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働く大人の『フォードvsフェラーリ』解説 ─ 交渉人シェルビー、職人気質マイルズ、中間管理職アイアコッカと大企業の摩擦

フォードvsフェラーリ
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

もしも車に、カーレースに興味がないとしても、映画『フォードvsフェラーリ』を観て楽しめるのだろうか? 「まったく問題ない」と即答しよう。じつは、筆者もその一人なのだ。こういう仕事でなければ、この映画を観ることも、ひょっとするとなかったのかもしれない……それくらい、車にもレースにも縁のない人生を歩んできた。そんな筆者でさえ「まったく問題ない」と言えるのは、この作品が、車やレースについてよりも、むしろ「働くこと」「生きること」についての映画にほかならないからである。

舞台は1966年のアメリカ。元レーサーで、今は気鋭のカーデザイナーであるキャロル・シェルビー(マット・デイモン)のもとに、とあるオファーが舞い込んでくる。アメリカ最大の自動車メーカー、フォード・モーター社が、「ル・マン24時間耐久レース」で、モータースポーツ界の絶対王者であるフェラーリ社を破りたいというのだ。シェルビーは依頼に応え、破天荒なレーサーのケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)とともに、史上最高の車を開発すべく数多の困難に挑んでいく。果たして、ふたりは奇跡を起こすことができるのか。

フォードvsフェラーリ
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

シェルビー&マイルズvsフォード

1959年、当時レーサーのキャロル・シェルビーは、ル・マン24時間耐久レースで見事優勝を飾る。類まれなる才能の持ち主だったシェルビーは、超高速の世界に魅せられた男の一人。「エンジン回転数、毎分7,000回。そこではすべてが消えていく…」。映画はシェルビーの語りから始まるが、彼は心臓病ゆえにレーサーとしての第一線を退いた身。カーデザイナーに転身したシェルビーに、ある男は「キャロル・シェルビーは車に乗るのが怖くなったのだ」という噂があると告げる。しかし実のところ、彼の情熱は消えていない。

フォードから依頼を受けたシェルビーは、タッグを組むドライバーとして、イギリス出身のレーサー、ケン・マイルズを抜擢する。しかしこの男、運転の腕前も知識も人並みはずれて確かだが、どうにも性格に難があった。自分の主張は曲げない、怒りに火が点くと止められない。巨大企業フォードが社運を賭けるル・マンの大舞台を担わせるには、いささか問題のある男なのだ。けれどもシェルビーとマイルズは、ル・マンを制するというミッションに挑む中、確固たる友情と信頼で結ばれていく。

自分では二度と達せない“超高速の夢”を託すシェルビーと、家族や車への愛情を賭して“超高速の夢”に挑むマイルズ。2人を繋ぐものは、「レースにすべてを捧げる」という純粋な思いだけ。しかし、フォードという企業の側はそれほどシンプルではなかった。売上の回復、業界の覇権奪取を狙うフォードは、フェラーリの買収計画に失敗し、憎しみ混じりの対抗心を燃やしていたのだ。むろん、ル・マンへの出場には、自社の車を晴れ舞台でアピールするという目的もある。では、そんなフォードという組織に、2人の男はどうやって食い込んでいくのか? これが、『フォードvsフェラーリ』の大きなポイントである。

フォードvsフェラーリ
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

シェルビーとマイルズは、その戦い方も、それぞれが戦うフィールドも異なる。たとえばシェルビーの場合、元レーサーではあるが、今ではレースに出られない。そこで彼が務めるのは、デザイナーとしての仕事に勤しみながら、フォードとの交渉では矢面に立つという仕事だ。時には調整役を務めつつ、彼は自らの信念を貫く。かたやマイルズは、企業とのやり取りには顔を出さない。あくまで現場のみを戦場とし、自分の開発する車と、自分の走るサーキットを見つめ、それからレースの対戦相手をにらんで熱意をたぎらせるのである。

しかし時には、その違いが大きなひずみに繋がる。シェルビーはマイルズを信頼し、彼のやり方に指図こそしないが、シェルビーには“対フォード”という仕事も重要だ。しかし、やむを得ずシェルビーがマイルズをレースに推すことができなくなった途端、マイルズはハシゴを外され、その技術や能力、仕事が正当に評価される機会を失うことになる。マイルズは怒りと悔しさを抱えながらも、一人でレースカーの整備をするほかなくなってしまい……。開いてしまった溝を、2人の仕事人は一体どう埋めるのか。

レーサー、デザイナー、企業人の思惑

フォードのル・マン参戦のカギを握ったのは、マーケティング責任者のリー・アイアコッカ(ジョン・バーンサル)だ。切れ者だが社内での成果を挙げられずにいるアイアコッカは、社長のヘンリー・フォード2世(トレイシー・レッツ)に対し、若者に支持されるフェラーリの買収を提案した張本人。そして、フェラーリとの交渉決裂を招いた張本人でもある。もっとも、フェラーリが買収話を蹴ったことから、怒ったフォード2世はレースカーの開発を決定。ル・マンでの“打倒・フェラーリ”を目標に掲げることになる。

『フォードvsフェラーリ』
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

実際のアイアコッカ、フォード2世、同じくフォード重役のレオ・ビーブ(ジョシュ・ルーカス)がどのような人物だったかは脇に置きつつも、『フォードvsフェラーリ』に登場する3人は実に企業人らしい。たとえばアイアコッカは、実際には重役ながら、中間管理職的な人間味を感じさせる人物。社内での躍進を狙ってフェラーリ買収を進言するも、交渉の場では完全に策を仕損じ、動揺を隠しきれなくなる。その後フォード2世の前に立たされれば、フェラーリ社長による“2世”への侮辱を、なぜか本人にありのまま伝える羽目になるのだ。はっきり言って不憫である。ただし彼はその後、大企業の幹部としての、ビジネスマンとしての表情もきちんと見せている。フォード社内の動きにほくそ笑んだり、ル・マンのサーキットで一歩退いてレースを見守ったりする様子からは、アイアコッカの沈着な側面もうかがえるだろう。

フォード社内の企業劇・政治劇は、シェルビー&マイルズやレースに並んで、本作の大きな見どころのひとつ。アイアコッカと同じく重役のレオ・ビーブは、企業イメージや経済的利益を執拗に求めてシェルビーとマイルズの前に立ちはだかる男。あからさまな振る舞いで“マイルズ外し”に奔走するなど悪役めいた役回りだが、社長にはやたらと丁寧、現場の人々には高圧的、そのくせ目算が少々狂うと大慌てするさまにはどこか情けなさがある。また、社長のフォード2世は器の大きい男だが、“2世”なりのコンプレックスと優しさが随所ににじみ出る。それから、良くも悪くも社長としての余裕がつい出るところも人間らしい。

情熱あふれるデザイナーにして、現場のリーダーであるキャロル・シェルビー。ずば抜けた才能と扱いづらい性格を持つ職人、ケン・マイルズ。野心はあるが周囲に振り回されるリー・アイアコッカ。企業と社長を優先するレオ・ビーブ、社長としての表情に素顔が垣間見えるヘンリー・フォード2世。本作の登場人物は、いずれも個性あふれる──そして、私たちのすぐそばにいる──「組織のひとびと」だ。彼らはそろって、“自分は何を大切に生きているのか”を体現しているのである。

フォードvsフェラーリ
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

だから『フォードvsフェラーリ』には、日ごろ働くあなた自身によく似た人物が登場するはずだ。難しい仕事のプレッシャーと戦ったり、自らの熱意とスキルに愚直に向き合ったり、くせのある人々の間に立って孤軍奮闘したり。自分の思いや能力が及ばずに奥歯を噛んだことや、“天才”を前にして成す術もなくなった経験を思い出すことになるかもしれない。登場人物の雄姿に、「もしもこうあれたなら」と思わず背筋が伸びる瞬間も待っているだろう。

彼ら全員の思いは、クライマックスに待つ「ル・マン24時間耐久レース」に向かっていく。マイルズは全員の希望と祈り、それから思惑を車体いっぱいに乗せ、レースカーを超高速で走らせるのだ。それゆえマイルズは、一人でコックピットに座りながらも、決して一人ではない。「エンジン回転数、毎分7,000回。そこではすべてが消えていく」「そこで問いかけられる、“お前は誰だ”と」。その時、マイルズがたどり着く答えにも、きっと胸を打たれるにちがいない。

THE RIVER『フォードvsフェラーリ』キャンペーン情報

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映画『フォードvsフェラーリ』はデジタル先行配信中。ブルーレイ&DVDは2020年5月2日(土)発売。これを記念して、THE RIVERでは公式Twitterにて、「推しキャラ」投票を開催中だ。本記事でご紹介したように、本作は働く人々の熱い人間ドラマが魅力。キャロル・シェルビー、ケン・マイルズ、リー・アイアコッカの3キャラクターの中から、あなたが最も共感できるのは誰だろう。投票してくれた中から抽選で5名様に、今では手に入らない本作劇場用パンフレットをプレゼント。

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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