えを持っていて、女性参政権運動にも熱心だった。女性ヒーローの創作を勧めたのも、そしてワンダー・ウーマンのモデルとなったのもエリザベス夫人だ。

ちなみに心理学者であり、コミック・ヒーロー生みの親でもあるマーストン博士のユニークな伝記がソニー・ピクチャーズによって映画化されるというタイトルは”Professor Marston & The Wonder Women”、ワンダー・ウーマンがいかにして生み出されたかが描かれるそうだ。出演はディズニー映画『美女と野獣』でガストンも演じるルーク・エヴァンスと、『アイアンマン3』マヤ・ハンセンや『トランセンデンス』で主人公エヴリン・キャスターを演じたレベッカ・ホール。

以上、ワンダー・ウーマンがどのようなヴィジョンの元に成り立つ女性ヒーローであるかを簡単に解説した。実は彼女の名誉大使任命に反対する根拠としては、生みの親であるマーストン博士が男女平等を掲げながらその裏でエリザベス夫人へのDVや別の女性との同居などの狂った私生活を送っていたという人格破綻ぶりを指摘する声もある。こうした手放しに称賛できない部分から目を背けるわけではないが、それでもワンダー・ウーマンの歩んできた道のりは、暴力と男性権威主義に溢れるスーパーヒーロー界に革命をもたらしたという観点で輝かしい。

実在しない人物を任命するのはいかがなものかという意見はもっともだとしても、少なくともワンダー・ウーマンの存在によってこうした社会問題に目を向ける機会が生まれたことも事実であろう。ポップカルチャーが世界を変えることを願ってやまない。

Source:http://www.dccomics.com/blog/2016/10/20/wonder-woman-designation-as-honorary-ambassador-for-the-empowerment-of-women-and
http://www.unwomen.org/en/digital-library/multimedia/2015/9/infographic-gender-equality-where-are-we-today
http://deadline.com/2016/10/professor-marston-the-wonder-women-acquired-sony-1201832504/
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/cat_60306784.html
http://www.sankei.com/world/news/161022/wor1610220029-n1.html

Writer

中谷 直登
中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER編集長。ライター、メディアの運営や映画などのプロモーション企画を行っています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

Comment

  1. 真ん中あたりからゆっくり下りる広告撲滅委員会

    とても興味深い良い記事でした。WWが国連大使になったことにただすげえやとしか思わなかった自分が恥ずかしいです。
    しかし記事中にある「スーパーマンとバットマンに母性愛が無い」というのは納得しかねます。確かに両者とも本当の親を亡くしていますが、特にスーパーマンにはケント夫妻がいます。ケント家はアメリカがイメージする良き家庭の典型だと思うのですがどうでしょう。一方バットマンは一見孤独ですが、息子同然のロビンがいますしアルフレッドは作中でよく母親呼ばわりされています。それを思うとWWだけ家族愛があるとは思えないのですが…

    1. Naoto Nakatani

      嬉しい感想をありがとうございます。
      スーパーマンとバットマンの母性愛の件、たしかにおっしゃる通りですね。単純に生い立ちのみをワンダー・ウーマンと比較してしまった結果、ケント家やロビンといった要素への考慮が欠けておりました。
      ご指摘いただきありがとうございます。また遊びに来て頂ければ幸いです。

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