2019年アカデミー賞、テレビ生中継省略の誤解とは ─ ノーラン、タランティーノ、スコセッシらが抗議声明を発表

第91回(2019年)アカデミー賞の授賞式をめぐって、主催者側の映画芸術科学アカデミーと、映画監督ほかフィルムメーカーの間で溝が広がっている。
2019年2月24日(米国時間)の第91回授賞式では、撮影賞・編集賞・短編実写映画賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞の4部門がテレビにて生中継されない。映画芸術科学アカデミーと、授賞式の中継を担当する米ABCは、番組の放送時間を短縮するため、これら4部門の発表の模様を編集し、番組の放送時間内に録画映像として放送する方針だ。2020年以降、生中継されない部門は持ち回りで毎年変更される予定となっている。
この方針は2018年夏に発表されていたものだったが、該当部門が発表されるや、映画業界からは批判が噴出。このたびクリストファー・ノーランやクエンティン・タランティーノ、マーティン・スコセッシらが抗議の公開書簡に署名する事態となった。ところが両者の間には、いまだ大きな誤解が横たわっているようである。
生中継見送り、多数の映画人が抗議声明に署名
第91回授賞式においては、撮影賞・編集賞・短編実写映画賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞という4部門の発表が、テレビ放送のコマーシャル中に実施される。先述の通り、これら4部門の映像には編集が施され、タイムラグはあるものの、授賞式の中継放送時間内に放送される予定だ。これに対して業界の関係者は、抗議の公開書簡を発表した。
「決定を覆すのは今からでも遅くはない」との文言が躍った今回の書簡には、以下のように記されている。
「映画芸術科学アカデミーは、映画的芸術の達成を認め、支持すること、創造力を育むこと、映画という普遍的形式によって世界を結ぶことを目的として1927年に設立されました。しかし私たちは、我々の芸術形式やそこに関わる人々の祝福を提示するのではなく、エンターテインメントを提示することを追求するなかで、残念ながら、これらのミッションから離れていってしまいました。
第91回アカデミー賞授賞式において、映画に欠かせない技術を、より低い立場に置くことは、自らが選択した職業に人生と情熱を傾けてきた我々の一員に対する侮辱以外のなにものでもありません。
[中略]
アカデミー賞のテレビ放送は、開始以来、新鮮な形を維持しながら何度も形を変えてきました。しかし、アカデミーの本来有している品位を犠牲にすることは一度もなかったのです。優れた映画を生み出す責任の認知が、制度そのものの存続のために失われるならば、我々は、人々が力を合わせる芸術形式としての映画を祝福するというアカデミーの精神を守っていることにはなりません。」
この公開書簡に署名した映画監督は、クエンティン・タランティーノ、マーティン・スコセッシ、クリストファー・ノーラン、デイミアン・チャゼル、スパイク・リー、アン・リー、ドゥニ・ヴィルヌーヴ、マイケル・マン、キャリー・フクナガ、セス・ローゲン、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥほか。ロジャー・ディーキンスやレイチェル・モリソンといった多数の撮影監督、業界関係者が名前を連ねている。また俳優として署名したのは、ブラッド・ピット、ロバート・デ・ニーロ、サンドラ・ブロック、エリザベス・バンクス、ピーター・ディンクレイジらだ。
誤解広がる可能性、問題の本質は
今回の公開書簡を受けて、映画芸術科学アカデミー側も声明を発表している。「第91回アカデミー賞授賞式で、ほかよりも劣ったものとして扱われる部門はありません」とし、「不正確な報道とSNSへの投稿の結果、誤った情報の連鎖が起こっている」と強調。授賞式は「オスカーの伝統と世界中の観客の両方に配慮する」ものだと記して、以下の4点を再度周知している。
- 24の部門はドルビー・シアター(授賞式会場)のステージにて全て表彰され、全て放送に含まれる。
- 撮影賞・編集賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞・短編実写映画賞の4部門は、それぞれ各団体によって立候補されたもので、ノミネート作品と受賞作品はプレゼンターによって発表され、テレビ放送ではのちほど挿入される。受賞者のステージへの/ステージからの移動は編集でカットされる。
- 受賞者4名のスピーチは放送される。
- 今後は4~6の部門が、生中継されないものとして、番組プロデューサーとの協力によって持ち回り式で選ばれていく。今年の4部門は2020年の対象からは除外される。
授賞式のプロデューサーであるドナ・ジグリオッティ氏は、4名の受賞者のスピーチについて、「持ち時間90秒」という授賞式のルールを破らないかぎりはすべて放送するという方針を明らかにしている。また米IndieWireによれば、アカデミーはテレビ放送時のイメージ映像を事前に作成しており、このたび生中継されない各部門の関係団体から承認を得ていたという。
ここできちんと押さえておきたいのは、このたび生中継されないことが決定している4部門は、決してテレビ放送されないというわけではないということだ。タイムラグと編集はあるものの、各部門の発表やスピーチの様子はきちんとテレビで放送されるほか、オンラインのストリーミング放送では、授賞式会場の様子がリアルタイムで配信されることも発表されている。
したがって今回の問題は、テレビで生中継されない部門があること、対象部門が毎年持ち回りになることが、公開書簡に記されたような「映画に欠かせない技術を低い立場に置くこと」あるいは「アカデミーの本来有している品位を犠牲にすること」になるのかということになるだろう。もとをただせば、テレビで生中継されない部門があること自体は、2018年夏の段階で明らかになっていたのだ。
また、このたび公開書簡が発表されたことに関していえば、映画・テレビ業界が「ストリーミング時代」を迎え、業界関係者やメディア、ジャーナリストがその方向性をおおむねポジティブに受け止めている時代において、なぜ本件にかぎってはテレビでの生中継が最重要視されるのかということも大きな論点といえそうだ。繰り返すが、インターネットでのストリーミング配信では全部門が同時中継されるのである。
授賞式の開催を直前に控えて、映画芸術科学アカデミーは正しい情報の周知に務めている状況だ。IndieWireは「アカデミーの会員やTwitterにいる人々の多くは、授賞式がどのように放送されるかの詳細を把握していない。(対象の4部門が)テレビ放送から完全に削除されるものと思い込んでいる」との見解を示した。
第91回アカデミー賞授賞式は2019年2月24日(米国時間)に開催予定。
アカデミー賞 公式サイト(英語):https://oscar.go.com/