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「日本に実在した『泣き屋』という職業で物語を作りたかった」映画『見栄を張る』藤村明世監督 独占インタビュー

映画『見栄を張る』藤村明世監督 独占インタビュー

7月16日から埼玉県で開催されている『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭』。長編コンペディション部門に出品されている『見栄を張る』は、“泣き屋”という現代では存在しなくなった職業を通して、ヒロインの人生の転機を見つめ直した注目作だ。

舞台は関西の田舎町。家族の葬式に参列するため、帰省したヒロインを待っていたのは日本的なしがらみの多い人間関係。繊細な演出と抑制の効いた映像の中で繰り広げられるドラマに、作り手はどんな意図をこめたのか?

筆者は1990年生まれ、新進気鋭の映像作家である藤村明世監督にメールインタビューを依頼した。結果、監督はこちらが予想した以上の熱意を持って、この些か深読みに偏った質問に応じてくれた。この場を借りて感謝をしたい。

『見栄を張る』藤村明世監督 独占インタビュー

映画『見栄を張る』藤村明世監督 独占インタビュー

─クラウドファンディングプラットフォームにて監督は「誰もが抱えているような現状の生活への不安や不満、他者へ対しての見栄。それを大きなテーマにこの作品を撮りたいと思っています。」とコメントされていました。主人公が常に感情を押し殺すような表情が印象的だったのですが、それも「見栄を張る」というテーマに基づいての演出だったのでしょうか?

はい。そうですね。
本当は、いっぱいいっぱいで、どうすればいいのかわからない。でも、そんな感情は他人には見せずに、「余裕あるよ。この生活に満足しているよ」と見せてしまう、彼女の見栄の張り方を演出しました。
絵梨子の表情の変化を大事にしたかったので、絵梨子役の久保陽香さんとは、たくさん話して、撮影中その場その場で、表情の引き算足し算をしていました。

──同サイトにて監督は「“泣き屋”という今は存在しない職業を選んだ意図としては、人のために涙を流し、人に見栄を張らせるという職業が面白いと思ったからです。」ともコメントされていました。そもそも“泣き屋”という職業を知ったきっかけがあれば教えてください。
また、劇中の“泣き屋”である花恵さんのルックスやオフィスなど、奇妙なリアリティを感じました。モデルや参考にした人物などあれば、教えてください。

“泣き屋”という職業を知ったきっかけは、高校生の時に、お昼のワイドショーで、「珍しい職業特集」みたいなコーナーで紹介されていたのがきっかけです。その時は、ただのお葬式を盛り上げるためのサクラとしての紹介のされ方だったのですが、人は死ぬ時まで他人の目を気にしなければならないのだなと衝撃で、ずっとこの職業を使って何か物語を作りたいと思い続けてきました。

この作品を“泣き屋”を使って企画していくにあたって、色々調べて行くうちに、“泣き屋”は、元々は今の僧侶さんのような立ち位置で魂を送る役割で、60年位前までは日本でも存在していたことを知りました。今回は、後者の“泣き屋”を軸に映画化しました。

また、花恵さんがいるオフィスは、美術監督をしてくださった塩川さんと初めてお話しした時に、この世ではないような、ちょっと非現実的な空間にしたいと注文したんです。しかし、この作品全体のトーンは、あくまでリアルに寄り添いたかったので、それだとこの空間だけ浮いてしまうということになって、現実にありそうだけど、この作品を見た時に一番印象に残るような空間にしていただきました。塩川さんと、このオフィスを構築する過程はとても楽しかったです。

花恵さん自身も、オフィスも特にモデルになったもの、人物はなく、自分の想像の産物なのですが、敢えて言うのであれば、花恵役の似鳥美貴さんには、滝田洋二郎監督の『おくりびと』での山崎努さんのような、主人公の全てを悟ってる存在ではいてほしいとは、お話しました。

──英恵さんが主人公に「あなたは“泣き屋”か女優か、どっちなの?」と迫るシーンが印象的です。
嘘泣きではなく、真に涙を流す“泣き屋”の仕事はしかし、優れた俳優の演技にも当てはまるのではないかと思いました。“泣き屋”の存在に、監督の思う俳優の理想が重ねられている、という解釈は深読みでしょうか?

うーん。どうでしょうか。深読みかもしれません。笑
あの台詞は、泣き屋と女優の泣き方は、全くもって違うという意味を込めて書きました。
俳優のお芝居も、それは真に涙を流して欲しいのですが、俳優の涙はそう見えるか見えないかが重要であって、真に涙を流していても、見ている側にそう見えなかったら意味がないと思います。逆に、泣き屋の涙は、真に涙を流さなければならない。俳優の姿は、自身がどう演じていようと、観客に見えてるものが全てだと思っております。

(C)Akiyo Fujimura
(C)Akiyo Fujimura
──自分も田舎暮らしの人間なので感応したのかもしれませんが、本作の田舎はしがらみや閉塞感の強い場所として描かれているように感じました。舞台をこのような田舎に設定したのは、どのような意図があるのでしょうか?

Writer

石塚 就一
石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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