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『ハクソー・リッジ』が描いた生き様とは何だったか【あらすじ・解説】

© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

では、デズモンド・ドスという人物は何者として描かれたのだろうか? それは、やはり異端者として描かれていたと思われる。幼少期に、デズモンドが人を殺さないと決意したのは、彼自身が弟を殺しかけたことがきっかけなのは先に述べた通りだが、この決意の根底にあるのは彼の罪の意識だ。もともと人を殺しかねない凶暴性を秘めていたのだが、人を殺さないという信念を持つことで己を制御していたというのが実際のところだろう。訓練時代にライフルの訓練を拒否したことで軍法会議にかけられた彼は、牢屋の壁を物凄い勢いで殴り続けた。この場面にも彼の凶暴性を垣間見ることができる。表面的には、自身の人を殺さないという信念を認めてもらえなかったことに対する怒りと失望の気持ちが爆発した瞬間にも見えるし、実際にそういう場面であったと思う。しかし、顔面を真っ赤にし、目を鋭く怒らせ、異様な咆哮を上げて壁を殴り続ける彼の姿には、やはりどこかで人を殺しかねない凶暴性を秘めていると感じさせる。

© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
地獄の戦場で仲間を救出し続けるデズモンドが英雄に見えてしまう側面には、こうした自らの凶暴性を、人を殺さないという罪の意識から生まれた信念を主軸に、強固な意志を持って制御していたという苦難があったことが大きく関係しているように思う。デズモンドが身を置く環境が平和な場所であれば、彼の生き方は取り立てて非難されることはなかっただろう。しかし彼が身を置いた環境は戦争地帯である。

デズモンドの上官であるグローヴァー大尉は、「人を殺すのが戦争だ」と諭すが、デズモンドは聞き入れようとしない。戦争は、グローヴァー大尉が言うように人を殺すことがルールであり、それを許してしまう仕組みが存在する。だから、誰もが人を殺すための訓練を行っている。それが一般的だからだ。しかしデズモンドだけは信念が許さず拒否してしまう。そのために、平和な社会では平凡な青年として生きられたのに、戦争地帯では異端者として扱われてしまう。果たして、その時々に身を置いた社会や環境の仕組み・ルールに従うことが正しいのだろうか? あるいは、そういった枠組みに囚われず異端者として差別や迫害の対象になりながらも、決意した信念に従って己の道を突き進むことが正しいのだろうか?彼が遂げた生き様には、我々に戦争を考えさせることだけではなく、”人はどういう生き方をするべきか?”という哲学的なテーマを内に秘めていたといえる。

『顔のない天使』と『ハクソー・リッジ

デズモンド・ドスは英雄なのか、異端者なのか、それは人それぞれによって見解が異なるだろう。恐らく、観る者の見方に委ねる作りになっているからだ。メル・ギブソンが初めて監督した『顔のない天使』1993)もこういう作りの映画だった。名門士官学校への進学を希望している、心に孤独を抱えた少年チャックと、あることが原因で顔の半分に火傷を負った元教師ジャスティン・マクラウドの心の交流を描いた人間ドラマである。

士官学校の試験に合格するため、チャックはマクラウドに個人授業を依頼する。初めは反目しあっていた二人だったが、次第に打ち解け、お互いに抱えた孤独を癒やしていく。しかし、マクラウドが火傷を負った忌まわしい過去が表に出た時、チャックはマクラウドに不信感を抱いていく。果てしてマクラウドは良き教師だったのか? それとも

チャックがマクラウドに抱いた不信感は、『ハクソー・リッジ』のデズモンド・ドスの生き様を観た我々の感覚に近いように思う。マクラウドもデズモンドも普通とは思えない何かを秘めていたからだ。それが何か分からないからこそ、チャックも我々も、彼らを単純に良き人だった、英雄だったとは言えない複雑な気持ちを覚えてしまう。

最終的に、チャックはマクラウドが教師としての強い情熱を持った人であると確信し、親や警察の言うことを無視し、マクラウドと密かに合い友情を確かめ合う。成長したチャックは希望していた士官学校に入学することができた。我々は『ハクソー・リッジ』のデズモンド・ドスの生き様をどう受け容れるべきだろうか。改めて、戦争というテーマを絡めてみると、その判断のレベルは変わるかもしれない。

唯一分かることがある。先に述べた通りだが、人間らしさを奪うのが戦争だとすれば、デズモンドはそのような過酷な環境に身を置きながらも、人間らしさを失わず、最後まで自分の信念に従い、仲間を救出し続けることで戦争に抵抗していたことだ。デズモンドの生き様は、未だ争いが絶えず混乱した現代社会を生きる我々に、どのような形であれ大きな影響を与えたことは間違いない事実だ。

Writer

成宮秋祥
成宮秋祥

映画イベント兼交流会「映画の”ある視点”について語ろう会」主催/映画ライター(《neoneo(neoneo web)》《ことばの映画館(ことばの映画館web)》《映画みちゃお!》寄稿/お仕事のご依頼は[narifilm89@yahoo.co.jp]にお願いします。

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