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【ネタバレ考察】『エターナルズ』の正義論 ─ 『スパイダーマン』『ダークナイト』、「どちらかしか救えない」時、ヒーローはどうしたか

エターナルズ
(c)Marvel Studios 2021

このページには、『エターナルズ』のネタバレが含まれています。

地球か銀河か?『エターナルズ』の選択

2021年のマーベル映画『エターナルズ』では、倫理・道徳の究極の決断をめぐってヒーローたちが直接議論を交わすことになる。7,000年前に地球にやってきたという彼らは、セレスティアルズという「この世の創造より前に出現した種族」が創造した存在。物語が進む中で、彼らの目的とは、地球の殻を破って誕生する新たなセレスティアル「ティアマット」を誕生させるための使いだったことが明らかになる。

劇中の説明によれば、セレスティアルは宇宙のあちこちに「種」を撒いており、地球を宿主にした「ティアマット」が間も無く出現(誕生)しようとしている。セレスティアル出現のためには知的生命体のエネルギーが必要であり、これを阻む捕食生物(地球の場合は恐竜など)を駆除するためにディヴィアンツが放たれていた。しかし、ディヴィアンツが生存本能を持ったことにより、彼ら自身が知的生命体に対する捕食者になり変わってしまうという「設計ミス」があった。エターナルズの真の目的とは、ディヴィアンツを駆除し、知的生命体である人間の人口を増やすことで、ティアマットの出現を促すことだったのだ。

エターナルズと交信していた「アリシェム」という名のセレスティアル個体の説明によれば、地球からティアマットを出現させる目的は、次なる銀河を創造し、数千億の新たな命を生むためだという。これは、功利主義的な考えだ。

エターナルズ
(c)Marvel Studios 2021

やがて物語が進み、ティアマット出現の時が近づいていると知ったエターナルズは再集合し、「地球の存続」か、「次なる銀河の誕生」のどちらを選ぶべきかの議論を開始する。今回は、『スパイダーマン』のように両方を救うことはできないし、『ダークナイト』のように、ヒーローが関与せずとも両方が助かるという幸運にも期待できない。

セルシは「大義のために命を奪うのは過ち」だと主張する。彼女は、たとえセレスティアルの宇宙的な営みが功利主義の正義であったとしても、地球を見殺しにするのは殺人同然であり、美徳に反すると考えている。これはドルイグと同じ考えだ。1521年、ティノチラトンの人々が軍事侵略される様子を見て「これは戦争ではない、虐殺だ」とドルイグは言っている。セルシやドルイグにとって、殺人はいかなる理由があろうと正当化することができないものなのだ。

エターナルズ
(c)Marvel Studios 2021

美徳に基づき地球の存続を望んだセルシやドルイグらに対してキンゴは、「新たな命を生み出すのは善だ」と反論する。功利主義者のキンゴは、地球という惑星一つの生命を維持するよりも、これを種にしてより多くの銀河を作り、もっと多数の惑星を生んだ方が宇宙全体の最大幸福につながると考えている。

実際にMCUでは、これが善として描かれたことがある。『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)では、トニー・スタークが自らの命と引き換えに、サノスを滅ぼしている。サノスは全宇宙の半分を再び消し去ろうとしていたのだから、これを阻止したことで、トニーは宇宙全体の最大幸福につながる「善」を行っており、そのための犠牲は正しいように見えた。

しかし決定的に異なるのは、『エンドゲーム』ではトニーが自らの犠牲を自覚・志願していたということである。(ドクター・ストレンジが予め示唆したように)トニーが犠牲になること以外に救いの道がないという、半ば強制的な状況であったとはいえ、指を鳴らしたのはトニー自身だ。つまり、本人が支払うことになる犠牲をよく理解していたかどうかが、道徳的な原理の一つとなることがわかる。

一方『エターナルズ』で、人間は自分たちが犠牲になろうとしていることを知る由もない。これを指摘するのがファストスだ。彼は、「人間は、新たな命のために死ぬことを選ぶと思うか」と問いかける。彼らが地球滅亡を正当化できるのは、人間の総意が、次なる銀河誕生のために自分たちは滅びるという考えに同意した時のみなのだ。もしも犠牲が一方的なものであるなら、それは「虐殺」であり、倫理的に間違っているということを、映画本編はドルイグの場面を通して先に示している。

ファストスの場合、広島原爆投下を目撃したことで、虐殺は無条件に間違いであるということを理解している。彼は広島の焼け野原に両膝を落とし、「僕のせいだ(I did this)」と、自らの発明の才能が悪作用したことを反省した。また、「彼らは救う価値がない」として、一時は人間そのものを軽蔑するほどのトラウマを抱く(やがて恋人と出会い家族を持ったことで、再び人間愛に目覚める)。

エターナルズ
(c)Marvel Studios 2021

当時のアメリカ大統領ハリー・トルーマンは、原爆投下によって日本本土上陸作戦が実行されずに済み、100万人の犠牲が回避できたとする正当化論を唱えたが、ファストスはこれを支持しないだろう。なぜならファストスは、犠牲者というマイノリティの側に立つからである。少数者の犠牲が正当化されることを認めない功利主義批判の立場にあるファストスにとって、「次なる銀河」誕生の犠牲として、人間の大量虐殺を再び認めるという選択は、とても選び難く、正義ではないのだ。

イカリスと実存的危機

エターナルズたちの議論は、実はアンバランスである。劇中で、「次なる銀河」派の実質的な支持者となったのはキンゴのみなのだ。映画ではイカリスがセルシたちに対する強力な反対勢力となるが、それは武力に限った強力さである。彼自身はセルシたちへの反対を、倫理・道徳的な理由からしていたわけではない(スプライトは、恋心からイカリスに続いたに過ぎない)。

イカリスは戦闘能力においてはチーム内でも最強級だが、自分の考えを持つことにはあまり興味がない。セルシに愛を伝えたのも、エイジャックにそうするよう促されたためであり、エターナルズ解散の際にも、アリシェムに意見を確認すべきだとのみ伝え、自身の考えは述べていない。またティアマット出現の是非について意見を求められた時も、「リーダーであるセルシが決めるべきだ」と、判断を委ねている。

エターナルズ
(c)Marvel Studios 2021

「実存は本質に先立つ」のが人間だが、イカリスはアリシェムが定めた「ティアマットを出現させる」という本質に囚われている。ティアマット出現を拒めば、イカリスは実存的危機を招くことになるのだ。だからこそイカリスは、「地球」派になったエイジャックを排除する。エイジャックに「ティアマット出現を止めましょう」とチームへ指示させるわけにはいかないからである。そして最終局面で、セルシへの愛を優先させてティアマット出現を止めた後は、いよいよ存在理由を失い、速やかに自死する。

「地球」と「次なる銀河」のどちらを救うべきかというエターナルズの議論では、彼らが「地球」と「銀河」のどちらのコミュニティに属していると考えており、どちらに忠誠を感じているかということも、重要な焦点となる。もともと彼らは「銀河」に忠誠を尽くすべき存在だったが、人類と歴史を共にする中で、所属するコミュニティ意識を、銀河から地球に移していた。中でもドルイグは、特に人間への帰属意識が高いようだったが、その理由は本作の脚本家ライアン・フィルポが説明している。ドルイグはマインドコントロールの能力を使いながら、「人間の心の内側で多くの時間を過ごしている。そのため、他のエターナルズの多くが到達できない深さで、人間のことを理解している」という。

エターナルズ解散時にドルイグは、自身に人間の争いを止める力があることを認めながら、それを行使せずに黙殺し続けることが耐えられないと話す。ここで彼は、自分たちは「より良い世界(Better World)」を築けているのかと提起するが、彼らの当初の任務はディヴィアンツ退治であり、「地球を『より良い世界』にせよ」というような指示は受けていないはずだ。つまりドルイグは、創造された時にはなかった人間愛の美徳を、自ら獲得していたわけである。これはセルシらも同様だろう。

アリシェムはエターナルズを「それ以上進化しない存在」として創造したが、エターナルズの精神を可変的なものとしたため、自身や銀河への忠誠よりも人類への忠誠が優先されうるという可能性を見落としていたのだ。セレスティアルズにとっては、ディヴィアンツ同様「設計ミス」ということになる。

映画の最後にアリシェムはセルシ、ファストス、キンゴを呼び出し、地球を救った判断が正しかったかどうか、彼らの記憶を精査して判断するとした。今後は、アリシェムが「功利主義」か「美徳」どちらの正義を選ぶかに地球の命運がかかっていくのだろう。

『エターナルズ』が試みた正義

『エターナルズ』がそうだったように、「どちらを救うべきか」といった倫理的・道徳的な議論は、ほとんど同意に至ることはない。万能な原理など存在しないからだ。

本作の場合は、劇中で地球が滅びてしまえば、MCUそのものがバッドエンドを迎えることになる。つまり、結果は初めから約束されているのだから、彼らが「究極の選択」ジレンマのどちらを選んだかという結果だけが重要なのではない。そうではなく、どのような原理に基づいて、どのような正義を尊重しているのかが見どころなのだ。

エターナルズの面々は、多様な人種や、様々なマイノリティも含んだ個人によって構成されており、これはまるでバイデン政権の閣僚人事のようでもある。ヴィランという明確な共通悪を登場させず、また、どちらもが救われるといった幸運に委ねることもなく、彼らは彼らの内での自浄作用によって、正義をめぐる物語を着地させる。人間愛を信じ、(銀河から見ての)少数派を保護するという結末だ。

『エターナルズ』は、トランプ政権をようやく乗り越えたアメリカと時をほぼ同じくしてサノスを倒したMCUが、新しい時代の美徳を捉えようと試みたような作品だ。こうした観察を続けることで、スーパヒーロー映画は、荒唐無稽なVFX映画から深奥な物語に変貌しうるのである。

Source:The Direct

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Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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