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バットマンと時代精神 ─ DCコミックス ジム・リーが見据える多様化

ジム・リーとバットマン

誰もが知るダーク・ヒーロー、バットマンが2019年で生誕80周年を迎えた。

DCエンターテイメント共同発行人であり、「世界最高のコミックアーティスト」と称されるジム・リーが、80周年を記念した日本のインタビューに答えている。自信のキャリアの振り返りから、バットマンと時代精神の変化、実写映画で次期バットマン/ブルース・ウェインであるロバート・パティンソンへの期待や、ロビンやナイトウィングらサイドキックについても言及した、貴重なインタビューだ。執筆は杉山すぴ豊氏。

心理学が役立った

── まずジム・リーさんについてお聞きしたいのでが、DCの CCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)とは具体的にどういうお仕事なんでしょうか?

DCは映画ワーナー・ブラザースの傘下にあります。ワーナーという大きなメディア・グループを通じて、バットマンやスーパーマンたちのDCキャラクターたちはコミックを超えて様々なメディアに登場します。映画やTVドラマ、アニメ、ゲーム、グッズ、イベント。それらを統括してみていく立場です。どんなメディアの中に登場しても“バットマンらしさ”はきちんとと守られているかディレクションしていきます。けれどただ単にバットマンはこうあらねばならない、と管理するのではなく、それぞれの道の素晴らしいエキスパート、映画監督やTVドラマの制作者たちと並走、協業しながらそのメディアならではの特性を活かしてバットマンの魅力を最大限に発揮させる為にはどうしたら良いか、を考えていきます。とてもやりがいある仕事ですが、時々またアーティストに戻ってコミックを描きたくなることもありますけど(笑)。

── ジム・リーさんがコミックの世界に入るきっかけもバットマンだったとか?

子どもの頃バットマンのTVドラマ(註:1960年代のアダム・ウエスト出演のドラマ「バットマン」シリーズ)が放送されていて大ファンでした。見終わるとタオルをマントに見立て首にまいて出ていくぐらいでしたから(笑)。だからアメリカに移住(※)した時、大好きなバットマンがいて安心したんです。

それから絵を描くことがとにかく好きだった。だから絵を描くことを職業にしたくてコミック・アーティストになりました。親は医者かなんかにしたかったようなのですが(笑)。ただ大学では心理学を専攻していました。
※子どもの頃に韓国・ソウルから移住している

── 心理学はコミックの仕事に役立ちましたか?

キャラクターが行動を起こすとき、その動機付けにリアリティがなければいけません。また世の中を彼らがどう見ているかが、そのキャラの個性になっていきます。同じ社会・世界に生きていながらバットマンとジョーカーの考えていること、やることは違うわけですよね。そういう意味で心理学を学んでいたことは大変役に立ちました。人はどういう気持ちで動くのか、をわかっているとキャラクターを動かしやすい。

あとCCOという役職なので、多くの人と仕事をしなければなりません。そういう時に、“あ、この人はこういう風に考えて行動するんだ”と把握しておくことは重要で、そうしたマネージメント面でも役に立っています。

バットマンと時代精神

── バットマンについてお話を伺いたいと思います。ズバリ、ジム・リーさんが考えるバットマンの魅力とはなんでしょう?

子どもの頃は彼の持つ表面的な格好良さ、ルックスの良さに惹かれます。色とりどりの、派手なコスチュームのヒーローが多い中、ダークなトーンのヒーローってクールです。あとバットモービルとか秘密基地のバットケイブなどの設定は子ども心にワクワクしますよね。でも大人になってから気づく彼の真の魅力とは、“決してあきらめない”というその精神ですね。内面的な格好良さに惹かれます。彼は悲劇を背負い、それを乗り越えヒーローになっていく。ゴッサムという最悪の街でジョーカーやペンギンといった恐ろしい敵が待ち受けている。しかもバットマンにはスーパーパワーはありません。

でも、どんなピンチや強敵が来ても立ち向かっていく。決してあきらめない、そしてやりとげる。大人が見習うべき教訓ですね。

── そのバットマンが80年にも渡って支持されてきた理由もそこにありますか?

80年前と今でもバットマンが人々に与える“希望”が変わっていないからだと思います。逆に言えば、今の人々も80年前と同じような不安を抱えているわけです。80年前のアメリカでは都市化が始まりました。それは悲しいことに犯罪も増えていくということです。そうした犯罪への不安から誰が自分たちを守ってくれるんだ、という気持ちになる。そこに応えたのがバットマンです。その不安や気持ちは今の時代にもある。バットマンは時代を先取りしたテーマを持っていたんでしょうね。コミック以外にも、映画、TV、ゲームなど、時代時代の様々なメディアで展開されてきたこともファンを広げました。

── 映画でバットマンを好きになった人は多いですよね。

映画やTVドラマ、ゲームはバットマンを知る、そして好きになる入り口です。それは例えばTシャツとかグッズでもいい。“このデザイン格好いい”と思ってバットマンのTシャツを買う。それがバットマンを知るきっかけになるのは“あり”だと思います。

できればそこから興味を広げてコミックにも手を伸ばしてくれると嬉しい。80年にも渡って多くの優秀なクリエーターが語りついできた伝説ですから、是非、それに触れて欲しいのです。

最近はコスプレから好きになる人もいますよね。格好いいから真似してみたい、これもまた大きな入り口だと思います。

次期バットマン、ロバート・パティンソン

── 映画と言えば、ロバート・パティンソンが新しいバットマンに選ばれました(註:2021年公開予定の単独映画『The Batman(原題)』) 新バットマンについてどう思われますか。

正直に言いますね(笑)。とても興奮しています。ロバート・パティンソンがどういうバットマンになるか、ではなく、どういうブルース・ウェインを演じてくれるかに期待しています。バットマンはブルース・ウェインの物語ですから。マイケル・キートンもクリスチャン・ベールもブルース・ウェインというキャラの新しい魅力を引き出してくれました。ロバート・パティンソンも新たなブルース・ウェイン像を見せてくれるでしょう。

── 稀代のヴィラン(悪役)ジョーカーというのも、バットマンにとって重要なキャラですよね。

まずコミック・アーティストとして、ジョーカーというのは描いていて楽しいキャラクターでした。バットマンは無口で、黒くてがっちりしていて少し猫背で獲物を威嚇するようなポーズ。それに対しジョーカーは笑い顔で、白くて細くて胸をはっています。バットマンと完璧に“対(つい)”になっています。従ってこの2人を並べると絵の中にもドラマが生まれます。

映画『ジョーカー』ではホアキン・フェニックスが素晴らしいジョーカー像を見せてくれました。まだ公開前で(註:このインタビューの時点では映画『ジョーカー』は公開前)詳しいことは言えないのですが、ご覧になったら今度のジョーカーはすごい!と噂がひろまっていくことでしょう。圧倒されます。ヴィランやサイドキック(相棒キャラ)はそれ単体でも主役がはれるぐらい魅力的です。

── 確かに日本のファンの中には「ティーン・タイタンズ」や「タイタンズ」が好きな方や、ロビンのファンも少なくありません。バットマンはサイドキックも魅力ですね。

バットマンの物語にとってロビンやナイトウィングのようなサイドキックや、アルフレッド、バットガールなど周辺キャラは重要です。その理由は2つあります。

1つは、バットマンは子どもの頃の悲劇で愛する家族を失い、普通の人間としての幸せに終止符を打たれてしまいます。そんなバットマンにとって彼らは家族なのです。バットマン・ファンの読者にとっても、バットマンにこういう家族がいることが救いになっていると思います。

もう一つはロビンのようなサイドキックがいることで自分を投影しやすい。若い世代は“大人のバットマン”より“若いロビン”の方が感情移入できるでしょう。自分はバットマンにはなれないけれど、ロビンにはなれる、みたいな気持ちです。サイドキック等、バラエティ豊かなキャラが多いということは、それだけバットマンの世界への入り口が多いということです。

多様化するケープド・クルセイダー

── バットマンは80周年という記念すべき瞬間を迎えました。では、この先の80年、バットマンはどうなっていくでしょうか?

それはこれからのクリエーターがどうしていくか、でしょうね。バットマンは生身の人間ですが、装着しているバットスーツに様々な仕掛けがある。そうすると、現実社会のテクノロジーが進化すると、それらを取り入れたバットスーツでなければリアリティがなくなる。

そうなると壁の向こうを透視できる機能や飛行装置のついたバットスーツになるかもしれない。ここまでくると“バットスーツを着ていればスーパーパワーを持っているのと同じ”になりますよね。それによって“バットマンは生身の人間”という良さがなくなるかもしれない。こういうことが、これからバットマンを描くクリエーターが直面し、解決する問題になるかもしれませんね。

それからバットマンの送り手・受け手が多様化していくことも、これからのバットマンにどういう影響を与えるかですね。

── バットマンの多様化、それはどういうことでしょうか?

それこそ80年前は、NYで少数のアメリカ人がコミックを描いていたわけです。でもいまはテクノロジーが発達して、コミュニケーションできるようになるとアメリカ以外のクリエーターがバットマンのコミックに参加することが可能です。そうすると様々な表現のタッチはもちろん、いろいろな価値観やアイデアが反映されていくようになります。僕自身、大友 克洋さん(『AKIRA』)や士郎正宗さん(『アップル・シード』)のコミックが米国で翻訳されていたおかげでその影響を受けましたから。

バットマンはアメコミ発のヒーローですが、アメリカ人だけが作るヒーローではない。また映画やTVドラマ、グッズ等を通じて、日本をはじめ他の国でも受け入れられているようになっています。アメリカ人だけに愛されるヒーローでもないのです。

── 最後に、日本のファンに向けてメッセージをいただけますか?

バットマンを愛し、応援してくださりありがとうございます。日本の漫画文化はアーティストである僕に大きな影響を与えてくれた大好きな国です。その大好きな国で、大好きなバットマンの80周年をお祝い出来て本当に幸せです。ありがとうございました。

© Warner Bros. Entertainment, Inc.

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THE RIVER編集部THE RIVER

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