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『ブレードランナー』は劇場公開版こそが至高とクリストファー・ノーラン

ブレードランナー ファイナル・カット
Blade Runner: The Final Cut © 2007 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

クリストファー・ノーラン監督は、『ブレードランナー』は1982年の劇場公開版こそが最高のバージョンだと考えていたようだ。

リドリー・スコット監督作、SF映画の金字塔として永遠に語り継がれる『ブレードランナー』には、複数のバージョンが存在することが知られる。まずは1982年の「劇場公開版」があり、そこにリドリー監督が自らの意図に忠実に再編集した1992年の「ディレクターズ・カット/最終版」。さらに細かなアップデートや未公開シーンの追加を施した2007年の「ファイナル・カット版」だ(厳密には「ワークプリント版」や「インターナショナル劇場公開版」なども存在するが、ここでは簡略化させていただこう)。

それぞれのバージョンには大小さまざまな違いがあり、特に「ディレクターズ・カット」でハリソン・フォードが演じる主人公デッカードが「ユニコーンの夢」を見る追加シーンは、作品への解釈にも影響を及ぼすものだ。一般的には、初めて鑑賞する際には「ファイナル・カット版」が推奨されるケースが多いが、ファンの間では各バージョンに対する好みや思い入れはさまざまである。

現代映画における最高名手の1人であろうクリストファー・ノーランに言わせれば、『ブレードランナー』の最高のバージョンは「劇場公開版」なのだそうだ。

『インセプション』(2010)『インターステラー』(2014)『TENET テネット』(2020)など重層的なプロットで魅了するSF作品の数々で知られるノーランは、『ブレードランナー』は「数百回は観た。本当に数百回は観てる」そう。「劇場公開版」こそが最高だと考える理由の一つは、「不完全だから」ということだ。米SlashFilmは、ノーランが2017年に出演した米ポッドキャスト番組での熱弁を紹介している。

「僭越ながら、僕はリドリー・スコットの大ファンなんです。だからある意味、彼の考え方には反対したくない。でも現実として、映画が公開されていく際には、市場やスタジオとの間での創作上の戦いというものがあるんです。文字通り、監督の元から作品を引き剥がして、再編集したり、何らかの方法で改ざんしたりしない限り、最も権威のあるバージョンは劇場版になる傾向があると思うんです。」

ノーランはリドリー・スコットの意図が可能な限り忠実に活かされた「ディレクターズ・カット/最終版」や「ファイナル・カット版」の意義にも敬意を払いつつ、かつて自分がVHSで初めて観た劇場公開版への思い入れが捨てられないようだ。『ブレードランナー』はR指定作品で、当時のノーランは劇場で鑑賞できなかったという。小さなテレビ画面でも、「あの世界に浸ることができ、あの世界を作り上げるものが本当に心に響いた」とノスタルジックだ。

「劇場公開版」のオープニングではハリソン・フォードのボイスオーバーがあり、他のバージョンでは削除されているのだが、こうした要素をノーランはずっと恋しく思っていたのだという。製作者の意図やバージョンの成り立ちにはさまざまな背景があるが、結局のところ、己の心に響くかどうかが重要なのだろう。

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Source:SlashFilm,Happy Sad Confused

Writer

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中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。代表。運営から記事執筆・取材まで。数多くのハリウッドスターにインタビューを行なっています。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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