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【レビュー】『バビロン』は観る人を選ぶ、映画愛と脂身たっぷりの強烈作

バビロン
(C) 2022 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

デイミアン・チャゼル監督の最新作『バビロン』は人を選ぶ映画だ。チャゼル監督には、哀愁をマジックアワーの夕空で淡く包んだ『ラ・ラ・ランド』(2016)のようなロマンスを期待する方も多いだろう。実際、『バビロン』の基本的な物語構造は『ラ・ラ・ランド』とよく似ているが、しかし今作はもっと脂と放蕩にまみれている。

『ラ・ラ・ランド』に塗されたパープルピンクのグリッターを払いのければ、ノスタルジックな恋の残り香が浮遊したのと同じように、『バビロン』のギトギトした脂を洗い落とすと、その芯ではチャゼル監督の狂気じみた映画愛がヌラリと照り光っている。なかなか好みが分かれそうな姿で。

名作ネタと『ラ・ラ・ランド』の面影

『バビロン』の主題はハリウッド黄金期の光と影、繁栄と衰退、夢と現実の間にある落差。舞台は1920年代のハリウッド映画界で、当時はサイレント映画からトーキーへと移り変わる激動の時代。狂乱のパーティーの後片付けを1人でするような寂しさ、盛者必衰の理を描く。

ブラッド・ピットは旧時代の映画スター役で、次第に居場所を失いつつあるという役どころ。もう1人の主要キャストであるマーゴット・ロビーは女優を夢見るエネルギッシュな女性を演じている。

バビロン
(C) 2023 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

昔々のハリウッドが舞台で、ブラッド・ピットとマーゴット・ロビーが出演するとあれば、タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)が真っ先に思い出される。同作ではレオナルド・ディカプリオが落ちぶれたスターを演じたが、今作でのピットもまさにそういう立ち位置にある。また、ロビーは両作で「新進気鋭の女優」を演じることとなっており、『バビロン』では『ワンス・アポン…』で演じたものと全く同じようなシーンがそのまま引用されている。

強烈に眩しいキャラクターたちを青年の目線から観察していくという構図はF・スコット・フィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー』のようでもあるし、その煌びやかさはバズ・ラーマン監督による2013年の同名映画にも引けを取らない。

バビロン
(C) 2023 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

わかりやすいものから示唆的なものまで、さまざまな映画からの影響を感じつつ観進めることになる。『ジャズ・シンガー』(1927)『俺たちに明日はない』(1967 )『2001年宇宙の旅』(1968)『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988)、そしてもちろん、同時代を描いた『雨に唄えば』(1952)……、他にも多くのオタク的な映画ネタが忍ばされていそうだ。『ラ・ラ・ランド』でも1940〜1960年代の名作オマージュをいくつも散りばめていたシネフィルであるチャゼル監督ならではのこだわりだが、「あからさまで品がない」と感じるか、あるいは「チャゼルの映画愛だ」と受け取るかで、ずいぶん印象が変わりそうだ。

それでもとりわけ色濃く感じられるのが、狂作『セッション』(2014)からさらなる出世をもたらした『ラ・ラ・ランド』からのリフレインだ。32歳当時、史上最年少でアカデミー賞監督賞を受賞した栄光は強烈だった。次作としてライアン・ゴズリングとの再タッグ作『ファースト・マン』(2018)を撮ったが、他人の脚本を手掛けたこの宇宙飛行士の映画に、果たしてどれほどの観客がチャゼルらしさを見出したか。『バビロン』では、『ラ・ラ・ランド』ぶりにチャゼルが自ら脚本を書いた。

その脚本には、夢追い人の哀愁讃歌『ラ・ラ・ランド』の、手癖のような面影がある。あの人気映画を繰り返しているとまでは決して言わないが、それでも確実に韻を踏んでいる。

音楽はチャゼルの相棒でもあるジャスティン・ハーウィッツが手掛けた。『バビロン』の楽曲群には繰り返し登場する印象的なメロディがあり、映画の中で活き活きと脈打っている。ゴールデングローブ賞で作曲賞を獲得したことには全く驚かない。

しかし、どこか『ラ・ラ・ランド』の旋律を思い出させすぎる影がまとわりついている。ジャズ奏者を執拗にとらえる様子もそうだ。そのせいで筆者は『バビロン』鑑賞の後、どうしても抑えられずに『ラ・ラ・ランド』のサントラを聴きながら帰路についた。(お気に入りのバンドが出した新アルバムを聴いている時、やっぱり聴き慣れた古いアルバムを聴きたくなる衝動のようなものだ。)

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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