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暴力はおしゃれじゃない ― 『ドッグ・イート・ドッグ』が対抗する「タランティーノ以降」の映画表現

ドッグ・イート・ドッグ
©2015 BLUE BUDGIE DED PRODUCTIONS INC. ALL RIGHTS RESERVED.

一瞬で劇場内を凍りつかせた冒頭シーンの暴力

ポール・シュレイダー監督『ドッグ・イート・ドッグ』(2016)の冒頭シーンで、劇場内は沸いていた。居候先で討論番組を眺めながら、勢いよく粉末を鼻から吸い込む中年男、マッド・ドッグ(ウィレム・デフォー)。すると、家の持ち主が帰ってくる。とんでもない肥満体の母娘に「出て行け」とすごまれてタジタジの強面男は情けなくてユーモラスだ。その場を取り繕おうと甘い言葉をかけながら、女性にキスし始めるマッド・ドッグの必死さがさらにおかしい。挙句、家のパソコンでポルノサイトを見ていたことがばれ、女性を完全に怒らせてしまう。観客の笑いもピークだ。

しかし、本当にキレたのはマッド・ドッグだった。彼は躊躇なく女性の喉元を刃物で切り裂くと、目撃した娘も射殺する。ついさっきまで笑いがあふれていた劇場内には気まずい空気が流れ始めた。まるで、ゲラゲラ笑っていた自分たちを悔やむかのように。

ドッグ・イート・ドッグ
©2015 BLUE BUDGIE DED PRODUCTIONS INC. ALL RIGHTS RESERVED.
『ドッグ・イート・ドッグ』はトロイ(ニコラス・ケイジ)、ディーゼル(クリストファー・マシュー・クック)、そしてマッド・ドッグたち三人の前科者が、人生をやり直す金欲しさに赤ん坊の誘拐を引き受ける物語である。しかし、計画は上手くいかず、無駄な殺しに手を染めながら三人は窮地に追い込まれていく。

ただ、『ドッグ・イート・ドッグ』で印象に残るのはストーリーテリングよりも、冒頭シーンに象徴されるような暴力の不快感である。もちろん、観客が不快になるのは作り手の意図的な演出なのだが、近年のスタイリッシュで「適度に」ハラハラドキドキさせられる犯罪映画に慣れていた観客ほど、面食らってしまうだろう。今年の日本公開作でいうところの、『ナイスガイズ!』(2016)や『フリー・ファイヤー』(2016)が「陽」の犯罪映画だとすれば、本作は間違いなく「陰」である。この記事では、『ドッグ・イート・ドッグ』が観客からの顰蹙を厭わない内容を貫いた理由を考察してみたい。

【注意】

この記事には、映画『ドッグ・イート・ドッグ』のネタバレが含まれています。

「タランティーノ以降」の暴力映画とは

『ドッグ・イート・ドッグ』が現在の映画界で異質に見えるのは、特にアメリカ映画界においては『ナイスガイズ!』のような「陽」の犯罪映画が主流となっているからである(『ナイスガイズ!』を否定しているわけではないのであしからず)。知らず知らずのうちに観客は生々しい暴力描写への免疫がなくなり、コメディでも見るような感覚で犯罪映画を楽しむようになっていった。この風潮は、1990年代以降、インディペンデント系の作家がハリウッドに吸収されていった流れとシンクロする。

90年代以降のアメリカ犯罪映画および、インディペンデント界でもっとも重要なクリエイターは、クエンティン・タランティーノだろう。『レザボア・ドッグス』(1992)で鮮烈なデビューを飾ったタランティーノは、「ヒップホップ的」と評された膨大な過去作の引用によって、新しい犯罪映画の世界観を構築することに成功した。

タランティーノ演出の特徴は暴力を「スタイリッシュ」にアレンジしてしまった点にある。もちろん、アメリカン・ニューシネマやヌーヴェルヴァーグの諸作品も映像的には十分スタイリッシュだったのだが、暴力の持つ痛みや残虐性はしっかりと描いていた。タランティーノは暴力の残虐性すらもエンターテイメントに変えてしまったのだ。派手な銃撃戦や爆破シーンに頼れない低予算の現場で、タランティーノは洒落た台詞と秀逸なパロディセンスによって観客を惹きつける術を身につけていった(ちなみにタランティーノが脚本に関わったものの、潤沢な予算が与えられた『トゥルー・ロマンス』(1993)や『フロム・ダスク・ティル・ドーン』(1995)には派手なアクションシーンがある)。

影響はインディペンデントのみに留まらない。『アルマゲドン』(1998)のような超大作でもタランティーノが起用した個性派俳優がキャスティングされ、タランティーノっぽい台詞を口にするという「捻れ」が起こった。実のところ、タランティーノ本人は監督第三作『ジャッキー・ブラウン』(1997)あたりからかつてのスタイルを放棄し始めるのだが、タランティーノ後遺症はアメリカ映画界を侵食し、やがて定番化していった。

Writer

石塚 就一
石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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