優れた作り手は「メタファー」にテーマを込める 『ショート・ターム』『ルーム』─『名作映画は何が名作なのか』その3

作り手とは映画を言葉で説明したがらない人々
数年前、ある低予算映画の宣伝に協力していたときのことです。私は作品ホームページに掲載する監督インタビューを担当させていただきました。インタビューを終え、すぐに内容を文字起こしして監督にチェックしてもらったのですが、戻された原稿を見て愕然としました。多少の修正は予想していたものの、原型を留めていないくらいに監督の発言が書き直されていたのです。もはや修正というレベルではなく、「差し替え」といってもよかったでしょう。
さらに修正後の文章を読んでいくと、元のインタビューよりもはるかに抽象的で難解になっていました。「どうして自分の思いをしっかり言葉にできる人が、物事をわざわざややこしくするのだろう」と不思議に思ったものです。
しかし、今では監督の意図が分かるような気がします。おそらく、監督は作品について「正しい解釈」を自分から口にしてしまうのが嫌だったのでしょう。もしも監督が「これはこういう作品です」と宣言してしまえば、観客はそこで納得してしまいがちです。そして、監督の思いから離れた感想や解釈を無意識のうちに避けてしまう可能性があります。それでは理想的な映画鑑賞とはいえません。本来、作品の感想は十人十色でいいはずだからです。
私はあの監督を真のクリエイターだと思うようになりました。言葉で観客を誘導するのではなく、観客には純粋に作品とだけ向き合ってほしいと監督は願っていたのです。
とはいえ、作り手は独自のテーマやメッセージを作品に込めています。観客に解釈の自由を許しつつ、「できることならテーマが伝わってほしい」とも願っているのが作り手の複雑な心境です。そこで、意識的な作り手ほど「メタファー=比喩表現」という形で遠回しにメッセージを表現しようとします。メタファーはともすれば見逃してしまいやすい手法であり、たとえ観客が気づかなくても映画のあらすじを追う支障にはなりません。しかし、メタファーに気がつくとより深く作品世界を理解し、作り手の思いを共有することに役立ちます。
今回は『ショート・ターム』(2013)『ルーム』(2015)というブリー・ラーソン主演の2本の傑作を取り上げて、作中の重要なメタファーについて解説します。
『ショート・ターム』主人公のトラウマを伝えるメタファー
デスティン・ダニエル・クレットンが監督・脚本を務めた『ショート・ターム』は10代の少年少女が集うアメリカの「グループ・ホーム」が舞台の物語です。ラーソンはケアマネージャーのグレイスを演じています。原題は“Short Term 12”で、グレイスが勤めるグループ・ホームの名前です。
ショート・ターム12の入居者たちはそれぞれに問題を抱えています。心を病んでいる子供や虐待を受けていた子供、非行に走ってしまった子供などを相手に、グレイスは細心の注意を払ってケアしなくてはいけません。
そんな大変な仕事をグレイスが選んだのは、彼女もまた父親から虐待された経験があったからです。しかし、彼女は辛い過去を親しい人たちに打ち明けられず悩んでいます。本作はグレイスが子供たちの成長を見守る映画である一方で、グレイスが過去を乗り越えていくまでの映画でもあります。
虐待のトラウマを引きずるグレイスは「家族」に対して不信感があります。だから、妊娠しても恋人のメイソンに告白できず、相談なしに中絶しようとします。グレイスは大人としてショート・ターム12の子供たちと接していますが、彼女の心の奥には父親のせいで時間が止まったままの少女が眠っているのです。
たとえば近年の日本映画では、こうした複雑な事情を抱えた登場人物にペラペラと自分の過去を喋らせて、物語を進めようとする傾向があります。しかし、観客自身の問題に置き換えてみてください。相手が恋人だろうと親友だろうと、他人に話せるような悩みなら何年も抱え込んで苦しむでしょうか。ケースバイケースではあるものの、トラウマを登場人物が自分で事細かに説明してくれるような手法は、作品に真実味を与えないと私は思います。『ショート・ターム』のグレイスも、自分と同じように家族の問題を抱える少女、ジェイデンと心を通わせるまでは父親との関係を頑なに隠し通します。
そのかわり、メタファーによって本作はグレイスの心を表現します。グレイスは病院で妊娠を告げられた後、帰宅し何事も無かったかのようにメイソンと会話を交わします。しかし、その直後、シャワールームでは力が抜けたようにしゃがみこんでしまいます。このとき、半透明のカーテン越しに映るグレイスの姿は、まるで子宮の中にいる胎児のようです。グレイスの苦しみは、自分が親になることを受け入れられるほど強くないのに妊娠してしまったのが原因です。グレイス自身も傷つきやすく、他者を恐れている胎児のような存在なのだと、シャワールームのワンカットは観客に語りかけてきます。