【特集】『バトルシップ』義脚の黒人、戦地で脚を失った本物の退役軍人 ─ 予想より演技が上手くて出番増加

「両足と共に、やる気も失った。」
映画『バトルシップ』(2012)は、浅野忠信演じるナガタや、リアーナ演じるコーラ・レイクス(特集記事)など印象的な登場人物が多いが、中でも独特の存在感を放っているのが、義脚の黒人ミック・キャナルズだ。岩のように表情はかたく、結んだ口が開いたと思えば、出てくる言葉は不満や弱音ばかり。かつて強い意思を宿していたように見える両目は、砕かれた石のように冷たい。巨体の上半身のみを細い義脚の二脚に載せ、左右に揺れながら歩く。ミックは主人公の恋人と行動を共にする中、思わぬ局面に立ち会い、意外なガッツを見せる──。
アメリカ陸軍退役中佐ミック・キャナルズを演じたのは、実はプロの役者ではなかった。本物の退役兵、グレゴリー・ガドソンだ。下半身の義脚もCGではない。2007年5月7日、ガドソンはバグダッドで促成爆発装置(IED)によって両脚を失ったのである。
なぜ、本物の退役兵が映画出演に至ったのか。この記事では、『バトルシップ』出演のグレゴリー・ガドソンに迫る。
2007年5月7日、バグダットで
中東、バグダット。ガドソンは、部隊と共に爆弾で命を落とした二人の兵士を弔う記念礼拝に出席し、本部に戻るところだった。夜の9時半から10時の間だったという。武装した装甲車の助手席に乗っていたガドソンは、爆風で車外に吹き飛ばされた。
路上を転がったガドソンは、敵の攻撃を恐れ、すぐに「銃はどこだ」と考えた。しかしその時は、それ以上の追撃はなかった。次の瞬間、自分に起こった異変に気付いたという。
「こう言ったのをハッキリ覚えています。”神よ、ここで死にたくない。”そこで意識を失いました。」
部隊の仲間が駆けつけ、両脚の止血と心肺蘇生を行い、ガドソンは一命をとりとめた。
両脚を切断し、同時に負傷した右腕もネジやプレートを用いて複合手術を行った。今でも右腕は完全に回復していないという。
事故直後は、うつだったと振り返る。
「はじめのうちは、色々な人が注目してくれて、同情してくれて、良くしてくれたり、励ましてくれたりしました。そのおかげでしばらくはやっていけたのですが、結局は人生というものは”普通”の状態に戻っていくもの。新しい普通、新しい現実に向き合わなければならないのです。」
ガドソンは、2007年のスーパーボウルで世紀の逆転勝利を果たしたニューヨーク・ジャイアンツに勇気づけられたと言う。その後ジャイアンツから特別なチャンピオンシップ・リング(指輪)を直々に贈呈され、さらにホワイトハウスにも招致された。
「お供できて光栄に思います。」─ 当時の米国大統領ジョージ・W・ブッシュは、ホワイトハウスでガドソンをこう賞した。「彼は名誉戦傷章と、3種の米軍勲章と、スーパボウル・リングも持つ真のジャイアント(巨人)なのです。」
2008年には、ジョージタウンでアメリカ統合参謀本部のインターンに参加。そこで米軍負傷兵要項の監督に任命された。また義脚には、センサー技術を搭載したことでより自然な動作が可能になった動力付き義脚”Powewr Knee2″を使用する初めての人間となった。
『バトルシップ』演技が上手くて出番が増えた
大のジャイアンツ・ファンであるピーター・バーグ監督は、2007年のスーパーボウルの話題でガドソンを知り、親近感を抱いていた。オファーを出す明確なきっかけとなったのは、雑誌ナショナル・ジオグラフィックの2010年1月号だ。この号はバイオニクス(生物工学)の特集で、バイオニクス技術を活用した義脚で歩くガドソンも紙面に登場した。筋肉隆々の逞しい肉体に、ワイルドな二本のロボット義脚のガドソンを見て、ピーター・バーグは「ホーリー・シット、この人が欲しい」と興奮した。
春になると、ガドソンはピーター監督と面会を果たし、映画についての説明を受けた。ガドソンは二つ返事で出演を快諾したと振り返っているが、ピーター監督のインタビューでは「同意には長いプロセスがあった」と語っている。8月、ハワイでの撮影が始まった。
当然ながら、演技は初めてのガドソン。軍人として現役時代は、感情を表に出さないよう訓練されていた分、演技で感情を表現することは難しかったという。それでも、演技指導者との相性が良かったそうだ。「僕が想定より上手かったから、僕の役を書き直したそうです。だから、最終的に僕の役は当初から大きく変更されたみたいです。」
米軍出身のガドソンから見ても、映画『バトルシップ』は軍の人間関係をよく描けているそうだ。特に、本物の退役艦や退役軍人が登場する点に感動を覚えたという。
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