意外と正統派!?とにかく笑えるキリスト教映画『神様の思し召し』レビュー

イタリア映画『神様の思し召し』は、腕は良いが独善的で感じの悪い外科医が、ある神父と出会うことで変わっていく物語。2015年・第28回東京国際映画祭コンペティション部門に出品され、観客賞を受賞した作品だ。

『神様の思し召し』あらすじ

傲慢で嫌われている外科医トンマーゾ。娘はバカっぽい不動産屋と結婚し、妻に対しては冷めている。そんな中、医者になってほしいと願う息子が突然『カトリックの神父になる』と言いだし、愕然とする。表面上は理解を示すふりをしながらも、なんとか息子の夢を阻止するため、トンマーゾは息子が心酔しているらしいピエトロ神父に接触するのだが……。

とにかく笑えるコメディ映画

 『神様の思し召し』は、コメディ作品だ。冒頭のキャラクター紹介からコメディ要素のてんこ盛りで、基本的に観客はずっと笑わせられている状態になる。特に、トンマーゾがでまかせでついていた嘘をとりつくろうために、でっちあげの家族をこしらえてピエトロ神父を招待するシーンは圧巻で、毒っ気も含めて完璧だった。映画館があれほど笑いで包まれたのは久しぶりだったし、お腹から笑えて笑顔になれる映画という点で、万人にオススメできる作品だ。 

反則のふりをした正攻法のキリスト教映画

 ピエトロ神父は前科者で、破天荒で型破りな人物。トンマーゾは、徐々に彼に影響を受けていく。ピエトロは、いわゆる神父らしいアドバイスはしない。告解(懺悔)で指示するように「主の祈りを10回唱えろ」などとは言わないし、場合によっては「知るか」「俺に分かるわけないだろ」と突き放したりもする。

ピエトロが示すのは、表面上の敬虔さではなく、信仰の深さだ。丘の上で、ピエトロがトンマーゾに「神」を語る場面は素晴らしい。ピエトロにとって、信仰とはなんなのか。彼の行動原理はなんなのか。彼の視点はどこにあるのか。トンマーゾことをどのように見つめているのか。このシーン以降、ピエトロの言動は更なる圧倒的説得力をもってトンマーゾを刺激していくことになる。

 丘の上でピエトロが信仰について語るこのシーンには、少し驚いた。冒頭から絶え間なく繰り出されるコメディシーンの流れの中で、そのままキリスト教的な要素も打ち込んでくるのかと思いきや、かなりシンプルにストレートな会話シーンで直球勝負してきたからだ。信仰は、単純に「神にすがって救ってもらいたいと願う」ということではないということ、この世のすべてのものは神の御業であるという本質的な部分を、無風になったような静けさの中で淡々と語るピエトロ神父。これは、極めて正統派のキリスト教映画なのだ。

 思わず「え」と声が出るラストの展開

誰もが笑って笑顔になれる『神様の思し召し』だが、終盤の展開は意外なものだ。映画館では「えっ」という声が何人かから漏れていた。そして、ラスト。モヤモヤする人も多いとは思うが、ピエトロ神父が語った信仰の話と、このラストは呼応している。そういった意味で、むしろこのラストしかあり得ないのではないかと私は感じた。

About the author

ホラー以外はなんでも観る分析好きです。元イベントプロデューサー(ミュージカル・美術展など)。

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