【インタビュー】アン・リー監督「私は、映画館を信じています」 ─ 『ジェミニマン』の挑戦

映画監督、アン・リー。台湾に生まれ、国立芸術大学を卒業した後、アメリカで映画製作を学んだ。
2000年の『グリーン・デスティニー』でアカデミー賞4部門に輝き、『ブロークバック・マウンテン』(2005)では、ヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールが演じる2人のカウボーイの同性愛を描き、アカデミー監督賞を受賞。CGで描かれたトラと漂流する哲学的な物語を、幻想的な映像で描きあげた『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(2012)では、2度目のアカデミー監督賞に輝いている。
挑戦的、という言葉がぴったりだろう。思えば、決して良い評価を得られなかった『ハルク』(2003)だって、コミックのコマ割りを映像で表現するという革新に挑んだ。最新作『ジェミニマン』では、誰もが知る俳優ウィル・スミスの23歳当時の姿を、全身CGで描くという離れ業に挑んでいる。しかも映像は、1秒あたりのコマ数が倍増した進化的デジタルフォーマット、「ハイ・フレーム・レート」で撮影。これまで見慣れた映像とは異なる、まるで生の光景を目の当たりにしているかのような没入感を味わうことができる。かつて『ホビット 思いがけない冒険』(2012)が1秒48フレーム(通常は24フレーム)での劇場上映を実現させたが、『ジェミニマン』は60フレームだから、まさに未知の領域への挑戦である。
THE RIVERはアン・リーに会い、『ジェミニマン』の挑戦や、映画製作への確固たる思いを聞いた。取材現場に現れたアン・リーは、柔らかで素朴な空気感を纏っていた。街ですれ違っても気付かないかもしれない。しかし、映画製作熟練の達人たる「気」めいたものが、みぞおち辺りに宿っている。そこから発せられる示唆に富んだ言葉が、ゆっくりと紡がれてゆく。
アン・リー監督と挑戦のはじまり
私のような映画監督には、色々な要素が一度にピンときて、全てが繋がることがあるんですね。『ジェミニマン』では、ストーリーとテクノロジーのどちらが先立ったのかと言えば、ストーリーは後のことでした。最初に話を頂いたときから、ストーリーの大部分を書き換えていましたので。
最初にスカイダンス(製作会社)のオーナーであるデヴィッド・エリソンに「クローンを描くアクション映画だ」と説明を受けて、すぐにピンと来ましたね。若い頃の自分との対峙。クローンの意味。人生の意味。人間を人間たらしめるもの。クローンに魂はあるのか。自然と遺伝子の戦い。こういうことが瞬時に頭の中に広がりました。これを追求するためには、3Dやデジタル映画製作のテクノロジーが必要でした。私にとっては美しき新世界でしたね。

それから、この物語は20年近く前から構想されていて、ようやくテクノロジーが追いついたんだとも聞かされました。でも私の頭の中のテクノロジーは、彼らが考えるそれと全然違くて(笑)。私にとっては、『ライフ・オブ・パイ』でトラを創って以来、サイエンスとして考えていました。私はサイエンスの知識は乏しいですが、テクノロジーによって新たな人間を生み出すところまで近づいている、ということは知っていました。お金と努力をしっかり注ぎ込めば、サイエンスは付いてくると思います。でも、それが人間の目にどう映るかが分からなかった。そんなところに大金を注ぎ込むわけですから、これは信頼問題です。どういう結果になるかも分からない。そこが怖い所ですね。
映画館を信じている
『ジェミニマン』には、劇場に出かけて観るべき強い理由があります。赤の他人の物語を、“ただ観る”のではなく、美しく明るいコントラストで物語を“体験”できるからです。TVやiPhoneでは到底味わえない映像です。
私は、映画館を信じています。歴史を振り返れば、かつてギリシャ人は洞窟の中で火を灯して、獣を狩った話とか、お互いの物語を語り合っていた。これって劇場ですよ。慣例なわけですよね。
つまり劇場というのは、人が巨大な暗闇に入って、劇中世界に入り込んでいくものです。同じものを観て、人によって異なる体験を得て、話し合う。それこそが“劇場”と呼ばれる、言わば崇高なものです。
新技術によって映像がよりクリアになるということで、VRはどうですかと聞かれることもありますが、それは劇場ではない。劇場というのは、誰かがステージでストーリーを語るものです。お客さんが集まって、決まった時間に始まって、そこに集中するものです。
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