パイ・パラダイムをぶっ壊せ!カナダの映画人が叫ぶ『パイ・ルネサンス』かつてパイは壮大な叙事詩であった!

一般的な日本人にとって、「パイ」というのはあまり馴染み深いものではないと思う。
ちなみにパイと言っても、数学や化学にでてくる「π」とか、女性の乳房のことではなく、小麦粉とバターなどから作った生地に、甘く煮た果実やナッツ、肉などを包み込んでオーブンで焼き上げたあのお菓子や料理のことである。
みなさんは、パイはお好きですか? パイってよく食べますか?
そんな祖母の作る料理は、まあ大正生まれということもあって昔ながらの日本の家庭料理も多かったのだが、和食にとどまらず、洋食や中華など様々な料理を作った。それこそ時には、アメリカ映画のワン・シーンのような夕餉を迎えることもあった。ハンバーガーとフレンチフライとか、様々な具が挟まれたサンドとか、野菜とチーズがたっぷり入った巨大なミートローフとマッシュポテトとフルーツたっぷりのサラダとか、ピザなんてこともあった。もちろん、すべて祖母の手製である、ハンバーガーのバンズもピザのソースも生地も。
そして祖母はお菓子作りも好きだったので、クッキーやドーナツやケーキなんかも頻繁に出てきた。クリスマスの日には必ず、祖母の作った三種類ものケーキがテーブルに並んだ。苺のショートケーキとブッシュ・ド・ノエルと、そしてパイである。だからぼくは当時、割りと日常的にパイというものを口にする機会が多かった。そして、大抵はアップルパイかパンプキンパイだった。007
一時期、デヴィッド・リンチの製作したドラマ『ツイン・ピークス』に傾倒していたぼくは、いつか祖母が、あのダブルR・ダイナーで出てくるようなチェリーパイを食卓に並べる日が来るんじゃないのかと思い待ちわびていたが、残念ながらその夢は叶わなかった。実家を離れてからずいぶんと時が経ち、この頃ではパイなんてめったに食べなくなってしまったけれど、時々、祖母のあのアップルパイのことを思い出す。

さて、枕が長くなりすぎたが、今回はパイの話題に触れようと思う。
カナダのバンクーバーに在住するジェシカ・リー・クラーク(Jessica Leigh Clark-Bojin)さん、彼女の運営するウェブサイト Pies Are Awesome 『パイは素晴らしい!』が、パイ愛好家の楽園と化していて、確かに素晴らしいのである。

彼女の作るパイは、ただ単なる美味しい料理やお菓子としてのパイを遥かに超えていて、それはとんでもなくギークな、つまりオタッキーな自らの趣味趣向をコンセプトに掲げて、かつ様々な技巧とチャレンジを折り重なるようにして積み上げて、あるいはレゴ・ブロックのように組み立てて、作られているのである。そしてそのコンセプトとなるのは、SFだったりファンタジーだったりホラーだったり、他にも映画、ゲーム、コミック、おもちゃ、科学などなど様々。
彼女は言っている、”In the olden days (think Shakespeare time) pies were epic”、「かつてパイは叙事詩の流れのように壮大であった」と。かつてのパイは、特別な技術者によって様々に装飾され、そして王宮のテーブルにそびえ立っていた。つまり単なるお菓子や料理の領域を超えた特別なものだった。けれどいまの時代のパイは、ごくごく一般的な手軽なものに成り果ててしまっている。カントリー・フェアやおばあちゃんのテーブルに並ぶ肥しのようなものになってしまっている。しかし彼女は、そんなパイ・パラダイムを払拭しパイの栄光を今に取り戻すべく、日々特別なパイを作り続けているのだという。