【レビュー】『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』シーズン1 ― 贅沢で素朴な恋愛劇、そして〈反乱〉の人間ドラマ

Huluプレミア『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』は、まことに懐の深い作品だ。非常にダークな設定で描かれる近未来のディストピアSFであり、もちろん物語はすこぶるシビアなのだが、そこに広がっているのはまぎれもなく私たちの知っている風景。そして、そこに生きているのは、私たちの知っている人々の姿なのである。
本作の舞台となるのは、環境汚染によって少子化が深刻化してしまった宗教主義国のギレアド共和国。子どもを産むことができる健康な女性は、富裕層を除き、子作りのため「侍女」として上位階級の司令官に仕えなければならない。「儀式」という名の下に、侍女たちは司令官の子どもを宿すべく、妻の両脚の間に“寝そべって”司令官を受け入れることを強いられるのだ。
出版社に働く女性ジューンは、ある日国外へ脱出する途中で捕まり、愛娘と夫と生き別れ、性奴隷である「侍女」の訓練施設へ送られる。その後、彼女は「侍女」となって、司令官フレッド・ウォーターフォードのもとへ派遣されるのだった。

贅沢なメロドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』
『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』シーズン1は、全10話のエピソードで構成される、やや複雑なストーリーが特徴だ。
主人公ジューンが夫ルークや娘、友人とともに過ごす平穏な日常、彼女がそんな毎日を奪われて侍女の訓練を受ける日々、そしてジューンが侍女オブフレッドと名前を変えられて司令官の邸宅にて見つめる過酷な現実。大きく分けて3つの時系列を行き来しながら、ひとつのストーリーが紡がれていくのである。
女性が人間らしい生活を剥奪され、権力者たちから肉体的・精神的・性的虐待を受ける様子は、徹底されたリアリティと俳優陣の演技もあいまって、思わず目を覆いたくなるほどにつらく、苦しい。ありふれた日常がゆっくりとディストピアへと変貌していく様子にも、「もしかして数ヶ月後、数年後にもありうるかもしれない」と思わせる説得力がある。
しかしながら、筆者があえて注目したいのは、それでも『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』という作品が、きわめて素朴なメロドラマであることだ。
劇中で大きく取り扱われるのは、主人公ジューン=侍女オブフレッドが司令官フレッドの邸宅で過ごす毎日の様子だ(ちなみに、オブフレッドという名前は「フレッドの」という意味で、司令官フレッドの所有物であることを指す)。そこには女性の生活を剥奪していった張本人の一人であるフレッドや、かつては聡明な活動家だった妻セリーナ、フレッドの運転手を務めるニックらの姿がある。夫婦は長年にわたる子作りに疲弊しているが、妻セリーナは夫を今でも愛している。フレッドはそんな妻をさしおいて、ジューン=オブフレッドへの“特別扱い”を始める。そんな中、寡黙な運転手ニックはひそかにジューンへの思いを募らせる……。

おそらく勘の良い読者なら(そうでなくとも)、この物語がいわゆる「人間関係のもつれ」に発展していくことは容易に想像がつくだろう。愛する夫と侍女が身体を重ねるのを妻は見つめ、妻は侍女に厳しくあたり、そんな中で夫と侍女は、身体だけではない“ただごとならざる”関係を少しずつ結んでいく。その一方、司令官と妻という権力者に従う立場の侍女と運転手は、また異なるコミュニケーションを交わすのだ。
あえて言葉を選ばずにいえば、ここでは日本のドロドロとした「昼ドラ」を彷彿とさせるような、シンプルかつ超濃厚な物語が真正面から描かれることになる。この部分だけ切り取れば、その衒いのなさに驚く人もいることだろう。しかし、それを細やかな心理描写と上質な演技、美しい映像や美術、衣裳……すなわち、本当に優れた脚本と演出で観られることにも驚かされるに違いない。主演のエリザベス・モス、フレッド司令官役のジョセフ・ファインズ、妻セリーナ役のイヴォンヌ・ストラホフスキーによる演技のアンサンブルをじっくりと堪能してほしい。
容赦ないディストピア『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』
繰り返すが、『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』は非常にダークな設定のディストピアSFである。
女性たちは権力者の子どもを産む装置として、家族を奪われ、拉致監禁される形で「侍女」となることを強いられる。子どもをもうけるための“儀式”は、人工授精ではなく、妻の両脚の間で夫と侍女が身体を重ねる形で行われるのだ。しかも、この残忍な方法は聖書の言葉によって巧妙に(観る者からすれば巧妙でもなんでもないのだが)正当化されている。こうしたことが良しとされる背景には、こうしたことを良しとする者たちの存在があるのだ。
主人公ジューン=オブフレッドの司令官邸での日々が「素朴なメロドラマ」である一方で、そこから一歩出たところにあるのは、権力者による支配と暴力にほかならない。
ヒエラルキーの最下層に置かれている侍女たちは一方的にその被害をこうむり続けるが、かつて優秀だったフレッド司令官の妻セリーナも今では活躍の機会を奪われ、司令官本人やその他の男たちも、姿の見えない指導者や政治そのものに振り回されているのである。
しかも世間では、「目」と呼ばれる男たちが、違法行為や反乱分子を排除すべく文字通り目を光らせており、その監視対象には司令官たちも含まれる。さらに侍女たちは、お互いを監視する仕組みの中で日々を過ごすよう命じられているのだ。

ジューンが侍女になる以前の出来事も含めて、邸宅の外で描かれるのは、「なぜ異常な状況を人々は受け入れるのか」「なぜ反乱は起こらないのか」「なぜ、ようやく実行された反乱が失敗に終わるのか」ということである。また物語が進んでいけば、その切なさと無力感は司令官の邸宅でも見ることができるだろう。時として、異常な状況を良しとしてしまうのは、純粋な人間の思いなのである……。
女性が人間らしく生きる権利を奪われるという設定は、あくまでフィクションながらも、徹底して合理化を進め、時には自閉することをもいとわない現代社会の向かう先を示唆するものともいえよう。本作のクリエイターたちは、ドナルド・トランプ米大統領の思想や政治と絡めながら本作を紹介することが多いが、実際に本編を観ていても、ここに現代性(同時代性)を見出すことは決して難しくない。
反乱劇という人間ドラマ『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』
司令官の邸宅にて展開する超濃厚なメロドラマ、その外側で描かれる苛酷なディストピア。この往復から浮かびあがってくるのは、あらゆる側面から抑圧される女性たちの姿だ。すべてを奪われた侍女たちだけでなく、子どもを産めず、司令官の隣に存在するばかりになってしまった妻たちも、ある面では厳しい苦痛を味わっている。
では、彼女たちはいかにして自分自身を取り戻そうとするのか。そして自分自身の生を、本来あるべき形で全うしようとするのか。主人公ジューン=オブフレッドだけでなく、劇中では複数の人物が、自分が自分であるための〈反乱〉を企てることになる。
したがって、『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』という作品は、昼ドラさながらのドロドロとした恋愛劇であり、現実にも通じるシビアなディストピアSFであり、同時にまごうことなきレジスタンス(反乱)・ストーリーなのである。
あらゆる面で虐げられる侍女たちは、自分たちの置かれている境遇はもちろんのこと、政治、体制、人間関係、ルール、そして性別など、ありとあらゆるものに反抗しようとする。たとえば、侍女になる以前のジューンがどんな人物なのか、またジューンの親友であるモイラはどういう性質と性格の持ち主なのか、二人は訓練施設でどんな行動に出るのか。そうした〈反乱〉の重層性にもぜひ注目してほしい。

さらに特筆すべきは、本作では登場人物の造形や描写に細心の注意が払われていることである。
本文では、本作のストーリーを「昼ドラのような」「素朴なメロドラマ」と形容してきたが、そこで生きている人々の姿は、とても「素朴」とはいえないものだ。主人公ジューンをめぐる回想シーンは彼女の状況や心理を饒舌に物語り、また司令官夫妻にも、冷徹な権力者として単純に断じえなくなるような背景が示される。侍女に理不尽な教育を続ける“おば”リディアの表情にも、自分自身が女性であること、指導者であることの葛藤を垣間見ることができるだろう。本作に登場する人物は、決して単純なステレオタイプにならないよう描かれ、また演じられているのだ。
こうした結果、観る者の前に投げ出されるのは、明らかに主人公をはじめとした侍女たちが激しく傷つけられているにもかかわらず、かくも厳しいディストピアSFであり、かくもドロドロとした恋愛劇であるにもかかわらず、登場人物の誰にでも共感する余地があるという残酷な作劇である。視聴者によっては、傷つけられる主人公の過去に納得できない人もいるだろうし、司令官やその妻の苦悩にどっぷりと感情移入する人もいるだろう。
ただし、そうした状況下で描かれるからこそ、侍女たちによる〈反乱〉は力強く、複雑で、そして尊い。なぜなら、ここで打ち出されるのは、それがいかなる人間であろうと、いかなる状況下であろうと、人間の生が抑圧されることはあってはならないという至極シンプルなメッセージだからだ。しかしそこには、同時に「それならば他者を傷つけてもいいのか?」という問いかけが(必然的に)織り込まれていることも忘れてはならない。
Huluプレミア「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」シーズン1は、2018年2月28日(水)より、Huluで独占配信される。
Hulu「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」配信URL:https://www.happyon.jp/static/the-handmaids-tale/
(文:稲垣 貴俊)
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