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【インタビュー】『暁に祈れ』ジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督 ─ 本物の元囚人、本物の格闘技「3D映画のような臨場感に」

暁に祈れ
© 2017 - Meridian Entertainment - Senorita Films SAS

痛い、キツい、でも最高にカッコいい
汚職や殺人が蔓延するタイの刑務所に服役し、ムエタイの力でのし上がったイギリス人ボクサー、ビリー・ムーアの自伝小説を完全映画化した戦慄の実話アクション『暁に祈れ』が2018年12月8日(土)より全国順次公開される。

2017年のカンヌ国際映画祭で話題を集め、高い評価を受けた本作が“ヤバい”のは、なんと出演者の大半に現地タイの元囚人を起用、しかも本物の刑務所で撮影を実施したこと。獄中での実体験に基づく迫真の演技、そして周囲の言葉がわからないという主人公ビリーの状況をそのまま体験させる演出によって、観客はとんでもない臨場感を味わうことになる。

THE RIVERでは、『ジョニー・マッド・ドッグ』(2008)に続いて激しいバイオレンスとパワフルな人間ドラマを描ききったジャン=ステファーヌ・ソヴェール監督にインタビューを行った。

暁に祈れ
© 2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

実話の映画化、元囚人たちのキャスティング

『暁に祈れ』は、イギリス人ボクサー、ビリー・ムーアの自伝小説を完全映画化した作品だ。極限状態で孤軍奮闘する主人公ビリー役を演じたのは『グリーンルーム』(2015)などの新星ジョー・コール。彼はある意味で、ビリー本人にも似た奇妙な環境に置かれることとなった。

出演者のうち演技経験者は、ジョーを含めて3人のみ。『オンリー・ゴッド』(2013)で刑務所長役を演じたヴィタヤ・パンスリンガム、タイの伝説的ボクサーであるソムラック・カムシン以外は全員が素人だ。「現実的なものにしたかった、リアリティを求めていた」という監督は、あくまで本物の人々を探していたのである。

「(囚人役は)かつて収監されていた人たち、以前刑務所にいたボクサーたちです。ボクサーでありながら刑務所にいた、という人たちを探しました。タイの刑務所で実際に起こった話なので、実際に刑に服していた人たちを起用したいと思ったんです。15年くらい投獄されていたボクサーの方に会って、その友達を当たってもらったりして。」

暁に祈れ
© 2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

実際の元囚人をキャスティングする上で役立ったのは、なんとFacebookだったという。ジャン監督は「友達の友達、さらにその友達…というふうに写真を見ていったんです。ほとんどの方が入れ墨をしていて、ビジュアル的に良かったので、そういう人を選んでいきました」と語っている。とりわけ驚かされるのは、とあるオーディションのエピソードだ。

「10年くらい刑務所に入っていた、入れ墨が顔にたくさん入っている人がいて。話を聞いたらギャングのメンバーで、いろんな人とつながりがある方だったんです。そこで毎週日曜日は彼の家に行って、毎回10~15人、全部で500人くらいに会ったでしょうか。そこで写真写りのいい人を30人くらい選んだんです。」

そもそもジャン監督は、「この企画をもらった時から、タイで撮りたい、刑務所で撮りたい、刑務所にいた人と撮りたいと思っていた」という。その思いを実現するため、本作のキャスティングには約1年という時間を必要とした。撮影地と出演者が決定したのち、ジャン監督は撮影開始に向けて、元囚人たちとのワークショップに臨んでいる。

暁に祈れ
© 2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

タイでの撮影準備、元囚人とのワークショップ

『暁に祈れ』の撮影に使用されたのは、以前からロケ地として使用されてきた実際の刑務所だ。元囚人とのワークショップは、その刑務所の中で行われている。しかし監督は、演技経験のない参加者にも演技指導を行わなかったそう。

ジャン監督はタイの人々について、「良い人たちだけど、自分を守る傾向があると思いました」との印象を語っている。「なので、マスクに隠れているものを知りたかったんです」。そこで監督は、必要なのは演技指導ではなく「時間をかけて信頼関係を築くこと」だと判断。なるべく現実に近い形で撮影したい、いろんなことを共有したいという思いから、コミュニケーションの言葉を尽くしていったという。

「時間をたっぷり使って、この映画に私が何を期待しているのか、各場面にどんな意味があるのかを説明しました。それから、カメラの前で緊張しないように。撮影当日、それぞれの場面でどうすればいいのかが分かれば自由にできるんじゃないかと思ったんです。撮影だということを忘れて、その時々のシチュエーションに集中してほしいとお願いしました。」

実際のワークショップでは、ジャン監督は参加者に即興演技をやってもらったり、刑務所での体験を初めて尋ねたりしたという。

「たとえば刑務所に新入りがやってきた時はどうなるのかを聞いて、それを実際に演じてもらいました。それから脚本を書いて、しっかり説明して、お互いに信頼関係が持てるようにしましたね。どのように出演者たちと接するべきか、どのように関わればいいかを入念に考えたんです。彼らには刑務所での経験がありますので、その物語を語ってもらいました。この映画は刑務所を舞台とする物語ですが、彼らにとっては自分たちの物語でもあるんですよ。」

暁に祈れ
© 2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

そんな本作において、「刑務所はひとつのキャラクター」だと監督は力説する。「壁を見るだけでも分かりますが、すごく重要なキャラクターの一員なんです。スタジオで撮ること、美術を作ることは考えられませんでした」。こうした強いこだわりは、映画に対して思わぬ効果をもたらすことになる。

「今回、たまたま受刑者を別の施設に移すというタイミングで刑務所を撮影に使うことができたんです。以前この刑務所に服役していた出演者もいたので、ドキュメンタリーのように映画を撮ることができました。私自身、映画を観る時は、本当にリアルだと感じられる作品が好きなんですよ。だからこの映画では、タイの刑務所はこんな感じなのかと想像させるのではなく、まさにありのままを見せたかった。映画とはそうあるべきだと思っているんです。」

本物の格闘技、本物の身体を撮る

主人公ビリー・ムーア役のジョー・コールは、こうして誕生した刑務所に文字通り“放り込まれた”。ジャン監督の「俳優としての最高地点まで行ってほしい」という要求に応えるべく、ジョーは数ヶ月の肉体改造を経て撮影に参加。連日に及ぶ長時間の撮影、さらに負荷の大きい格闘シーンにも恐れを見せず挑む姿には、監督も「本当に感銘を受けました」と話している。「ジョーが全身全霊の演技をしてくれたことは、映画を観てもらえれば伝わると思います」。

暁に祈れ
© 2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

極限までセリフが削ぎ落とされている本作では、ストーリーが言葉ではなく人々の身体によって進んでいく。激しい格闘シーンはもちろんのこと、ビリーと周囲の人々の関わりは、表情や視線、触れ合いによって描かれるのだ。監督がそのアプローチを選択したきっかけは、物語の主人公であり、映画の原作者でもあるビリー本人と会ったことだという。

「ビリーに初めて会った時、身体の動きに興味を覚えたんです。そこで映画では、セリフではなく、なるべく身体の動きによって、観客がその場に立ち会っているような雰囲気を作りたいと思いました。カメラの近くに自分がいるような、その場の音がすべて聴こえているような。そういう身体と身体の争い、人が格闘する姿を捉えることに興味があったんです。もしも自分がビリーならどんな感じなのか、彼がどういう感情で、どういう影響を受けるのかを観客にも感じてほしいと思いました。」

こうした意志の表れであろう。『暁に祈れ』には驚くべき長回しのシーンもあれば、すべてを捉えきれないほどのスピードでカットが切り替わるシーンも含まれている。しかしジャン監督によれば、なんと実際にはすべてのシーンがワンカットで撮影されていたそうだ。

「最初は長回しのショットだけを使うイメージでいました。すべてのシーンをワンカットで撮ろうと。でも、試しにつないでみたら全部で6時間の映画になってしまって。さすがにカットしなければいけないということで、長いシーンを編集しました。ビリーが車で刑務所にやってきて、着替えて、写真を撮られるというシーンは全部で7分くらいあったんですが、2分程度に縮めなければいけなくなったんですよ。」

なかでも監督が特別なこだわりを見せたのは、やはり、実際にリング上で人間同士が戦っている様を捉えた格闘シーンだ。そこには“本物の格闘でなければならない”という強い思いがあった。

「これまでのボクシング映画は、必ずといっていいほど、撮影の時点でカットを切っているんです。それでは嘘になってしまいますよね。たとえば(格闘を)振り付けのように演じたら、後から編集でつなぐことになってしまう。でも、格闘シーンの撮影でカットを切らなかったら嘘にはできない。本当に格闘しなければなりません。だから長回しでやりたかったんです。」

暁に祈れ
© 2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

徹底して作り込まれた刑務所の臨場感、主人公の息遣いまで聴かせるような音響効果、そして目を奪われる長回しと短いカットの積み重ね。『暁に祈れ』には、映画館でこそ真価を発揮する要素がたっぷりと詰まっている。ジャン監督は「今では多くの人がiPhoneやパソコンで映画を観ていますよね」と述べつつ、本作を「ぜひ映画館で観てほしい」と強調した。

「映画を経験することは、他の人と一緒に観られる映画館が一番いいと思います。自分自身が物語に没頭できるし、パソコンと映画館では、作品を観る経験として違うんです。
たとえばこの映画の場合、刑務所の臨場感がとても強く出ています。音楽やイメージによって、まるでみなさんがその場にいるかのような、3D映画のように皆さんが体験できる作品を作りました。ひとりで家で観るのとはまったく違う、劇場向きの作品です。ぜひ映画館で観ていただきたいと思います。」

『暁に祈れ』

暁に祈れ
© 2017 – Meridian Entertainment – Senorita Films SAS

ボクサーのビリー・ムーアは、タイで自堕落な生活を過ごすうちに麻薬中毒者になってしまう。ある日、警察から家宅捜索を受けたビリーは逮捕され、タイで最も悪名高い刑務所に収容される。そこは殺人、レイプ、汚職が横行する、この世の地獄のような場所だった!死と隣り合わせの日々を過ごすビリーだったが、所内に設立されたムエタイ・クラブとの出会いが彼を変えていく。世界的なベストセラー自伝小説をベースにした真実の物語。

映画『暁に祈れ』は、2018年12月8日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷&有楽町、シネマート新宿ほか全国順次公開。

『暁に祈れ』公式サイト:http://www.transformer.co.jp/m/APBD/

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。