【ネタバレなし】「キャシアン・アンドー」レビュー ─ 大人向け『スター・ウォーズ』、好みは別れそう?

「軍人を装って侵入した」
「他なんかない。制服と工具があれば十分だ。
傲慢で隙だらけの連中だぞ。満ち足りすぎてて想像できないんだ。
俺みたいな奴が忍び込んで、料理にツバを吐き、物を盗むことをさ」
ドラマ「キャシアン・アンドー」劇中での主人公のセリフだ。このセリフは、そのまま本作の魂を言い表している。つまり「キャシアン・アンドー」は、『スター・ウォーズ』ファンにとって予想外の奇襲攻撃だ。
本作の、そもそもの成り立ちである。「キャシアン・アンドー」は、シリーズ初のスピンオフ映画として2016年に登場した『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』で描かれたキャラクターの前日譚。つまり、スピンオフのスピンオフなのだ。帝国の圧政時代を舞台に、スピンオフ映画のサブキャラクター(ディエゴ・ルナ)の知られざる戦いを描くという。今や人気シリーズとなった「マンダロリアン」や、超人気キャラを描く「ボバ・フェット」「オビ=ワン・ケノービ」と比べれば目立たない。
しかし「キャシアン・アンドー」は、泥にまみれた外野から放たれるアッパーカットだ。想像もしなかった角度から飛んでくる。第4話まで先行鑑賞したが、「『スター・ウォーズ』でこんなことができるのか」と驚かされた。

はっきり言って好みが分かれるシリーズである。第4話時点まで、アクションは控えめで、進行もややスローだ。『ジェイソン・ボーン』シリーズで知られるトニー・ギルロイが製作・脚本を手がける本作は、極めてストイックなスパイ・スリラーとして進行。良く言うなら「大人向け」、悪く言うなら「地味」だ。『ローグ・ワン』が基本的にそうだったように、ジェダイやシス、ライトセーバーといった『スター・ウォーズ』のファンタジーの側面は登場しない。意外なことに、象徴的な帝国軍すら影を潜めている。
描かれるのは、「企業コーポレート保安本部」と呼ばれる、帝国軍とはまた異なる組織。帝国軍との関係性がどういうものなのかはイマイチわからないが、ネイビーブルーの制服で揃え、規律正しく動くところは帝国軍と同じ。ただし彼らの間には、帝国軍に漂っていたあの恐怖感、萎縮感がない。
物語は、アンドーが夜のクラブで企業コーポレートの職員2人を殺害してしまったところから始まる。開始早々、「キャシアン・アンドー」と他の『スター・ウォーズ』との決定的な違いを感じさせられることとなる。死の重みである。
シリーズの他作品では、反乱軍や帝国軍の兵士たちが何でもないかのように死んでいったが、本作の人命は、我々の現実世界と同等のシリアスさをもって描かれる。企業コーポレート側は、何者かによって殺された2名についてを殺人事件として取り扱い、捜査線上にあがったキャシアン・アンドーなる男を追う。その様は、さながらロサンゼルスを舞台としたノワールもののような苦味の効いたフレーバーさえある。

それゆえ、企業コーポレート保安本部にも、おそらくロサンゼルス市警のようなメタファーが込められている。怠惰な上層部は職員の死を見過ごそうとするし、他の職員たちもどこか仕事にやる気がない。ある職員は、仕事をしながらパンダエクスプレスのようなヌードルをすすっている(麺は青紫色だ)。これは、恐怖政治が支配した帝国軍では見られない、新たな組織像だ。
ノワール映画の多くには、腐敗した警察組織の中に1人、妙に張り切った熱血漢がいる。その人物は、同僚や上司に煙たがれながら、持ち前のガッツと向こう見ずな性格で、アンタッチャブルな領域に突っ込んでいく。大抵の場合、導かれる結果は二つに一つ。街に正義をもたらすか、あるいはとんでもない面倒ごとを起こしてしまうかだ。
「キャシアン・アンドー」にも、まさにそういう威勢の良い張り切り坊やが登場する。カイル・ソラーが演じるシリルだ。彼は職員2名が殺されたことにこだわり、自ら部隊を率いて犯人探しに躍起になる。威厳あるリーダーを目指している様子であるものの、いまいち実力が伴っていない。今のところシリルがヴィランのように見えるが、彼は職務をきちんと全うする男なので、憎むべき対象ではない。
ここが「キャシアン・アンドー」の決定的な部分だ。帝国軍の兵士たちは、あくまでトップダウンの命令に従って機械的に動き、邪悪な大義名分の元に振る舞っているに過ぎなかった。一方「キャシアン・アンドー」の企業コーポレート部隊は、自らの意志と至極真っ当な動機と共に主体的に行動する。そこには戦略があり、連携があり、緊張がある。記号的にワラワラやってくるバトルドロイドやストームトルーパー軍団とは全く印象が違う。『スター・ウォーズ』史上、最も血の通った、人対人の泥臭い戦いが繰り広げられようとしている。