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偏見と米ソ関係 ─ 『ドリーム』3つの疑問を解説 アメリカの60年代と人種差別の歴史をもっと知るために

©2016TwentiethCenturyFox

Q:どうしてヴィヴィアンは「私に偏見はない」と言ったの?

A:差別する側には自覚はない場合がほとんどだから。

NASAのスーパーバイザー、ヴィヴィアン(キルステン・ダンスト)は作中の「悪役」に近い役どころだ。ドロシーを酷使しておきながら管理職には昇進させず、黒人が出世できないのは当然だと思っている。口を開けば嫌味ばかり。そんなヴィヴィアンさえも見直すほど、ドロシーたち黒人職員は努力を重ねてNASAに貢献できるようになっていく。

IBMの計算機をプログラミングできるようになったドロシーにヴィヴィアンはおそらく初めて労いの言葉をかける。そして、「偏見はない」と強調するのだが、ドロシーは「自覚がないだけではないですか」と返す。

こんな話がある。『黒い司法 黒人死刑大国アメリカの 冤罪と闘う 』(ブライアン・スティーヴンソン/亜紀書房)は黒人弁護士が法廷における人種差別の実態を告発したノンフィクションだ。スティーヴンソンは人権派弁護士を描いた名作映画『アラバマ物語』(1962)に感動する白人たちに冷ややかな感想を持つ。本作を見ていない人の間ではあまり知られていないが、『アラバマ物語』で主人公が弁護した無実の黒人男性は有罪判決を下され死刑となる。にもかかわらず、映画は主人公の誠実さと父親としての立派さを称えて終わるのだ。黒人たちには『アラバマ物語』が白人の主観で描かれた自己満足の映画に映っている。それはハーパー・リーによる原作小説のメッセージからもかけ離れていた。ちなみに、『アラバマ物語』原作の続編となる小説『さあ、見張りを立てよ』では人種隔離政策の支持者となった主人公弁護士の暗い老後が描かれていた。

往々にして、差別される側の気持ちは見過ごされる。というよりも歴史上、差別する側が「自分たちの行動が差別である」と自覚的に誰かを虐げていたケースの方が珍しい。奴隷時代、黒人は人間と認識されていなかった。家畜と同じだから強制労働させてもいいし、自由も必要ないという発想だ。1960年代のアメリカでも「隔離は法律で定められているのだから人権を主張する黒人がおかしい」と白人たちの多くは考えていた。

当時の基準に照らし合わせれば、ヴィヴィアンは決して悪人ではない。しかし、「規則だから」「前例がないから」と、黒人職員たちの訴えをまともに扱ってこなかったのは差別のあり方を象徴している。社会の常識に流されず、自身の倫理観を教育によって養う姿勢こそが差別撤廃へとつながるのではないだろうか。

 参考にしたい映画

  • 白人史観による黒人差別の視点を知るなら『アラバマ物語』(1962)
  • 日常的にひそむ差別意識を知るなら『ヘルプ~心がつなぐストーリー~』(2011)
  • 白人社会と黒人社会の違いを知るなら『招かれざる客』(1967)

©2016TwentiethCenturyFox
『ドリーム』はこれらの問題を反映させながら語り口はあくまで軽やかだ。マーキュリー計画のクライマックスには誰もがさわやかな感動を呼び起こされるに違いない。

Writer

石塚 就一
石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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