【レビュー】『21ブリッジ』チャドウィック・ボーズマンが夜の街を駆ける、緊迫のクライム・アクション

チャドウィック・ボーズマン最後の主演・製作映画『21ブリッジ』が、2021年4月9日より公開となる。真夜中のマンハッタンを舞台に、『アベンジャーズ/エンドゲーム』ルッソ兄弟が製作を手掛けたスピーディーなクライム・アクションだ。
真夜中のマンハッタン。大量のコカインを奪った犯人2人組が、8名の警察官を殺害して逃亡。ニューヨーク市警(NYPD)のアンドレ・デイビス刑事(チャドウィック・ボーズマン)が現場に駆けつけると、犠牲者の中には警察学校時代の同窓生もいた。
アンドレはNYPD85分署のマッケナ署長(J・K・シモンズ)の指示で、麻薬取締局のフランキー・バーンズ(シエナ・ミラー)とタッグを組み、捜査にあたることとなった。犯人が高飛びするのを防ぐため、マンハッタンに架かる21の橋すべてを封鎖。一夜限りの緊急ロックダウン作戦で、犯人を追い詰めるのだ。
タイムリミットは午前5時。朝がやってくる前に、アンドレは逃げた犯人2人を捕まえなければならない。だが、追跡を進めるうち、夜よりも深い闇の陰謀が潜んでいることに気付いていく……。
『ブラックパンサー』後、チャドウィック・ボーズマンがルッソ兄弟と作り上げたハードボイルドな刑事像
チャドウィックは『ブラックパンサー』でワカンダの高貴な王として道義を重んじていたが、『21ブリッジ』で演じた主人公アンドレは、任務遂行のためならなりふり構わないアンチ・ヒーロー的な側面を兼ねている。『フレンチ・コネクション』(1971)の主人公ポパイや『ダーティハリー』(1971)ハリーが打ち立てたハードな刑事像を、現代的なタッチで好演している。

アンドレは殉死した警官の父を持ち、幼い頃より「時に怒りっぽく、恐れ知らずで、好奇心が強い」子だったと紹介される。父の遺伝子を引き継いでニューヨーク市警察の刑事となったアンドレは、周囲とは違ってグレーのスーツに身を包み、署内でもすでに中堅どころ、あるいは孤立した存在であることが始めに示唆される。過去9年で8人を殺しているといい、本人はすべて「正当な発砲だ」と主張するが、その後に“I don’t know”と自ら続けているように、本当のところはわからない。アンドレは、『ブラックパンサー』の理想主義的なティ・チャラ王とは真逆の、生死と善悪を分かつ凶弾が飛び交う現場で鍛え上げられた男であることが、冒頭で提示されるのだ。
この映画でボーズマンが演じるアンドレは、怒りや疑い、戸惑い、焦りを移ろわせながら、終始厳しい眼差しで事件を見つめている。アンドレは対峙する犯罪者たちの向こうに、職務中に殺された父の死の報復を願っているのだ。犯人逮捕に人一倍の執念を燃やしているのはそのためである。夜の街を舞台に、己の正義(あるいは、悪人の天敵となること)を貫く、という意味では、ゴッサム・シティのバットマンや、同じくニューヨークはヘルズ・キッチンのデアデビルへ通ずるものもある。彼らのようなヴィジランテはその立場上、倫理上の議論がしばしば付きまとうものだが、『21ブリッジ』では、警官と犯罪者との倫理的なバランスを、繊細な陰影を付けながらスリリングに描いていく。
マイケル・マン作品からの影響や『フレンチ・コネクション』へのオマージュ
タイトルの『21ブリッジ』は、舞台となるニューヨーク・マンハッタン島に架かる21の橋を意味している。犯人の逃亡を防ぐため、21の橋を封鎖しての大捕物が展開される。大胆な作戦だが、橋の封鎖は第一幕の段階で素早く達成される。『踊る大捜査線』の湾岸署はレインボーブリッジひとつの封鎖にたいへん苦労したが、『21ブリッジ』では行政や市民の目線を省略し、警官と犯人の対立構造への集中に首尾一貫している。
監督のブライアン・カークは、これまで主に「ゲーム・オブ・スローンズ」などTVドラマを中心に活躍。長編映画を手掛けるのはこれが初めてとなったが、その影響にはドラマ「Luck」(2012)を共にしたマイケル・マン監督の存在があったと、カーク監督はTHE RIVERとのインタビューで認めている。都会を舞台にしたクライム・スリラーの名手だ。
ひとつの街を舞台に、一夜のうちに展開されるという点で、『21ブリッジ』はマン監督作の『コラテラル』を彷彿とさせるものがある。そのトーンを決定付けるのが、『コラテラル』でも撮影監督を務めたポール・キャメロンによる映像。叙情的にとらえたマンハッタンの眠らぬ夜景や、パトカーの回転灯がニューヨークのスチームや濡れた路面を照らす様が、都会的なハードボイルドの印象を加えている。少しづつ明けていく夜が、視覚的にもタイムリミットを伝え、映像を通じて緊張感を与えていく。

同じくマン監督の名作『ヒート』(1995)の精神性も見られる。『ヒート』ではアル・パチーノふんする警部補とロバート・デ・ニーロふんする麻薬カルテルのリーダーの、執念の追走劇が描かれたが、劇中でパチーノとデ・ニーロは互いに似た者同士であることに気付いていく。だが現実では、追うものと逃げるもの、殺すか殺されるかの戦いを繰り広げている。『21ブリッジ』は、およそ1時間40分のコンパクトな上映時間の中で、そんな運命の皮肉もスマートに暗示する。
追う側と逃げる側のシンプルな構造は、脚本の妙技によって興味深い”ひねり”が加わっていく。追われる側は、自分以上の巨悪の存在に気付き、追う側はそこから陰謀の匂いを察知し、ジレンマを抱えたまま夜を駆ける。やがて追走劇は地下鉄へとなだれ込んでいく。このシーンで監督は『フレンチ・コネクション』からの影響を認めている。とある演出では、同作へのオマージュを捧げたというほどだ。
「映画の序盤では全く真逆だったふたりが、信頼し合うようになる」と監督は解説。クライマックスは、「アクションや頭脳戦、感情のめぐりが、すべてひとつに詰まっている」と自負する。ボーズマンも撮影中は『ヒート』や『フレンチ・コネクション』を観ていたと米Esquireで話している。いずれも、警官と犯人が決死の追走劇を繰り広げた末に、ラストで深い余韻を残す傑作だ。
チャドウィック・ボーズマンの魂を宿して

チャドウィック・ボーズマンは2020年8月に大腸がんで急逝。主演と製作を務めたのは、本作が最後となった。毎日、「しびれるような笑顔」で仕事に励む姿が印象的だったと、監督は述懐する。ボーズマンがロサンゼルスからニューヨークに現地入りした翌日、彼らは朝から射撃訓練に赴く予定だったが、ボーズマンは体調不良を訴えた。病のことは公表していなかったから、監督は時差ボケだと思っていたそうだ。その日は2、3時間だけ訓練をすることとなったが、結局ボーズマンは一度始めると凄まじい集中力を見せ、朝から夕方5時頃まで没頭したという。
これはボーズマンの役者としての魂をよく物語るエピソードだ。「ただ射撃訓練をするだけでなく、その向こう側にあるキャラクターの精神性、人間性まで吸収していたんです」と監督は舌を巻いた。「アメリカで生きる黒人として、警察官の役にすんなりと自分を見出すというのはできないでしょうから」。
製作は『アベンジャーズ』シリーズのアンソニー&ジョー・ルッソ兄弟が主導。シンプルな追走劇の中に、息もつかせぬスリルを与えることができたのは、おそらくルッソ兄弟の助言によるところも大きいだろう。ちなみに彼らは『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)や『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)でも、ボーズマンの役が追う/追われるのチェイスシーンを展開していた。
『21ブリッジ』は、現実的なアクションの数々と、倫理的な問いかけをスピーディーに繰り出す、研ぎ澄まされたモダンな一作だ。ストイックな刑事アクションがお好みなら、きっと楽しめることだろう。ボーズマンの遺作のひとつとしても、とくと目に焼き付けておきたい。
『21ブリッジ』は2021年4月9日(金)全国ロードショー。