『ジェイソン・ボーン』が目を背けたアメリカ、アノーニが糾弾するオバマ政権の闇

 あなたが当選したとき

 世界は歓喜したわ

 真実の大使を名乗るものに

 権利を与えたと考えたから

 

 今のニュースでは

 あなたがスパイをし

 裁判もなく刑を執行し

 善行を裏切り

 空襲を行っていると告げる

 

 (アノーニ「オバマ」)

 

2期目のオバマ政権がもたらした失望

全米ではすでに公開された映画『スノーデン』はインターネット監視システム「プリズム」の全貌を告発した元CIA職員、エドワード・スノーデンを主人公にしている。2013年、フェイスブックをはじめとする米企業のインターネットサービスを介してテロリストを特定できるプリズムの存在が明かされたとき、全米は驚きと怒りに包まれた。しかも、プリズムを導入した米国家安全保障局(NSA)が国民の監視を始めたのが2007年からだから、6年間も国民に秘密のまま監視体制が敷かれていたことになる。

オバマ大統領が一期目に当選したのは2008年11月。つまり、プリズムは前任者であるジョージ.W.ブッシュ時代に採用され、オバマに受け継がれていたのだ。クリーンでリベラルなイメージを押し出していたオバマだったが、その裏では前任者の負の遺産を継承していた。オバマを信じていたアメリカ国民の失望は想像に難くない。それは、『スノーデン』の監督がオバマ支持者だったはずのオリバー・ストーンだったことからも窺える。

オバマは中東への増兵も行っており、軍事政策は多くの部分でブッシュの路線を踏襲していた。就任直後こそ史上初の黒人大統領として歓迎され、2009年には反核運動に貢献したとしてノーベル平和賞まで受賞したオバマだったが、2期目からは闇の部分を世界に曝け出し続けている。

オバマを名指しで批判したシンガー、アノーニ

ポップカルチャーの側から近年のオバマ政権へのリアクションとして、もっとも強烈だったのはアノーニ『ホープレスネス』だろう。2016年、イギリスのバンド、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズのボーカリスト、アントニー・ヘガティが新名義で発表したアルバムである。サウンド・プロデューサーには世界的DJのハドソン・モホークを迎え、バンド作品と比べても格段に刺激的で重いビートの曲が並ぶ。しかし、もっともリスナーに衝撃を与えたのは歌詞だった。現アメリカ政府について直接的かつ攻撃的な批判であふれていたのだ。

アントニーは性同一性障害のシンガーで、これまでの作品ではその苦しみを美しく母性的な歌声で表現してきた。性転換手術を受け、2014年にアノーニへとアーティスト名を変更してから最初のアルバムとなる本作でも、当然ジェンダーについての楽曲が歌われるだろうと多くのファンは予想していた。しかし、大方の予想を裏切ってアノーニはこれまでで最も政治的な内容のアルバムを発表したのである。

冒頭曲「ドローン・ボム・ミー」ではアフガニスタンへの増兵が招いた悲劇を、現地の少女の立場から歌っている。ベストトラックともいえる「4ディグリーズ」では地球温暖化の現状が訴えられているが、これは2000年の大統領選で民主党候補だったアル・ゴアの主張を支持しているようにも見える。ゴアは環境活動家としてノーベル平和賞を受賞しており、2008年の大統領選挙ではオバマに候補者の座を譲っていた。アノーニは「ゴアが立候補していれば」と遠回しにオバマ当選を悔やんでいるようにも聞こえる。

そして、「オバマ」という楽曲では名指しでオバマを批判する。オバマ政権の悪行を並べ立て、最後には呪詛のようにオバマの名を連呼するのが強烈だ。

『ホープレスネス』は大絶賛され、辛口な音楽メディア、ピッチフォークでも10点満点中9.0点という評価を得た(ちなみにバンド時代、イギリス本国でマーキュリー賞を獲得した『アイ・アム・ア・バード・ナウ』でさえ8.6点)。保守層、リベラル層にかかわらず広がったオバマ政権への失望をアノーニは代弁していたのだ。

監視社会に無神経な『ジェイソン・ボーン』

そんな状況下で、CIAによる極秘プロジェクトを描いた人気シリーズ最新作『ジェイソン・ボーン』がアメリカで公開された。2002年『ボーン・アイデンティティー』から続く当シリーズは、リアルなアクション描写と練りに練られた脚本が最大の売りだ。今年、映画ファンが最も待ち望んでいた作品の一つだった『ジェイソン・ボーン』だったが、その内容ではシリーズの魅力を失っていた。

理由はいくつか挙げられる。スポンサー元の国を巡るだけの脚本は大味だし、演出はマンネリだし、主人公は「記憶を失くした戦闘の天才」という設定がユニークだったのに素性が明かされてしまっては無個性な堅物になってしまった。

しかし最も気になったのは、あまりにも無神経な監視システムの描写だ。主人公ジェイソンがCIAのデータをパソコンで開けると、世界中のどこにいても人工衛星に補足され、たちまち工作員が襲ってくる。そんな描写は監視システムへの批判というよりも、アクション映画を成立させるための都合のいい装置にしか見えない。映画は世界中に監視システムをばら撒こうとしていた「悪いCIA長官」たちが一掃されて、主人公ジェイソンが組織に帰還する可能性を留めたままシリーズ次回作に続く。あまりにも虫がいいし、綺麗ごとがすぎる。リアルさで売っていたシリーズも、スノーデン事件の後では漫画のような絵空事にしか見えない。アノーニと違って、ハリウッドはまだオバマ就任直後に見ていた希望を崖っぷちで守っていた。

オバマはある時点では世界のヒーローだったし、希望だった。しかし、その失墜から目を背けていたのでは、紛いの希望を生む。それは失望よりも醜悪なものだ。物事には必ず二面性があるが、オバマについては多くの表現者が暗部について無視を決め込んでいるように見える。『ブッシュ』でブッシュ政権の暴走をおかしくも哀しく、多面的に描いたオリバー・ストーンは『スノーデン』をどう演出したのか。来年一月の公開が待ち遠しい。

About the author

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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