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【解説レビュー】息、すると死ぬってよ。『ドント・ブリーズ』何がそんなに怖いのか

2016年はビビリのくせにホラー映画を沢山見た。何故かというと、『イット・フォローズ』からはじまり、『貞子vs伽倻子』『ライト/オフ』など斬新なアイデアのものが多かったからだ。今年もビビリのくせに、多くのホラー/スリラー映画を観ていきたいと思う。

ところで年の暮れに、『ドント・ブリーズ』というホラー映画が公開されたことはご存知だろうか。チラシには“20年に一本の恐怖の作品”と書かれていて、つい我々に「ほんと〜?」なんて勘ぐらせる。ところが、そのコピーがその通りで、今作は現在日本でも大ヒット中。私も先日劇場に足を運んだのだが、鑑賞後には、まるでジェットコースターから降りてすぐのように足がすくみ、酸欠状態になっていた。ジジイ、怖すぎる

何故私たちも息を止めてしまうのか

https://megviewsblog.wordpress.com/tag/dont-breathe/
https://megviewsblog.wordpress.com/2016/09/08/dont-breathe/

映画を見た人たちの多くがこう言う。「自分も映画を見ながら息を思わず止めてしまっていた」と。何故そうしてしまうのか、その答えはこの映画のショットの撮影方法にある。

若者三人が家についた時、彼らが家の中をくまなくチェックするシーンがある。そのカメラワークは、しっかりと一階から二階へ動き、廊下の先にはあの部屋があって、横は浴室で……など、家の構造をしっかり観客に説明するかのようだ。家の構造を知る事で、その後若者が逃げ惑う際、どこに何があるのかを観客も理解することになる。あたかも自分がその場にいるような気持ちになり、彼らと一緒にジジイに追われる気分を味わえるのだ。(そこ、横の部屋逃げて!って具合にね)

https://megviewsblog.wordpress.com/2016/09/08/dont-breathe/
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そしてもう一つ、キャラクターへのシンパシーも重要な理由となってくる。今回、この盲目の老人の家に忍び込む若者は三人。彼らはもとから盗みを働いていたのだが、そのうちの二人、ロッキーとアレックスが重要だ。

ロッキーにはどうしようもない母親がおり、すでに家庭は崩壊している。彼女には、母親との生活から抜け出し、幼い妹を幸せにするためカリフォルニアに行くという夢があった。その資金のために盗みを行っていたロッキーは、今回大金が入れば足を洗うつもりだったのだ。

一方、アレックスはロッキーに恋人(三人組のひとり、マニー)がいる事を知りながら、密かに彼女に恋心を抱いている。アレックスの父親は街の警察官で、巡回地区で担当する家のスペアキーなどを持っていた。彼はその鍵を使うことができ、また父親から得たセキュリティシステムの知識の豊富なため、いわば“盗みのキーマン”としての役割を担っている。しかし、金に貪欲なマニー(綴りもMONEYだから救いようがない)よりも良心的な少年だ。

https://www.wired.com/2016/09/dont-breathe-twist-talk/
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我々は、この二人の背景を冒頭で知る事によって彼らに同情し、また老人の家の構造を知る事で登場人物たちと一種の同期状態になる。その結果、彼らと同じように息を止め、何としてもこの二人が家から生還する事を願うのである。

『ドント・ブリーズ』いったい何が怖いのか

この映画の何が怖いかって、言うまでもなくあのジジイだ。しかし彼はあくまで人間で、幽霊でもなんでもない。そんな彼が何故あれほどまでに我々にショックを与え、恐怖心を抱かせたのか……。それは彼が“盲目”であり“孤独な老人”だからだ。

https://trailers.apple.com/trailers/sony_pictures/dontbreathe/
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映画の冒頭では、老人が元軍人で、任務中に失明していた事が明らかになる。彼には一人娘がいたが、その娘は数年前に車に轢かれて亡くなってしまったという。彼は事故の犯人からもらった大金とともに、周辺の五軒先まで誰も住んでいないような土地で、古い屋敷に一人暮らしをしているのだ。

マニー以外の二人は、盗みに入る直前に、彼が障害者である事を知って少し戸惑う様子を見せる。このように、普通の人はどこか障害者を特別扱いしていて、彼らに悪さをする事はモラルに反するという認識があるはずだ

https://www.tumblr.com/search/don't-breathe-movie-gif
http://glitterghosts.tumblr.com/post/151897655218/shit-thats-our-guy-dont-breathe-2016-dir

ところが、その盲目である彼が、容赦のない暴力と犯罪行為を見せつけることで、そのイメージは完全に崩壊する

私は、これと全く同じ感覚を、昨年の映画『ザ・トライブ』でも感じた。全編サイレンスの映画で聾啞者が繰り広げる暴力とセックスには衝撃を受けたものだ。障害者がまさかそんなバイオレンスな事をするなんて思わなかったのである。 

そしてもうひとつのキーは、彼が“孤独な老人”でもある事だ。

http://www.digitaltrends.com/movies/weekend-box-office-dont-breathe-suicide-squad-2/
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娘を失い、ボロ屋に一人暮らし。マニーが老人の寝室に足を踏み入れると、寝ている彼の横にあるテレビには、幼い頃の娘が映ったホームビデオが流れっぱなしになっている……。ほら、なんだか可哀想じゃないか。このとき観客は、きっと彼に同情してしまうだろう。この老人が後に怖い奴になるとわかっていても、その背景や事情を知ることで、「なんだか可哀想な人だよね」と彼を全否定できなくなるのだ。

だが、彼が地下室に隠していたものをのちに知った時、その想像以上の暴力に、あなたは同情していた故にショックを受ける事となる。

全女子が震撼したシーン

この映画が斬新なホラーだといわれるゆえんは、敵が幽霊ではなく生身の人間、しかも盲目の老人という事にある。しかし私は、例のあのシーンにこそ注目したい。そう、全女子震撼のあの問題シーンだ。

【注意】

ここから後には、映画『ドント・ブリーズ』のネタバレが含まれています。

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屋根裏をくぐって、ついに外にでる小窓を発見したロッキー。安心して身を乗り出したと思ったら、ジジイに捕まってめちゃくちゃに殴られる。年頃で美しい娘がグーパンチを顔面に容赦なく食らうシーンは、それだけでも悲しく痛ましい。

意識を失ったロッキーが目を覚ますと、地下にある拘束具に囚われてしまっていた。目の前にいるあのジジイは、拘束具に先ほどまで囚われていた女性について話しだす。

ジジイは自分の娘を殺した女性を、一体どんな手を使ったかは謎だが、捕まえて地下に監禁していたのだ。しかし、ロッキーたちが彼女を見つけて逃がそうとした時、ジジイは誤ってその女性を撃ち殺してしまった。

「Oh ベイビー……」と死体を抱きしめながら嘆くジジイに、私は「まさかこのジジイ、頭がおかしくなって自分の娘を繋いでたのか?失明した自分でも世話ができるように?」と思っていたのだが、どうやら話が違った。

http://www.heraldnet.com/life/sadistic-dont-breathe-delivers-real-scares-but-goes-awry/
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彼が言っていたベイビーとは、言葉通り赤ん坊の事で、なんとその女性に自分の子供を孕ませていたのだ! その女性をどうにかしても、死んだ娘は戻ってこない。しかし、代わりなら作れると考えたのだという。もちろん、そこまで話せばロッキーも観客もバカではない。最悪の事態がこれから彼女の身に起こりそうだという事は理解できるはずだ。

しかし、実際はその予測を遥かに超えていた。冷蔵庫が出てきた時、まさかと思った。しかし、ジジイがそんな話をしながら卵焼きを作るとは思えない。冷蔵庫に冷やしておくものなんて、瓶詰めの精子しか考えられないだろう。予想は的中、彼は熱した精子をスポイトにたっぷり含み、彼女に迫っていく。この時、劇場内の女性全員が凍り付いた事は言うまでもないはずだ。 

今の今まで、殺される恐怖を抱えていた身が、新しい命を強制的に産ませられる。つまり死を意識していた者が、なんと生を意識して恐怖に怯えるのだ。なんと皮肉的で惨い話なんだろう。

しかしそこに、死んだと思われたアレックスが現れ、スポイトを入れられる寸前でロッキーは助かったのだ。

本当に救われない展開

ロッキーを救ったアレックスは、家から出る寸前で追って来たジジイに撃ち殺されてしまう。生き延びる希望を持たせておいて、なんて酷い……。だが、ロッキーは逃げる、外の世界に! 家から遠くへ逃げれば、盲目のジジイは手も足も出るまいとすっかり安心した次の瞬間、犬の刺客が彼女に襲いかかる。手に汗握る車内の攻防戦の後、無事に犬を撃退する彼女の背後に、ジジイが再び現れる。

https://www.showtimes.com/movies/dont-breathe-117635/videos/
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そして映画の冒頭で見られた、朝日の降り注ぐ中、ジジイが少女の首根っこを掴み引きずって行くシーンに繋がるのだ。今度こそもうダメだと思ったが、彼女は気転をきかせてジジイを退治。そして、大金を手に取って逃げるのであった。

その後、ロッキーは無事に妹とカリフォルニアに行けることになり、場面は空港へと移る。そこで彼女は、あの家で起きた出来事がニュースで取り上げられているのを見るのだった。老人の家に強盗が押し入り、老人は正当防衛を働いた末になんとかまだ息をしている、とキャスターは話す。

その事実に目を見張るロッキーは、妹を連れて空港を歩いて行く。ここまでジジイが追ってくることはない、もう安心なはずなのに、どこか安心できない。しかも、自分を決死の思いで助けてくれたアレックスは世間からは悪者とされ、生存したジジイの話す事が真実になる。救われないラストシーンが、我々に悪い後味を残すのであった……。

 

あなたも、今後老人の家に忍び入る場合は(特に女性)十分に注意していただきたいものである。

 

 

https://theriver.jp/it-follows-dont-breathe-review/

https://theriver.jp/dont-breathe/

Eyecatch Image: http://www.houstonpress.com/arts/reviews-for-the-easily-distracted-dont-breathe-8699011
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ANAIS

ライター/編集者/Ellegirlオフィシャルキュレーター、たまにモデル。ヌーヴェルヴァーグと恐竜をこよなく愛するナード系ハーフです。