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【考察】2017年のガストン論 ─ 『美女と野獣』の悪役はなぜディズニー映画史に残ったのか?

ディズニー

ごらんあの娘はいつでも 少し風変わり 夢見る瞳 本を読みふける なぞめいた娘だよベルは

 (「朝の風景」)

ガストンが街を闊歩し、自分を称える歌を熱唱するたび、ため息をつく娘たちがいる。彼女たちはみんな一様に金髪でグラマーだ。(実写版では黒髪に改変)栗色の髪をした凛々しい顔立ちのベルとは対照的で、いわば男性の欲望に忠実な女性たちの象徴なのである。

ベルが囚われの身となるお城で、心を通わせていく野獣は容姿が醜く、心も卑屈になっている。しかし、彼はベルとの出会いで優しさを取り戻していく。何よりも、彼にはガストンにはない知性があった。野獣の図書室にベルは心を打たれる。そう、ベルや野獣は「知性」、ガストンは「感情」の象徴といえるだろう。ガストンは自己愛とベルへの執着がふくらみ、暴走していく。ベルの父親に危害を加えるまでに。

たとえば、『ライオン・キング』のスカーは肉親を殺してまで王座を求めた悪役だが、そもそも王位継承という残酷な運命の中に生まれてきた悲劇を背負っていた。『眠れる森の美女』のマレフィセントにせよ、人々から忌み嫌われて孤独を抱えていた悲しい存在ゆえに悪行へと駆り立てられたのだ。しかし、ガストンには彼らのような悲哀がない。その煩悩の純粋性は清々しいほどである。

ディズニー版『美女と野獣』は「知性」と「自由意志」についての物語である。お城で狭い牢屋に囚われていたベルは、徐々に行動範囲を広げ、最後には野獣に「自由」を認められ帰郷していく。最後までベルの意志が理解できず、感情だけで動いていたガストンは、ディズニー史上もっとも「作品内の善」の真逆を貫いたキャラクターだといえるだろう。

1991年と2017年にガストンはどう映るか

アニメ版が発表された1991年、アメリカのポップカルチャーでは「知性」への揺り戻しが起こっていた。メディアが扇動する思考停止のコマーシャリズムに嫌気が差していたロックバンド、ニルヴァーナは内省的なアルバム「ネヴァーマインド」を大ヒットさせた。マッチョな価値観が横行していたヒップホップ界では、ナードな3人組、デ・ラ・ソウルが最大のヒットアルバム「デ・ラ・ソウル・イズ・デッド」を発表した。映画界では複雑で哲学的な内容の『羊たちの沈黙』(1991)がアカデミー作品賞を受賞した。(ちなみに『美女と野獣』も作品賞候補だった)自由経済主義が肥大化し、湾岸戦争へと突入していったアメリカでは、「強者の正義」を疑うクリエイターが続出していたのである。

1992年には「強者」のアイコンだったスター俳優、クリント・イーストウッドが監督・主演作『許されざる者』を発表、西部劇で定番化していたヒロイズムと決別した。『美女と野獣』はヨーロッパが舞台の作品ではあるものの、紛れもなくアメリカで起きた「知性の抵抗」の流れに位置づけられる作品である。もちろん、ディズニーに政治的な意図はなく、世論を助長しないようにバランスを取っただけだったのだろうが。

2017年の実写版『美女と野獣』ではエマ・ワトソンがベルを演じている。彼女は名門ブラウン大学を卒業し、国連組織下でジェンダー問題にも取り組んでいる秀才だ。ここでもベルの「知性」のイメージが大切にされているのは明らかだろう。

そして、ガストンの蛮行はアニメ版よりもはるかにエスカレートして描かれていた。彼はベルの父親を山奥に捨て去り、それを暴露されると即座に野獣へと人々の敵意をそらすのである。こうしたガストンの自己中心的で大言壮語で、共通の外敵を生み出すことに長けた能力は時の権力者にそっくりだ。

何も『美女と野獣』がアメリカ政府批判の映画だと言いたいわけではない。ただ、人々は無意識のうちに強くありたいと願っているし、それができないなら強い者に好かれたいと願っている。「悪役」として描かれるからこそ観客はガストンを嫌うだけで、現実にあんな男が出現したらきっぱりと否定できるだろうか?作中ではベル親子をのぞいて、ガストンはほぼ全ての住民から好かれていた。本物の悪は善以上に頼もしく、魅力的である。魔法使いや邪神は空想の産物かもしれない。しかし、ガストンはいつの時代も我々の世界に存在している。

P.S.
筆者が「ディズニー史上最凶」に挙げたいのは『リロ・アンド・スティッチ』(2002)のスティッチ! あんなに横暴だけど、かわいくて許せちゃうのが凶悪すぎる!

Souce:https://www.ranker.com/crowdranked-list/greatest-animated-disney-villain

Writer

石塚 就一
石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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