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【長文インタビュー】『ファントム・スレッド』アルマ役ヴィッキー・クリープス ─ 「アンダーソン監督はオープンで狂ってる」

ファントム・スレッド
© 2017 Phantom Thread, LLC. All Rights Reserved.

アカデミー賞男優賞の最多受賞記録を持つ名優ダニエル・デイ=ルイスが、天才的ファッションデザイナー、レイノルズ・ウッドコック役で主演を務めた映画『ファントム・スレッド』のBlu-ray+DVDセットが、2018年11月7日より発売される。

本作はダニエルの引退作であると共に、主演男優賞を獲得した『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)のポール・トーマス・アンダーソン監督と2度目のタッグを組んだ映画。この記念すべき作品でヒロインに大抜擢されたのが、ルクセンブルク出身の女優ヴィッキー・クリープスだ。クリープスは、レイノルズに惹かれて美の世界に入り込み、大人の男女の心理戦に挑んでいく女性アルマを見事に演じ、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた。

このたび、そんなクリープスのルーツから演技方法、そしてダニエル・デイ=ルイスとの共演秘話まで、彼女と映画の魅力に迫る貴重なロング・インタビュー原稿を入手。全文訳でお届けする。

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ルクセンブルクから世界へ

── クリープスさんはルクセンブルク出身ということですが、故郷を離れ、海外でキャリアを築くのは夢でしたか?

どちらとも言えませんね。小さい国に生まれたので、離れたいという思いは常にありました。私の目標はできるだけ早く、この国を出ることでしたね。当時は高校に通うことだけがルクセンブルクに留まる理由だったので、高校を卒業したら「よし、外国に行こう」って感じでアフリカに行ったんです。当時は、とにかく遠くに行きたかったんですね。

でも俳優として海外に行きたいとは、あまり思いませんでした。そもそもルクセンブルクは小さい国なので、女優になれるなんて考えたこともなかったんです。俳優はパリやロンドンから誕生するものであって、ルクセンブルクでは生まれないからね。なので、自身の気持ちに従わなかったんです。多分、子供の頃から女優になりたいと思っていたけど、その想いを認める勇気がなかったんでしょう。

── なかなか勇気を持てなかったということですが、女優業一本でやっていこうと決めたのはいつ頃ですか?

しばらく経ってからですね。すでに仕事を始めてた時かな。女優一本で生きていけると思うには、とにかく、たくさんの時間が必要だったんです。最初は舞台を勉強すると言って、それから舞台学校に通うと言って…。そんな感じで結局舞台で働き始めたんです。もし正しい道を歩んでないと感じたら、すぐに引き返すつもりでしたね。『The Chambermaid Lynn』(2015)に出演してから、初めて女優一本で進めると思ったかな。あれは大きな役でしたし、なんだか自分自身の絵を描いてるような気分になったんですよ。

── その『The Chambermaid Lynn』をはじめ、様々な作品に出演されていますが、自身の演技をスクリーン上で観ることは好きですか?

いや、特に好きって訳ではないですね。でも、観る必要があるんだなと学びました。逆に、観ないのは馬鹿だなって感じたので。

この映画は私が客観的に鑑賞できた初めての作品だったんです。なんでなのかな。とにかく自分自身が見えないんです。私の母にも「この映画は初めてあなたを見ない作品だった」と言われましたね。もちろん確実に、この映画の中には”自分”という存在は沢山含まれています。でも、母はあくまで映画としてこの作品を見られたんです。私も同じ。

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── いつか、英語の映画に出演したいと思っていましたか?

英語の映画に出演することは、特に夢という訳ではありませんでしたね。もともと、私はフランス映画やイタリア映画、東ヨーロッパの映画が大好きなんです。ヨーロッパは素晴らしい人に映画、そして素敵なアイデアや物語に溢れていますから。なので、私は英語の映画に出演することだけを狙ってはいませんでしたよ。

でも、ジョー・ライト監督と仕事をした時、初めて英語という言語に惹かれていることを知ったんです。本作を作っている間も、英語がどれだけ好きか気づいていきました。なぜ好きなのかは説明はできませんけど。考えてみたら、英語の詩もいつも好きだったな。なんだろう、英語という言語の中に何かがある気がするんです。

── 海外映画に出演し、世界中を飛び回ることも増えたと思いますが、故郷に帰って、友達や家族と会う時間は大切ですか?

とても大事。何度かLAを訪れたんですけど、自身が育った場所からあまりに遠く離れすぎたって感じましたね。私はいつも、先祖から引き継がれた古い家に戻るんですよ。昔は農家をやっていた家で、ど田舎にあるんです。ベルギーのアンデルヌの近く、本当に何もない場所にポツンと佇んでますね。あの地域は大好き。暗い場所だけど、自分が育った場所なので大好きなんです。

今はベルリンに住んでいます。ベルリンも最高。この街は私をありのまま受け入れてくれるので、カッコつけたり、逆にカッコ悪くしたりと、変に自分以外の人間にならなくて良いんです。ただ私が好きなよう自由に過ごせますね。私がベルリンを選んだのではなく、ベルリンが私を選んだ、そう思いますね。

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ダニエル・デイ=ルイスとの共演

── 本作ではダニエル・デイ=ルイスの相手役を演じられていますが、彼と共演する経験は、想像と現実とでどう違いましたか?

想像以上に緊張したのと同時に、自分が思っていたよりリラックスしていました。最初の目標は、ダニエル・デイ=ルイスと映画を撮るということを忘れることだったんです。そうすることで、余計なことを考えないで仕事に集中できると思ったので。

でもセットに向かったら、周りのせいでそれが不可能だったんですよ。みんなが「あそこに彼がいる!」って感じでしたから。全員、彼のことをキャラクターの名前で呼んでいて、そのことに対してとても真剣でしたね。ある意味、彼よりも周りにいた人の方がもはや真剣でしたよ。なので、もちろん私も無視することはできませんでした。それに私は本作を撮影していたホテルで寝泊まりしていたんで、みんなの様子がいつでもどこでも聞こえてきたんですよ。

でも、最初のシーンを撮影したら全部大丈夫になりました。例えばレストランのシーンの、私が転んで赤くなる最初の場面を撮ったら、うまくいくって感じたんです。私たちは仕事をしているんだって実感できましたね。彼も、明らかに私と同じ感情を抱いていましたよ。それで、その後はただ3ヶ月の間、止まらず仕事を続けたんです。

── クリープスさんは、ダニエル・デイ=ルイスのように何か特定のメソッドを持っていますか?

私は特に持ってないですね。演技は”瞬間”が大切だと思うんです。”聞く”こと、そして”応える”ことが大事なんですよ。何でもないことのように聞こえるかもしれませんが、それが全てですね。

相手を本当に”聞く”ためには、エゴから完璧に解放されないといけないんです。拒否するのはダメ。「どう見える?私は誰?私は興味深い人?それともつまらない?」といった考えから自分を切り離して、その場所、この瞬間にいることを認識する。そして、本当に”聞こう”と努力する。それが演技の全てですね。私はただ相手をよく”聞く”んです。それも人だけではなくて、テーブルや椅子など自分が対する全てに耳を傾けるんです。

この映画でも”聞く”ことを心がけました。ダニエルは準備して来ると思ったので、私は赤ちゃんのようにただ準備せず、空っぽのまま入ろうって感じでしたね。

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── アンダーソン監督はクリープスさんを起用した理由について、ある時は純真に見えるのに、別の時は人を殺すかのように見えたからだと、以前インタビューでおっしゃっていました。この表情の変化は、意識したものでしたか?

その表情は多分、コントロールできませんね。私にできるのは、あくまで表情を顔に出せるよう、自分自身を解放することですから。自分の心を開くことで、キャラクターの人格や声を受け入れて、そして外に出せるようになるんです。なので、解放するよう努めてはいますけど、分かりませんね。そういうコントロールはできないと思いますよ。そもそも自分自身はそんな表情の変化をする人じゃないですし。

『The Chambermaid Lynn(原題)』を鑑賞した際に、私のそういった能力を発見したのかな。この映画はとても特別でしたね。同作の中で、私が演じるキャラクターはその時々によって違って見えるんです。ある時は、彼女は清掃作業員で、またある時は、とても美しい女性になるんです。なので彼はその変化を見たのかもしれませんね。分かりませんけど。

アルマは愛のために戦っていた

── 本作は解釈が難しい作品ですが、アンダーソン監督はクリープスさんにどのように説明しましたか?

説明しなかったし、今に至るまで説明されていないですよ。観客の皆様に監督が解説しているのか分からないですけど、多分してないですよね。彼が執筆した脚本は、美しいと共に奇妙でイカれていて、そしてとにかく理解するのが難しいんです。普通の数式みたいに理解したくても、できないんですよ。

私はすぐに、彼が沢山の指示を与えたり、情報を提供したりすることはないと気づきました。ただ、彼は私を信頼したんです。それは大きなプレッシャーでしたね。ダニエルもダニエルなので、私に何も教えてくれないんですよ。彼は役に入るだけでした。彼とはセットで会いましたが、それ以外で会うことはありませんでしたね。

考えてみると、そんな状況に身を投じたことは、どんなことにも対応できる準備をしないといけないって、気づかせてくれましたね。本作では、それを実行に移しました。私の準備は、どこに進むか知らなくても、自分がどこにでも行けると信じ、心を開くことだったんです。

── アルマとレイノルズの関係性をどのように捉えましたか?

脚本を読んでいた時と撮影していた時で、考えは変わった気がしますね。最初に読んだ際、アルマはそんなに強い女性ではなかったんです。それに撮影の初期段階でも、強いとはあまり感じませんでしたね。彼女は最後にその姿を表すんですよ。アルマがどこまで強くなれるか知り、その力がどこから生まれるのか探すことは、プロセスの一つでした。

それに脚本を最初に読んだ時から、アルマがレイノルズと恋に落ちているのは知っていましたよ。彼女は彼を愛していて、彼が見えない何か、それに彼の中に存在する美しいアーティストを見ることができたんです。あと、彼女がとても強い意志や、説明のいらない強さを持っていることも分かっていましたけど、それがどこから来ていて、どのように彼の心に入り込むことができたのか。そしてあのエンディング…。あんなことを誰かができるとは想像しませんでしたね。

映画を撮影している時もどうして彼女がそういうことをするのか、あまり理解できなかったんですけど、ただ常に感情に寄り添っていたら、正しいと思えたんですよね。あの最後のキッチンでレイノルズが食べるシーンは、序盤で撮影したんです。その撮影をしている時も、私は何をしているんだかよく理解できませんでしたね。もちろんセリフは分かっていましたけど。でも、私はこのシーンは愛とセクシュアリティについてだと感じたんです。そのことについて話しをすることはなかったし、説明もありませんでした。名前もなかったですね。なのであのシーンでは、2人ともただ直感と感情に従ったんです。そうしたら、以前より理解できるようになったんです。

── 本作でアルマは愛のために戦っていると思いますか?それとも権力のためですか?

愛のためですね。私にとって大切なのは対話なんです。この映画は権力闘争の話ではありませんよ。決闘(デュエル)というよりデュエットなんですよ。もちろん、どんな優れたデュエットも決闘ですけどね!見事なダンスは、どれも2人の強い人物が戦っているようなものなんです。時に一人がリズムをつかむけど、もう一人はダメで、そこからどうやって足並みをあわせるか。そういうところが人間関係において興味深いと思いますし、彼らの関係性もデュエットと同じですね。

── ちなみに、レイノルズ・ウッドコックのような人物と恋に落ちることはできますか?

無理です。そこが一番取り組まないといけないところだったかな。私は常に彼の中に存在する美しさや、背後に潜むアーティストを見ないといけませんでした。俳優は、部屋や家具、その人の全て、一緒に仕事をする人物の顔色(カラー)など全てを吸収しないといけないんです。そしてレイノルズ・ウッドコックを愛するためには、彼の周りも全て愛さなければなりませんでした。なので、私は完全に彼が選ぶ壁紙やガラス製品、生地、そしてアトリエなど、全ての魅力の虜になったんです。私はレイノルズが来るとき、家や彼の周りの人々、そしてドレスといった全てを見ていました。私は全部と恋に落ちたんです。”全て”は自分が好きなだけ手に入れられて、プールのように終わりがないので、良かったですね。私自身は彼と恋に落ちませんし、そもそも壁紙を好きにはなりません(笑)。

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ドレスの背景にある、美しい職人の技術

──本作には美しいドレスがたくさん登場しますが、どれが一番のお気に入りでしたか?何着かいただくことはできましたか?

この映画のファッション・ドレスを欲しいとは思いませんでした。私にとってドレスはキャラクターのようなものなので。

お気に入りは、田舎で着たシンプルで緑の紡毛ドレスですね。私のために作られたドレスなんですよ。オートクチュールの中ではレースのかな。このドレスの背景が好きなんですよね。ドレスを作るのにほぼ一週間かかったし、このドレスによってみんな団結したんです。レイノルズが意見を言うと、レースを切っていたコスチューム・デザイナーが切ることを拒むんです。「このレースを切りません。私は2つの世界大戦を生き延びたんです!破壊したくありません」ってね。そして私にもどう切るべきか意見を求められるんです。なので、ほぼ5人が一週間の間、このドレスがどうなるかについて話し合ったんです。それが好きでしたね。

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── ハイファッションについて描いた本作に出演してから、自身の服装に変化はありましたか?

いいえ、もはや以前の自分と近い状態にいる気がしますね。昔から、ファッションとは誰かが勝手にこういうものだと定義付け、相手に信じさせるものではないと思っていました。なので本作に出演して、私はより強くなれた気がしますね。

今までも「あなたは、これを着ないといけない。あれは着ちゃダメ。ちなみに、これは今のトレンドだよ」といったことに従う人ではなくて、例えばいつも祖母のくれた服を着るのが好きなタイプでした。ちなみに、そういった服は今も好きですよ。新しいものも良いですね。

私はこの映画に参加して、背後の美しい職人の技術を鑑賞できたと共に、誰かが本当に時間をかけて作り上げてくれたものに対して感謝することができたんです。それは、ファッションからあなたはこれを着るべきと言われることよりも、はるかに興味深いことでしたね。

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「アンダーソン監督はオープンで狂ってる」

── 本作を作り上げたアンダーソン監督について、今までタッグを組んだ他の監督と比べてどう思いますか?何が彼を特別にしていると思いますか?

彼は、とてもオープンであると共に狂っているんですよ。イカれたアイデアを取り入れたり、おかしなことをあなたにお願いする準備が整っているんです。

あと、私が自分なりに考えたキャラクターの解釈や行動について、彼が私に聞くオープンさを持っていたのは素敵でしたね。多くの監督は自分の権力や原動力に縛られているんですよ。「私は監督で、私があなたに指示をする」といった感じに。でもそういう人はつまらないですね。

アンダーソン監督は、他人を見下さないで「まあ、僕はどこに行こうとしているか分からないから、一緒に見つけ出そう。あなたは私のアルマだからアルマが思うことをやって」と言ってくれたんです。それは本当に特別でしたね。

── そんなアンダーソン監督のもとで仕事をしたことで、何か得たものはありましたか?

自信をもらいました。以前から考えていたことは正しかった、という自信を私に与えてくれましたね。

今までも、「んー、本当は私のキャラクターはこうしないな」と思うことが多々あったんです。それはわざと正しいと思いたかったからとか、自分が演じるキャラクターの作者になりたかったからではなくて、ただ時々、そういった確信があったんです。でも、私のそういった考えは許されませんでした。監督は「いや、そこに座らないといけない」、「脚本にはこう書いてあるんだからそうあるべきだ」って感じでしたし。特にテレビに出演した時はそうでしたね。

でも、そんな風に自分を押し殺していると、どんどん才能が奪い取られてしまうんですよ。首を切られるみたいに自分の感情や直感に逆らうので、下手な俳優になっていくんです。感情とか直感は、演技をする上での全てなのにね。なので、ポールはそういう意味ではとても賢かったですね。そう思います。

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『ファントム・スレッド』Blu-ray+DVDセットは2018年11月7日(水)より発売開始。3,990円(税別)。

『ファントム・スレッド』公式サイト:http://www.nbcuni.co.jp/movie/sp/phantomthread/

Writer

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Marika Hiraoka

THE RIVER編集部。アメリカのあちこちに住んでいました。