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追悼アントン・イェルチン 僕らのチャーリー・バートレットよ、永遠に

619日、アメリカ人俳優アントン・イェルチンが亡くなった。享年27歳。自宅で起こった不慮の事故だったそうだ。

日本の報道では主に『スタートレック』現シリーズのキャストとして紹介されていたようだ。あるいは『ターミネーター4』(’09)や、堀北真希と共演した『誰かが私にキスをした』(’10)などの俳優としても報道されたかもしれない。

しかし、自分にとってのアントン・イェルチン代表作と言えば『チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室』(’07)以外にない。このあまりにも日本で知られていない一本を、追悼の意味をこめて紹介したい。 

つまらない学園生活で××ビジネス!

『チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室』でイェルチンが演じるチャーリー・バートレットは17歳の男子高校生。実家は豪邸で、運転手つきのリムジンがあり、本人も名門私立校に通っている。しかし、偽造運転免許証を大量に製造し、生徒達に売りさばいたことで退学処分になってしまう。成績優秀で金にも困っていないチャーリーがどうしてそんなことをしたのか?チャーリーが欲しいのは生徒達からの尊敬と人気だからだ。チャーリーは自らの才能と頭脳を使って、大人達を手玉に取り、学園の人気者になるのが楽しいのだ。

仕方なく公立校に転校してきたチャーリーだが、初日からジャケットスタイルに身を包んだチャーリーは思い切り生徒達から浮いてしまい、早速、不良からいじめのターゲットにされてしまう。だが、チャーリーはめげない。学校に蔓延している退屈と鬱屈の空気を感じ取ったチャーリーは逆に不良達と手を組んで、生徒達に精神安定剤を売り捌くビジネスを始める。

つまらない学園生活に希望ができた! 薬は売れに売れ、チャーリーの人気は沸騰し、休み時間の男子トイレは薬の販売所と化する。恋の悩み、性の悩み、将来の悩み、10代の悩みはつきることがない。性別やグループに関係なく、誰もが薬を求めてトイレの前の列に並ぶ。薬の調達先はチャーリーのカウンセラー。毎回、チャーリーは嘘の症状をまくしたてて、自分には必要のない多種多様な精神安定剤を処方してもらうのだ。カウンセリング大国にして、精神安定剤大国のアメリカらしい。

そして、異なるグループに属する生徒達が、共通の救いを手に入れたことで打ち解けていく様子は、学園映画の名作『ブレックファスト・クラブ』(‘85)を踏襲していると思われる。ただし、『ブレック~』の救いは薬どころかマリファナだったが。

『ブレックファスト・クラブ』とスクールカースト

『ブレックファスト~』の時代から、アメリカのハイスクールには、明確な生徒達のカーストが存在していた。『ブレック~』に出てくるのは不良(クリミナル)、体育会系のスター(アスリート)、チヤホヤされる女子生徒(プリンセス)、ガリ勉(ブレイン)、変わり者(バスケットケース)の5つのカーストとそれぞれに属する生徒達。『ブレックファスト~』では補習のために集まった彼ら/彼女らが一時的に友情を育むも、またそれぞれのグループへと帰っていく。「次に学校でみんなと会っても無視をするわ」と、泣きながらマドンナは言う。それほど、アメリカのスクールカーストは根深く、覆せないものなのだ。チャーリーがやったのは、そんなカーストをぶち壊すことだった。

やがて、意外な生徒達がチャーリーに人生相談を持ちかけるようになる。いかにも威張り散らかしていそうなアメフト部の主将は、大学でもアメフトを続けるなんてまっぴらごめんだと言う。彼は親の期待に応えるためにアメフトをやっているだけで、本当は絵の勉強がしたかった。チャーリーをいじめていた不良も、本当は演劇部に入りたかったと告白する。体育会系や不良が文化系の上に立つスクールカーストの中で、彼らもまた自分を殺して生きてきた被害者だった。誰もが周囲に溶け込むために、大人の言いつけに従うために、本当にやりたいことを隠して学園生活を送っていたのだった。

しかし、チャーリーの友人が薬を過剰摂取してしまい、薬の調達先が学校にばれてしまう。チャーリーは停学、もちろん、薬は二度と調達できない。しかし、生徒達はそれでもトイレに並ぶのを止めない。彼らにとってチャーリーは、大人に言えない悩みを相談できる唯一の存在になっていた。チャーリーがトイレの個室の壁越しで生徒一人一人の話を聞く様子は、まるで教会の懺悔室のようだ。

君が何者かを他人に決められるな

そんな中、学校は生徒ラウンジへの監視カメラ設置を実行する。大人の視線を逃れて自由に話ができる空間が奪われてしまった。生徒達は当然デモを起こす。ちなみに、偶然だろうが本作が公開された2008年にアメリカでは外国情報監視法が改定され、国民の通信が国家によって傍受されることが許されている。

デモに立った生徒達はチャーリーのアドバイスを求める。しかし、このとき、チャーリーはすでに様々な体験を通して気づいていた。自分もまた普通の男子高校生であり、他のみんなと同じように悩みを抱えている少年なのだと。チャーリーの父親は脱税で刑務所に収容されていた。チャーリーはそんな父親から目を背け、大人達に反抗することで現実を受け入れないようにしてきた。まるで、「子ども扱いするな、俺は父親なんて必要のない大人の男なんだ」とでも言うように。しかし、チャーリーにも変わるときがやってきた。

「僕の助言なんか聞くな。君が何者かを他人に決められるな」

チャーリーはそう言い残し、デモの首謀者として逮捕されてしまうが、この言葉こそが本作にこめられたメッセージだ。チャーリーを目の敵にしている校長をロバート・ダウニー・ジュニアが演じている。分かり合えない大人の象徴である彼もまた、自宅では娘に無下に扱われている情けないオヤジだ。誰もが仮面を被り、自分以外の何者かになることを強制される。本作でも、父親のいないチャーリーは大人になることを強制され、不良達は攻撃する相手を見つけることを強制され、いじめられっ子達は影を潜めて学園生活を送ることを強制されている。いや、現実を生きる人間の大半はそんな風に、何かを強制されて生きている。チャーリーはしかし、そんな呪縛から人々を解放するのだ。

 

この後、映画がどんな結末を辿るのかはぜひその目で確かめてほしい。イェルチンは端整なマスクの美形俳優だが、どこかナイーブな印象もあって、チャーリーのイメージにぴったりだ。ロシア出身ということで、生まれ持った白い肌も繊細さを強めている。

特に評価もされず、ヒットすることもなく歴史の影に埋もれそうになっている本作だが、例えば前述の『ブレックファスト・クラブ』だって、評価されたのは後年、フォロワーが生まれてからだった。本作もカルト映画として末永く語り継がれるようになってほしいと心底願っている。アントン・イェルチン追悼の機会に、ぜひみなさんにも一度ご鑑賞いただきたい。

 

尚、アメリカのスクールカーストについては『ハイスクールU.S.A.―アメリカ学園映画のすべて』(長谷川町蔵/山崎まどか 著)を参考に書かせていただいた。こちらも名著なのでぜひ。

Eyecatch Image:http://www.comicbookmovie.com/scifi_movies/star_trek/star-trek-beyond-terminator-salvation-star-anton-yelchin-a142727

Writer

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石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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