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ロドリゴとデズモンド ─『ハクソー・リッジ』『沈黙 -サイレンス-』でアンドリュー・ガーフィールドが演じた2人の男の違いとは?キリスト教の見地から

いまだかつて、同じ年に出演した2つの作品において、これほどまでに共通点のある特徴的な役柄を演じた俳優はいただろうか?その俳優とは、アンドリュー・ガーフィールド。彼は、『沈黙-サイレンス-』(2017)と『ハクソー・リッジ』(2017)という異なる作品で、“日本の地”で、”神の声”を聞こうとする男を熱演した。

『沈黙-サイレンス-』の主人公ロドリゴはイエズス会の宣教師で、信仰を捨てるかどうか激しく葛藤する。『ハクソー・リッジ』の主人公デズモンドは、志願兵になりながらも、宗教的立場から銃を持つことを拒否する。

江戸時代初期の長崎と、第2次大戦時の沖縄。時代は違えど、ハリウッド映画において日本が物語の舞台となり、同じくキリスト教を信仰している者が主人公となる。これだけでもレアな設定なのに、演じる役者が同じだとは。『ハクソー・リッジ』を鑑賞している間、私はずっと『沈黙-サイレンス-』のロドリゴのことを思い起こしていた。

沈黙-サイレンス-
『沈黙-サイレンス-』より
(C)2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.
『ハクソー・リッジ』より © Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
『ハクソー・リッジ』より
© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

ロドリゴとデズモンド。設定は似ているが、当然のことながら2人は全く違う。この機会に、アンドリュー・ガーフィールドが同じ年に演じた2人の男を比較してみたいと思う。

カトリック/セブンスデー・アドベンチスト

『沈黙-サイレンス-』のロドリゴも『ハクソー・リッジ』のデズモンドも敬虔なキリスト教徒であるという点は共通しているが、宗派は全く違う。ロドリゴはカトリックで、デズモンドはプロテスタント系のセブンスデー・アドベンチスト教会だ。セブンスデー・アドベンチストは特殊な宗派で、人によっては異端とすることもある。

カトリックとプロテスタントの大きな違いを大雑把にいうと、教会の権威を認めるか否かだ。カトリックではローマ教皇をトップとした司祭を中心に、教会の権威と伝統のもとで信仰を育む。聖書だけではなく聖伝も尊重され、告解(懺悔)や堅信といった儀式(秘跡)が複数あるのも特徴。マリアや聖人など、信仰心の強い人間も信仰の対象となることがあり(尊敬といった意味合いが強いが)、信仰の対象を像や絵画などに描いたりする。

『沈黙-サイレンス-』で、キリシタンたちが司祭であるロドリゴを異様にありがたがったり、マリア信仰が強かったり、ロドリゴの身に着けているものを欲しがったりしたのは、カトリックのこうした特徴に基づく。プロテスタントであれば、そういった反応はあり得ない。

これに対してプロテスタントは、カトリック教会の権威に抗議する形で生まれた宗派なので、教会の権威を認めない。教会とは信仰を持つ者の共同体という考え方で、聖書に記されていることのみを信仰の基盤とする。従って、聖書に記載されているもの以外の儀式は行わないし、マリアなど人間も信仰の対象とはならない。信徒は神と直接対峙する存在であり、基本的には個々の解釈が重要となる。従って、プロテスタントの宗派は自由主義的なものからガチガチの原理主義まで、多様に枝分かれしている。

デズモンドが信仰しているセブンスデー・アドベンチスト教会は、基本的な教義はプロテスタントと同様であるものの、休息日を土曜日としていたり(普通は日曜日)、一部かなり極端な独自の解釈を持っていたりする。これら独自のポイントを認めるか認めないかで「異端」と判断するかどうかが分かれてくるのだが、少なくともセブンスデー・アドベンチスト教会はラディカルで危険な宗派というわけではない。個人の信仰を重視しており、幼児洗礼すら認めていないが、他のプロテスタントの宗派はもちろん、ローマカトリックにも理解を示しており、多宗派への移動も制限していない。(なお、近年カトリックとプロテスタントは互いに認め合い共存していくという大きな流れの中にある)

デズモンドも同じで、自身の主義を頑なに主張する一方で、他者の行動については意見も干渉もしない。ロドリゴが、司祭としての自分の影響力や、フェレイラの意見、またバチカンの判断を強く気にしていたのとは対照的だ。

葛藤/盲進

『沈黙-サイレンス-』のロドリゴは、高い理想と信念を持って日本にやってきたが、迫害に苦しむキリシタンたちや、日本風にアレンジされたカトリックの教えを目の当たりにして苦悩する。自分のせいで人々が苦しんでいるのでは?結局のところ、正しいキリスト教を根付かせることは不可能なのではないか?そういった葛藤は執拗に彼を苛み、当初抱いていた彼の信念は大きく揺らいでいく。

© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
『ハクソー・リッジ』より © Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

一方、『ハクソー・リッジ』のデズモンドは、まったく悩まない。一目惚れした相手には反応おかまいなしにグイグイアプローチするし、PTSDに苦しみ戦争を憎んでいる帰還兵の父親を目の前にして、笑顔で「志願兵になるよ!」と言い放つ。デズモンドが信念を曲げないことで隊の仲間に負担がかかっても、リンチされても、彼の態度は変わらない。デズモンドの意志はとにかく固く、敬虔な信仰心は彼を誰よりも強くする。

転ぶ/貫く

このように、ロドリゴとデズモンドは実に対照的だ。片や、現実の過酷さによって価値観や信念が揺らぎまくる主人公。片や、過酷すぎる現実にもビクともしないほど強い信仰心を保持し続ける主人公。こうまとめると、デズモンドの方がヒーローらしく、共感を得やすいようにも思われる。しかも、『沈黙-サイレンス-』のロドリゴは、最終的に踏み絵を足をかけ”転ぶ”のに対し、『ハクソー・リッジ』のデズモンドは多くの兵士の命を救う。結果的にどちらがヒーローになったのかは明らかだ。

『沈黙-サイレンス-』より (C)2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.
『沈黙-サイレンス-』より
(C)2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.

しかし、観客の反応は反対だろう。観客の多くがロドリゴの葛藤に寄り添い、彼と同じように苦しんだのに対し、デズモンドに対しては「尊敬はするが理解はできない」という感想を抱く人も少なくないはずだ。真っすぐすぎる。なぜそこまで貫けるのか分からない。そう感じるのではないだろうか?

自分は殺人を拒否していながら、なぜ他の兵士が行う殺人が容認できるのかという矛盾もある。それは、セブンスデー・アドベンチスト教会の信徒として個人の信仰を貫き、他者には寛容であるという基本に徹底した結果なのだと思われるが、宣教師としての自分の立場や、キリシタンへの影響との狭間で苦しみ抜いたロドリゴと比較すると、あまりにも極端な割り切り方に見えるだろう。

正反対のアプローチだが、最後まで信仰を守った2人

カトリックにしても、セブンスデー・アドベンチストにしても、そもそもは同じ神を信じているし、基本的なな教義は共通している。しかし、周囲の人間や状況に触れ葛藤しまくったロドリゴと、どのような状況においても一切ぶれなかったデズモンドは正反対だ。

それでも、『沈黙-サイレンス-』でロドリゴは最後まで信仰心を捨てることはなかったという解釈がなされていた。周囲に対して信仰を捨てたと嘘をつき通すことで、自身の信仰を守り抜いたロドリゴ。それに対し、外野の声に全く影響されることなく、自分の意志を表明しつづけることで自身の信仰を守り抜いたデズモンド。アプローチは真逆だが、最終的に神への忠誠を守り抜いたという点は同じだ。

両監督の信仰への向き合い方と重なる

それは同時に、2作品の監督のキリスト教への向き合い方も示しているといえるだろう。『沈黙-サイレンス-』のマーティン・スコセッシ監督も、『ハクソー・リッジ』のメル・ギブソン監督も熱心なカトリック信者だが、両者の生い立ちは対照的。

『ハクソー・リッジ』メル・ギブソン監督 © Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
『ハクソー・リッジ』メル・ギブソン監督
© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
『沈黙-サイレンス-』マーティン・スコセッシ監督 (C)2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.
『沈黙-サイレンス-』マーティン・スコセッシ監督
(C)2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.

マーティン・スコセッシ監督はは暴力と隣り合わせの環境で育ち、矛盾に満ちた社会と信仰心との間で葛藤し続けてきた。対してメル・ギブソン監督は、保守系カトリックの父親の影響を色濃く受けて育った。「葛藤」と「妄進」というロドリゴとデズモンドの信仰へのアプローチの違いは、そのまま監督たちの信仰のあり方と重なる。もちろん、カトリックとセブンスデー・アドベンチストという違いはあれども、ただひたすらに教義を守り抜くデズモンドの姿勢に、メル・ギブソン監督が共感したであろうことは想像に難くない。

難役に挑んだアンドリュー・ガーフィールドと2本の傑作

宣教師の葛藤を徹底的に描いた『沈黙-サイレンス-』と、信仰を貫いた男が戦場で多くの命を救った顛末を描いた『ハクソー・リッジ』。両作品とも、凄惨な描写も辞さない骨太な作品で、非常に見応えがある。そして、その両方で見事に主人公を演じ切ったアンドリュー・ガーフィールドは賞賛に値する。

ストーリーが進行するに連れ、どんどんと目を曇らせ困惑していくロドリゴと、最初から最後まで澄んだ瞳を真っすぐに前に向け続けるデズモンド。『沈黙-サイレンス-』はロドリゴの葛藤を丁寧に描き切ることで共感を呼び、『ハクソー・リッジ』は観る者を置いていくほど極端にデズモンドの妄信を強調することで、勢いとドラマ性を生み出していた。

『沈黙-サイレンス-』と『ハクソー・リッジ』は全く別の作品だが、アンドリュー・ガーフィールドによって繋がれたこの2つの傑作と2人の男を、私はきっと対として記憶し続けるだろう。

『沈黙-サイレンス-』(C)2016 FM Films, LLC. All Rights Reserved.
『ハクソー・リッジ』© Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016

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umisodachi

ホラー以外はなんでも観る分析好きです。元イベントプロデューサー(ミュージカル・美術展など)。

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