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【解説レビュー】素晴らしい映画化!『聲の形』原作との違いをチェック

植野直花:西宮への視点【恋敵・嫌悪する相手】

小学生のときから将也を想い、それゆえに西宮イジメに加担していた植野。彼女は密かに、かつて自分が西宮と将也に対して行った残酷な仕打ちについて葛藤し続けており、幾度となく西宮に対して気持ちをぶつける。植野の言動は攻撃性に満ちているが、彼女は【ろう者】ではなく【1人の人間】【恋敵】として西宮に対峙しており、それに対して西宮は喜びすら感じ、初めて自らの本心を(手紙という形で)明かすことになる。映画『聲の形』での植野は攻撃的な印象ばかりが強い上に、西宮からの手紙などの要素がカットされていたため、原作とはかなり印象の異なるキャラクターになっていた。本当は誰よりも西宮に対して正面からぶつかっていった人物であり、破壊とともに救済を担うキャラクターだという印象を持つ。

佐原みよこ:西宮への視点【取り戻したい大切な友人】

クラスで浮き始めていた西宮に寄り添ったことで嫌がらせを受け、不登校になってしまった佐原。将也に対するイジメのことは知らないまま、植野と同じ高校に進学した。力になってあげられなかった西宮のことはずっと気になっており、コツコツと手話の勉強は続けていて、将也のおかげで再会できた際は心から喜んだ。逃げてばかりだったかつての自分からの脱却を強く願っていて、苦手だった植野に向き合い友情を築くなど、マイペースに成長を続ける人物として描かれている。佐原のとっての西宮は、かつて求めて得られなかった【友人】の象徴だ。直情的に行動する植野と、深く考えるあまりになかなか行動できない佐原は対照的で、植野の暴走を緩和する役割も果たしているように思う。映画『聲の形』では佐原の描写が限られていたことで、植野の本質が分かりにくくなってしまっていた感は否めない。

川井みき:西宮への視点【可哀想な女の子】

そして、川井。将也と同じ高校に通う川井は、小学生のときと変わらず優等生だ。西宮イジメのときは、率先してイジメを行う将也や植野の隣で、何も言わずに笑っていた。ずっと心の中で葛藤し続けてきた将也や植野とは対照的に、川井は西宮イジメについての記憶を完全に脳内で作り変えてしまっていて、自分は全く関係がなかった(むしろ被害者だった)と思い込んでいる。それどころか、自分はろう者である西宮に対して親切に接していたと信じている。映画『聲の形』での川井は将也に少し責められるだけで、偽善者の微笑みを浮かべたままだが、原作での川井には試練が訪れる。将也の転落事故がきっかけで、川井の偽善的で表面的な部分がクラスメートに気持ち悪がられている、ということを知る。さらに映画製作の過程で第三者に「心底気持ち悪い」と評されるに至る。結果、川井は優等生ぶることをやめ、自らの感情(真柴への想い)を愚直に表すようになる。

なによりも怖ろしいのは、それでも川井がイジメの当事者であったという自覚を持つことはなかったということだ(少なくとも、自らの責任を認める描写はない)。川井にとって、西宮はどこまでいっても【可哀想な女の子】であり、そこから脱することはできない。そして、西宮と親しくする自分は【最高に良い人】だ。「可哀想な女の子に親切にして”あげる”私は、最高に性格が良くて素敵な女の子だから、大好きな真柴くんに好きになってもらえるはず」。真柴もとうに見抜いている川井の心理は、恐ろしい。なぜならば、この川井の心理こそが、大多数の人間が最も陥りがちな心理だからだ。

私も川井と同じなのではないか?という恐怖

障がい者の話題になると、たまに感じる違和感として、「もちろん誰でも差別意識はあるけれど、体裁が悪いから理解があるふりをしているんでしょう?」という前提で話す人が少なからずいる。本人は善意だとすら感じているその差別意識は、何を言われても覆ることはない。『本当はみんな可哀想だと思っている』と思い込んでいるからだ。そんな人と出会ったとき、私は言いようのない恐怖に襲われる。そんなことを臆面もなく口に出してしまう相手を軽蔑しつつ、自分の中にも同じような心理が潜んでいないかを探してしまう。自分が川井になってはいないかを。

映画『聲の形』を観て、川井に嫌悪感を持った人は少なくないはずだ。原作の川井はもっと酷い。誰もが忌み嫌うであろう醜悪なキャラクターだ。しかし、その醜悪さは、【理解があるつもり】になっている人間すべてが持ち合わせている醜悪さだということを、決して忘れてはいけないだろう。映画『聲の形』をご覧になった方は、是非とも原作も読んでみてほしい。強い反発を覚える人もいるかもしれない。それでもやはり、読むべき作品であることは間違いないと私は思う。

Writer

umisodachi
umisodachi

ホラー以外はなんでも観る分析好きです。元イベントプロデューサー(ミュージカル・美術展など)。

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