【レビュー】『クライム101』カッコいい大人の映画が帰ってきた ─ クリヘムVSラファロ、『ヒート』の系譜はその作法にあり
悪党ながら高貴な宝石強盗デーヴィスと、正義感と生活臭を纏うルー刑事とを対比させるカットが積み上げられていく。自分が何に追われているのか知らない男と、自分が何を追っているのか知らない男。集中力と、また別の集中力の対決。交錯する瞬間が、ジリジリと近づく緊張感。
マイケル・マン監督の傑作『ヒート』(1995)の系譜作と言える、LAを舞台としたクライムアクション・スリラー映画『クライム101』(2月13日公開)だ。古風で、現代的。劇場の暗闇に似合う一本である。
悪者しか狙わない、殺さない、痕跡を残さない

原作は犯罪小説の巨匠ドン・ウィンズロウによる同名中編。舞台は西海岸、ハイウェー101号線沿いで多発する宝石強盗事件だ。犯行には妙に美しいルールがある。悪者しか狙わない。殺さない。痕跡を残さない。
火花が弾けるようであり、ときどき冷たい色気も帯びるこの小説を、『アメリカン・アニマルズ』(2018)のバート・レイトン監督が一流キャストと共に映画に起こした。クリス・ヘムズワース、マーク・ラファロ、ハル・ベリー、バリー・コーガン、モニカ・バルバロ、ニック・ノルティ。これ以上はないだろう?という顔ぶれ。
本作は、方々で『ヒート』に匹敵する魅力が語られている。ヘムズワースもラファロも、過去にマイケル・マン映画で培った経験を活かしている。ヘムズワースは『ブラックハット』(2015)で国際マフィアと対決する超法規的ハッカーを演じた。海と太陽と筋肉がよく似合うこのオーストラリア人俳優は、ネオ・ノワールの冷淡とした都会のキャンバスにその存在感を静かに沈めることもできるようになった。
彼が演じる主人公のデーヴィスは独自の犯罪心得に従い、一切の暴力なく犯行を完遂する宝石強盗だ。金持ちから富を盗むのが目的なのであり、犠牲者をつくってしまうつもりはない。一時的に拉致する相手のためにはミネラル・ウォーターをあらかじめ用意してやる。強盗中に拘束した相手の携帯電話はきちんと返却する。原作小説から引用すると、「大事な連絡先や家族との思い出の写真まで奪うろくでなしになる必要はない」というのが、その意外な情けの理由だ。

デーヴィスには、“濁った大人の複雑さ”がある。これを映し出すのに、ヘムズワースの碧眼は澄みすぎている。と、見せかけて、その透明感こそが、役によく合う。何を考えているのかわからない。夜の海みたいに、深入りできないと思わせる。
『ヒート』のロバート・デ・ニーロも高潔な犯罪者だったが、彼には泥臭さもあった。本作のヘムズワースはスマートであればあるほどに、その行いとの矛盾が味となる。彼は整っていて、そして壊れている。
完璧な犯罪者、狂い出す歯車
この紳士的な宝石強盗は、過去のトラウマから人との接触を極端に避ける。独自の成功と、上質なファッションセンス、魅力的な容姿を兼ねながら、女の目をまっすぐ見られない。近づきすぎることを恐れる。自分を深く知られることを恐れる。のらりくらり、回避型の男。こういう男には、「予定外」が一番効くのだ、言うまでもないことだが。
ある夜、デーヴィスはマヤ(モニカ・バルバロ)という女性と突然出会う。犯罪とは無縁の、純社会人として生きる女性。デーヴィスはマヤに興味を持ち、近づいてみる。マヤの方も、ミステリアスなほどに洗練されたデーヴィスが気になる。

デートを重ねると、仲が深まる。深まってしまう。二人とも予期していなかったことだろう。だが、男と女の関係が始まる瞬間を、事前に計画できる者などいない。用意周到な強盗だって同じだ。さて、デーヴィスのような優秀な強盗が、計画にないことを実行できるか。
『ヒート』彷彿、刑事と犯人の緊迫会話劇
脂の乗った中年刑事ルーを演じるラファロは、マイケル・マン作『コラテラル』(2004)やデヴィッド・フィンチャーの『ゾディアック』(2007)で演じた刑事役に続いて、犯行現場にやってくる。今回のラファロ版刑事には脂がたっぷり乗っていて、仕事一筋でやってきた……、いや、やってきてしまった中年男の悲哀がある。『ヒート』のアル・パチーノのような鬼人のキレではない。くたっとした革のような、古風な刑事だ。刑事コロンボのような。

哀れなルーは、女房とうまくいかず、熟年離婚の危機と、ズボンに乗っかった下っ腹の危機を抱えている。人生諸々、なんとかしたい。新たな女性との出会いも求めて、ヨガに通い始めてみる。署内では頻発する強盗事件が単独犯だという突飛な仮説を立てて煙たがられ、孤立気味である。“うっかりラファロ”の愛称でも親しまれるラファロのスロウな素朴さが、事件にもプライベートにも振り回されるオジサンの哀愁をムワっと匂い立たせる。
見せ場の一つは、デーヴィスが運転する車にルー刑事が乗り込むシーンだ。互いに身分を偽り、ルー刑事は悟られぬように運転手へ探りを入れる。だが、彼らは共にスティーヴ・マックイーンの映画のファンであるという共通点を見つけてしまう。警戒心と共感を交えた会話劇が始まる。『ヒート』での、パチーノとデ・ニーロのダイナーのシーンのように。あるいは、『コラテラル』でジェイミー・フォックスが運転するタクシーに殺し屋のトム・クルーズが乗車する場面。あの鋭さ。あのヒリつき。

「90年代のスリラーへの真の回帰」
2000年代やそれ以前の映画には、こういう“地に足着いた”見どころがあった。派手なVFXやトリッキーな伏線回収ではなく、シーン設計と会話の巧みさ、役者の落とす影の濃淡だけで、すべてを調節し、観客を唸らせる。『クライム101』はその懐古主義を、現代基準のテンポ感と画作りでアップデートしてみせる。
ヘムズワースVSラファロの大捕物を盛り立てる周辺人物も抜け目がない。ハル・ベリーは世界有数の富豪とコネのある保険ブローカーのシャロン役。美貌とスタイルに恵まれ、Netflixの「セリング・サンセット」にでも登場しそうな煌びやかな成功者に見えるが、デーヴィスの犯行に関わっていくだけの事情を抱えている。モニカ・バルバロは『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(2024)ボブ・ディランの相手役に続き、本作でもまた難しい男との関係を持つ。

レイトン監督の『アメリカン・アニマルズ』で無鉄砲な強盗を演じたバリー・コーガンはオーモンという無謀で短気な強盗役として、デーヴィスの完全計画に亀裂を入れる。クライム映画の大物俳優ニック・ノルティは犯罪ネットワークを統括する親玉マネー役として、この映画に締まりを与えている。彼らのそれぞれの狙いが、思いもしない形で、それでいてシームレスに繋がり、やがてデーヴィスの人生最後の大仕事は、大番狂せへと変貌していく。

なお、タイトルの『クライム101』には、「ハイウェー101上の犯罪(クライム)」と「犯罪心得1の1(101)」の二重の意味がある。原作のデーヴィスは「引き金を引かなければならない仕事には手を出すな」「悪い予感がする仕事はよくない仕事だ」など、いくつもの慎重な心得に基づいて行動している。中でも象徴的なものは、「法は破られるためにある。ルールは守るためにある」というもの。さて、デーヴィスが遵守する完璧なはずの「ルール」は、なぜ崩れるのか。
本記事で何度も触れた『ヒート』のほか、レイトン監督は同じくマイケル・マンの『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』(1980)や、『スティング』(1973)、『アウト・オブ・サイト』(1998)、『華麗なる賭け』(1968)といった「大人のための映画」から着想を得ている。主演ヘムズワースも本作を「90年代のスリラーへの真の回帰」と評し、「最近あまり見かけなくなった、物語に対するある種のノスタルジーがある」と語る。
『ヒート』の系譜とは、耳をつんざく派手な撃ち合いの系譜ではない。LAノワールの温度、仕事の手順、追う者と追われる者の駆け引き、男と女の孤独。その作法の系譜である。本作のような成熟したクライム・スリラーを、劇場で堪能する。この時間が堪らないのだ。大人になると。

『クライム101』は2026年2月13日、全国の映画館で公開。
Supported by ソニー・ピクチャーズ























