アリ・アスターは映画公開をおそれている ─ 「観客が語る内容が、自分の感覚と違っていて変な感じがする」

アリ・アスター監督の作品には、彼自身の「不安症」がよく表れている。その最たる例が『ボーはおそれている』だろう。同作では、主人公ボーの内面に巣食う恐怖や妄想が、現実と地続きのかたちで過剰に増幅され、観客の前に可視化されていく。
かつてアリ・アスターは、自身にとって脚本執筆はセラピーのようなものだと語ったことがあった。書くうち、自分の中の不安を解消できるのだと。
彼にとって、映画製作時におけるメンタルヘルスはどのように移ろうのか。丹念に向き合い続けた映画が公開され一般にさらされた時、今度はどんな不安を感じるものなのか。THE RIVERは、最新作『エディントンへようこそ』で来日したアスターに尋ねた。
「執筆はセラピーのようなものかもしれません。でも、映画を作るというのは、もっと実務的で現実的です」とアスターは答える。「セラピーというよりも、どちらかというと“労働”って感じですね」。
アスターにとって、手がけた映画を世に解き放つことは、常に極めて奇妙な体験であるという。「何年もかけて一つの作品を作り続けて、自分の中でとてもクリアになっている。作品への想いがすごく強くなっている。それを世界に向けて公開すると、たとえみんなに気に入られたとしても、その人たちの語る内容が、自分の感覚と違っていて気持ち悪い感じがする。だから毎作、公開すると変な気持ちになるんです。映画を公開すると、もう自分のものじゃなくなってしまう」。
一生懸命作り上げた作品には、深い愛着があるからこそ、それを“手放す”のが難しいのだと、複雑な感覚を語る。まるで我が子のような存在ですね、と筆者が合わせると、「まさに我が子。大学に行く我が子を送り出す感じです。それか、我が子が刑務所に行くような(笑)」とブラックジョークも忘れなかった。
前作『ボーはおそれている』は内省的な性質を持っていたが、最新作『エディントンへようこそ』はコロナ禍の田舎町を舞台に、SNSや陰謀論の悪意や分断を描く、社会風刺的な要素を帯びている。物語が進むにつれ、“アリ・アスター節”とも言うべき悪夢的要素もじわりと発達していく一本だ。

暴力、陰謀論、SNSの暴走がすべてを焼き尽くす“炎上スリラー”『エディントンへようこそ』は2025年12月12日公開。
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