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『ムーラン』配信リリースに世界の映画館が猛反発「劇場への侮辱行為」 ─ 仏映画館主、広報展示物を破壊

https://twitter.com/destinationcine/status/1291279337191346177

米ウォルト・ディズニー・カンパニーは、実写映画版ムーランの劇場公開を複数の市場で見送り、Disney+での配信リリースに踏み切った。この報道は全世界のエンターテイメント業界に激震をもたらした。映画館業界からは、早くもディズニーに対する猛反発の声が上がっている。

『ムーラン』は2020年9月4日より米国などで配信され、本国の価格は29.99ドル。米国以外の配信対象地域はカナダ、ニュージーランド、オーストラリア、西ヨーロッパ諸国が告知されている。ディズニーにとっては初のPVOD(プレミアム・ビデオ・オン・デマンド=早期動画配信)方式だが、一度購入すれば、Disney+会員であるかぎり無期限で視聴可能だという

ディズニーが『ムーラン』の劇場公開を断念したことに、アメリカ・イギリスの映画館業界は大きな衝撃を受けた。米Deadlineによれば、ディズニーのイギリスチームでさえ動揺し、劇場側に同情の意を示したとのこと。イギリス国内で劇場セールス部門を統括するクレイグ・ジョーンズ氏は、発表に先がけて主な劇場に連絡し、今回の決定を軽く捉えてはいないことを強調したとされる。

映画館からの反発相次ぐ

米国にある映画館チェーンの館主は、「もうディズニーは上映パートナーを必要としていない」と述べた。先日、米ユニバーサル・ピクチャーズと大手映画館チェーン「AMC」は、早期配信と引き換えに、配信の利益を劇場へ還元する契約を結んだが、Disney+の場合は、『ムーラン』の利益をディズニーが独占するのだ。これが成功を収めれば、ほかのスタジオも追随し、映画館との関係を見直すことにもなりうる。しかし映画館は一般的に、人々が観たい作品を観るために足を運ぶ場所である。それらの作品を自宅で観られるのが普通になれば、もはや従来のビジネスモデルを維持することはできない(複数のスクリーンを有するシネコンはなおさらだ)。館主は今回の決定について「映画館にとっては致命傷になる」と口にした。

『ムーラン』の劇場公開断念は、アメリカ以上に、イギリスをはじめとするヨーロッパの映画館業界に甚大なダメージを与えるものだ。新型コロナウイルスが猛威をふるい、映画館が営業停止状態にあったヨーロッパ各国では、ようやく復活に向けて劇場が動き始めたばかり。業界再建のカギを握る一作として、『ムーラン』には大きな期待がかかっていたのである。

ヨーロッパ国際映画館連合(UNIC)は、『ムーラン』の配信リリース決定を受けて声明を発表。映画館が営業再開に進んでいるさなかにあって、「(業界の)回復は可能であるということ、観客を大スクリーンでの映画体験に呼び戻すことに集中すべき」との声明を発表した。

配給側の多くが“我々はみな仲間だ”との意志を示していますが、こうした思いは、言葉とともに行動で証明されるべきだと考えます。新たな作品はまず劇場公開されるべきであり、ある程度の規模で上映されることがふさわしいのです。[中略]業界全体がかつてない課題に対峙している今、これまで以上に長期的な視野をもって決断を下す必要があります。アメリカの業界が危機から脱するまで新作の提供を待たねばならないとしたら、その判断は、ヨーロッパの劇場や従業員には遅すぎたと証明することになるでしょう。」

また、英国映画協会のフィル・クラップ代表は、ハリウッドのスタジオが置かれている状況にも理解を示しつつ、「多くの劇場が再開に必要な安全措置に投資し、ビジネスへの誠意を示している状況下にあっては、大手スタジオや配給側にも同じことを求めたい」とコメントした。「アメリカでは劇場再開への課題が残されているのかもしれないが、イギリスを含めた世界の市場では映画館が開き始めており、新作や観客を受け入れる準備ができている」。クラップ氏は、『ムーラン』の劇場公開断念は、最も優れた環境で映画を観る機会を奪うものだとも批判している。

フランスの映画館「Cinépal」のオーナーであるジェラルド・レモイン氏は、ディズニーに対する抗議のため、劇場の広報展示物(スタンド)を破壊。その様子を撮影した映像がTwitterにて拡散されている。取材に対してレモイン氏は、過去数ヶ月間にわたり『ムーラン』の宣伝を継続してきたこと、この作品が映画館の再始動を後押しすると信じてきたことを語った

ところで、レモイン氏が『ムーラン』の展示物を倒したあと、その後ろに『TENET テネット』のポスターが見えるのはいかにも象徴的だろう。米ワーナー・ブラザースは、同作を8月26日よりヨーロッパ・アジアを皮切りに世界順次公開するからだ。では、なぜ『ムーラン』は世界順次公開ではなくDisney+での配信になったのか。「世界順次公開よりも容易だからでは」「『TENET テネット』の成果を待って判断する必要がないからでは」などの推測がなされているが、いずれにせよディズニーに対する映画館業界の視線は厳しい。「劇場への侮辱行為だ」との声、映画館とスタジオの関係性がこじれることを危惧する意見が噴出しているのが現状なのだ。

現実的なダメージ、将来的な可能性

『ムーラン』の配信リリースについて、ウォルト・ディズニー・カンパニーのボブ・チャペックCEOは「配給の新たなビジネスモデルだと宣言するのではなく、今回限りのもの」と述べた。コロナ禍において『ムーラン』が度重なる公開延期を余儀なくされたこと、いまだ映画業界の先行きが見通せないことを踏まえた決断であり、すぐさまPVOD配信に本格着手することはないという意志表明だろう。しかし、チャペック氏は今回の試みがDisney+を利用した「実験」だと認めており、「新たなプレミア公開の方法を設計したい」とも語っている。

米国のリサーチ企業、MKM Partnersのエリック・ハンドラー氏は、ディズニーの判断を「時流を象徴するもの」と形容した。2019年、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)が全世界興行収入の歴代記録を更新したことは記憶に新しいが、すでに時代は動いている。ハンドラー氏は、もしも『ムーラン』の配信展開が成功すれば、今後ディズニーは「Disney+をPVODプラットフォームとして捉えなければならなくなる」と指摘。「これは大きな試練であり、かつてなかったがゆえにリスクも大きいものです」。

一方、業界の内外には『ムーラン』の配信リリースをさほど重く捉えていない層も存在する。もとより現在のディズニーは、コロナ禍によってテーマパークや映画・テレビなど、ありとあらゆるビジネスで大きな損失を出している状態だ。“コロナ以前”から変わらない成績を維持、ともすれば上昇気流に乗れているのはDisney+だけとさえ言える。そんな中、リスクの大きい劇場公開を諦めて配信リリースに切り替え、なんとか利益を生み出そうとする姿勢は金融界から評価される可能性もあるという。Deadlineは『ムーラン』の完成度について「良い映画だが傑作ではない」との証言も得ており、こうした反応がリスクの軽減に繋がった可能性があるとも伝えた。

長編映画の製作に出資する、とある映画業界の有力者は、『ムーラン』の配信について「これが何かを長期的に変えてしまうものだとは思わない」との意見を述べた。「ディズニーに年中こういうことができるとは思えないし、現時点では劇場公開モデルのほうが生み出せる利益は大きい。市場も普通の状態ではないし、人々は自宅にいるよりも家族で劇場に行くほうを選ぶのではないか」。これが単なる楽観なのか、それとも真実なのかは、いずれ時間と社会情勢に教わることになるだろう。

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Source: Deadline(1, 2, 3, 4), Collider

Writer

稲垣 貴俊
稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

THE RIVER編集部。「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。劇場用プログラムや各種媒体への寄稿なども喜んで承りますので、お気軽にお尋ねください。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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