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【解説】映画『ドミノ』ロドリゲス監督が挑んだヒッチコックへのオマージュと、主演ベン・アフレックの存在感

© 2023 Hypnotic Film Holdings LLC. All Rights Reserved.

ロバート・ロドリゲス監督、ベン・アフレック主演の『ドミノ』は、“どんでん返し映画の新たな傑作”とされる期待作だ。この映画で監督が目指したのは、“サスペンスの帝王”アルフレッド・ヒッチコック監督作のような、捻りの効いた物語。アフレックはこの多層的な物語に翻弄される主人公を見事に演じている。

ヒッチコックへのオマージュ

実はロドリゲス、『ドミノ』の構想はなんと2002年から温めていた。当時、ヒッチコック作品をDVD版で再鑑賞していたロドリゲスは、改めて『めまい』(1958)に感銘を受けた。高所恐怖症による“めまい”に悩む男が神経衰弱になりながら謎を追う名作だ。物語は二転三転し、いわゆる“めまいショット”など、ヒッチコック流の映像トリックもふんだんに使用される。

©Hitchcock Ltd 2022

ヒッチコック映画のようなサスペンスに憧れたロドリゲスは、「もしも彼があと10本映画を作っていたら、彼が思いついていたであろう、一語のタイトルってなんだろう?」と考えた。『Vertigo(めまい)』『Phyco(サイコ)』『Spellbound(白い恐怖)』や『Frenzy(フレンジー)』に加えられるような、たった一語で想像力を掻き立たせられる、魅力的なタイトル……。そこで彼が閃いたのが、本作の原題である『Hypnotic』だ。催眠術や、催眠状態という意味で、人に催眠術をかける「絶対に捕まえられない男」を描こうと考えた。これが、映画でベン・アフレックが追うことになる、ウィリアム・フィクナー演じる謎の男だ。

『ドミノ』の主人公ダニー・ロークは刑事である。最愛のひとり娘ミニーの行方不明に心身のバランスを崩し、悲しみから立ち直れずにいる。そんな彼のもとに、銀行強盗が計画されているという匿名の通報が入る。急行した現場で怪しい男(ウィリアム・フィクナー)を追い詰めたダニーだが、居合わせた警官が突然、暗示をかけられたようにお互いを撃ち殺し、さらに男は屋上から飛び降りて姿を消す……。

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ロドリゲスにとって、『ドミノ』の脚本は難産だった。あるときには行き詰まり、あるいは別の企画が舞い込んだことで、しばらく塩漬けにされていた。一時は脚本を売却することも考えたが、「自分で作らない映画の執筆に時間は費やしたくない」との思いから一念発起、そこからは一気に仕上げた。出来上がったのは、憧れのヒッチコックに引けを取らない、ひねりの効いた先読み不可能のスリラー。ヒッチコックが多くの映画でそうしたように、ロドリゲスも本作では人気の映画スターに主演を任せたいと考えた。そこでオファーが渡ったのが、ベン・アフレックである。

アフレックといえば、「選ぶ脚本にハズレなし」の審美眼の持ち主として、クリエイターやファンから絶大な支持を集めている。直近では、監督・製作・そして助演も務めた『AIR/エア』(2023)が大絶賛。古くは『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997)や、『アルゴ』(2012)でもアカデミー賞に輝いている。

謎が連鎖する巧みな脚本に、アフレックはたちまち魅了された。「一層の現実があったかと思えば、また別の層の現実が明らかにされる。2回観ないと、描かれている全てをとらえきれない」と、アフレックは『ドミノ』の仕掛けだらけの物語を説明している。「少し違和感があったり、妙だったり、戸惑うようなところがたくさん見られる。後になって、“そういうことだったのか!”と理解できるんです」。

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映画監督でもあるアフレックにとって、ロドリゲスはかねてより憧れの存在でもあったという。「彼のキャリア初期の頃の作品からもずっと刺激をもらっていて、ご一緒したいと願っていました。僕自身も監督として、学びを得られる方と一緒に仕事をしたかったのです」。撮影の大部分はロドリゲスが所有するトラブルメーカー・スタジオで行われた。壮大なセットが築かれたスタジオを訪れたアフレックは、同じ監督として思わず「嫉妬してしまいましたよ」と笑って振り返っている。

追い詰められる主人公、ベン・アフレックの存在感

これは現実なのか、それとも?あまりにも不可解な出来事に、主人公がひたすら“翻弄”されるという点で、ロドリゲス監督が参考に挙げる別のヒッチコック映画が『間違えられた男』(1956)だ。真面目な男が突然強盗に間違えらえられ、理不尽な捜査の中でどんどん犯人らしく仕立て上げられていく。主人公はよろめきそうなほど狼狽しながら、それでもなんとか真実を突き止めようとする……。

確かに、『ドミノ』の主人公ダニー・ロークと重なるようだ。真犯人はそこにいるはずなのに、捕まえることができない。真相を追うごとに、現実と見紛う世界の深みに踏み入り、どんどん追い詰められていく。

交差する謎に翻弄される主人公役として、ベン・アフレックほどの適任者はいないだろう。たとえば『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの登場』(2016)で、スーパーマンという脅威の出現に驚かされる、疲弊しきったブルース・ウェイン。とりわけ、『ゴーン・ガール』(2014)である。失踪した妻の捜索が進むにつれて、思わぬ事実が続々と明らかになっていき、ドス黒い穴に嵌っていく主人公。慄いて疑う眼。脱力した表情筋。振り回される男を演じるベン・アフレックは最高だ。体格も良く、どっしりと直線的なシルエットは刑事役としての説得力もあり、画面にも映える。

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「それに、ロークは家族思いでもある。僕とベンはその前から知り合いで、よく子供の話をした。彼ならば、優しい父親の雰囲気を出してくれるとも思った」とロドリゲス。人としての内面も、その存在感も、アフレックはローク役にうってつけだった。

“映像の魔術師”としてのロバート・ロドリゲス

ロバート・ロドリゲスといえば、『グラインドハウス』(2007)『プラネット・テラー in グラインドハウス』(2007)や『マチェーテ』(2010)といったタランティーノとのB級映画フィルムメーカーとしての人気も高いが、一方で“映像の魔術師”的な顔も持っている。例えば、人気シリーズ作の『スパイキッズ3-D:ゲームオーバー』(2003)では、当時はまだまだ実験的だった3D立体映像でのエキサイティングな演出を試みた(しかも赤と青の原始的な3Dメガネを用いてだ)。2005年の『シン・シティ』とその続編『シン・シティ 復讐の女神』(2014)では、フランク・ミラー原作の伝説的コミックをモノクロで忠実に表現。ルージュや血などのみをアクセント的に着色した映像は非常に斬新でクールだった。

原作コミックを忠実に再現しながら、独自の実写作品として完成度が高い……、といえば、『アリータ:バトル・エンジェル』(2019)もそうである。巨匠ジェームズ・キャメロンと共に手がけた同作では、木城ゆきによる日本漫画のビジュアルを映像化しつつ、最先端のパフォーマンス・キャプチャー・アニメーションと共に革命的な視覚効果で新時代を切り開いた。

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そんなロドリゲスが『ドミノ』で目指したのが、“映像の魔術師”の始祖であるヒッチコック作品である。『ドミノ』の予告編をご覧になった方は、街の建物がパズルのピースのように移動したり、景色がぐにゃりとひん曲がっていく映像に「ノーランの『インセプション』っぽい」と感じた方もいるだろう。しかしロドリゲスの意図を辿っていくと、これはむしろヒッチコックの“めまいショット”の再現なのだとわかる。

「彼はヒッチコックへオマージュを捧げ、ヒッチコックのクラシック映画のような作品を作ろうとしていました」と、アフレックも証言する。「カメラ関係もそうだし、コンセプトから演出、視覚効果に至るまで」「この映画は、現代映画でありつつ、40〜50年代の巨匠監督による作品のようにも感じられます。名作映画のような音楽、編集、映像を再現しながらアップデートしているんです」。

そう語るアフレックも、“現代の映像の魔術師”であるロドリゲスとの撮影を大いに楽しんだ。ロドリゲスはとにかく仕事が速いそうで、そんな彼から大いに学ぶことがあったという。また、性格的にも非常に気が合ったとご機嫌だ。「機会があるなら、僕も彼と全く同じやり方で仕事を進めたい」とまで話している。

さて『ドミノ』で観客は、何が現実なのかわからない脅威の世界に、主演のアフレックと共に放り込まれることになる。絶対に捕まらない男の正体とは。そして、「冒頭5秒、既に騙されている」というキャッチコピーの意味とは。映画の結末で「そういうことか!」と気付いたあなたは、きっともう一度観直したくなるだろう。

かつてない映像体験、かつてないギミック、かつてないどんでん返し。映画『ドミノ』は2023年10月27日、日本公開。

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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