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【レビュー】『シェイプ・オブ・ウォーター』マイノリティと映画に捧ぐ愛 ― 1960年代メキシコ生まれ、3人の映画監督たち

(C)2017 Twentieth Century Fox

2018年3月4日(米国時間)、第90回アカデミー賞の受賞式が行われ、『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)が最優秀作品賞を受賞、同作でギレルモ・デル・トロが最優秀監督賞を獲得しました。
今回のアカデミー賞はかなりの接戦と2017年の末から言われていましたが、『シェイプ・オブ・ウォーター』と『スリー・ビルボード』(2017)が一応の本命と言われており、最終的にはアカデミー賞らしい最大公約数的結果に収まったと言えそうです。

今回はアカデミー賞受賞で注目の集まる『シェイプ・オブ・ウォーター』、および監督ギレルモ・デル・トロについて改めて記したいと思います。

デル・トロ、キュアロン、イニャリトゥ

ギレルモ・デル・トロは1964年、メキシコ生まれです。偶然にもこの1960年代の前半という時期に、メキシコは3人のアカデミー賞監督を生み出しました。アルフォンソ・キュアロン(1961年生)と、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(1963年生)はデル・トロと同じメキシコ生まれ、同世代の監督です。3人はメキシコと1960年代前半生まれという共通のバックグラウンドゆえか、普段から仲が良いそうです。『シェイプ・オブ・ウォーター』のエンドクレジットにも、スペシャル・サンクスとしてキュアロンとイニャリトゥの名前がクレジットされており彼らの交友がうかがえます。

三人は三様に良さがありますが、『シェイプ・オブ・ウォーター』はデル・トロの“彼らしさ”、すなわち個性が良く出た映画だと思います。映画監督を分類すると、どのようなくくり方をしてもあくまで一面しか捉えきれませんが、彼らは「芸術家」「中庸」「エンターティナー」という分類が出来るでしょう。

まず、イニャリトゥは芸術家タイプです。彼はメキシコ時代の『アモーレス・ペロス』(2000)から近作『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015)に至るまで一貫してシリアスな作風です。ある意味でエンターテイメント性から背を向け、直接的、間接的に「信仰」について描いてきました。
『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)以降、少し芸風が変わり、キュアロンの影響でしょうか、ロングテイク(長回し)を多用するようになりましたが、幾分かサービス精神の感じられるキュアロンに対して、イニャリトゥのロングテイクはもっと表現主義的なこだわりから来ているように感じます。極端にセリフの少ない『レヴェナント』はまさに映像による表現芸術であり、彼を「芸術家」と評するのに私は些かも躊躇いを感じません。

つづいて、キュアロンは中庸タイプです。彼は映像的な表現において、ロングテイクへの徹底したこだわりという個性を持っています。特に『トゥモロー・ワールド』(2006)以降はその特徴が顕著であり、『ゼロ・グラビティ』(2013)では製作技術が彼の表現したいものに追いつかず、前作から7年の間隔が開いたほどでした。
しかし、作品の内容について言うのであれば、イニャリトゥはオーソドックスなオールラウンダーといえるでしょう。『天国の口、終りの楽園。』(2001)のような文学的匂いの濃厚な映画も作っていますが、シリーズの一作である『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(2004)では見事な職人仕事も見せており、イニャリトゥのような、ある種の偏屈さのようなものは感じられません。大絶賛された『ゼロ・グラビティ』も革新的な映像表現に対して内容は「極限状態から生きて帰るサスペンス」であり、芸術性だけでなくエンターテイメント的なサービス精神をきちんと感じさせるものでした。

そんな中、デル・トロはエンターティナーです。彼のフィルモグラフィーは前述の2人と比べると異質で、アメリカンコミックを原作とした『ブレイド2』(2002)、『ヘルボーイ』(2004)、そしてKAIJUと巨大ロボットが戦う『パシフィック・リム』(2013)など、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようです。それらに挟まれるようにして、文学的なダークファンタジーの『パンズ・ラビリンス』(2006)がありますが、このような作品を含め、デル・トロの映画には一貫したモチーフが登場します。
それは「異形の存在」です。ヴァンパイアや悪魔、KAIJU、妖精、それらはデル・トロにとって同じような存在で、ただ描き方が違うだけなのかもしれません。この「異形の存在」は、『パンズ・ラビリンス』と同じ系統の作品である『シェイプ・オブ・ウォーター』にも登場します。そしてデル・トロの作品は、一様にリアリティからある程度の距離を置いた作風になっています(詳しくは後述します)。ちなみに彼の映画は、あらすじが非常にシンプルで、物語の読解に労することがなく、そういった意味でも彼をエンターティナーと評せるかもしれません。

ギレルモ・デル・トロ監督 (C)2017 Twentieth Century Fox

「あえて」のリアリティのなさ

前置きが長くなりましたが、晴れてアカデミー賞受賞作となった『シェイプ・オブ・ウォーター』について述べていきましょう。
本作をごく大雑把にまとめると、障害を持つ女性と異形の半魚人のラブストーリーです。本作は1962年を舞台としていますが、宇宙開発や冷戦といった背景を除けば時代性を感じさせるものはあまりなく、あくまでファンタジーとしての様相を呈しています。本作は極めて寓意的な、マイノリティたちのラブストーリーです。そして、この「寓意的」な部分が「リアリティとの距離感」というデル・トロの芸風と一致していること、それが成功の理由の一つと言えると思います。

たとえばこの映画には、描写として不自然な部分が少なくありません。主人公イライザ(サリー・ホーキンス)は半魚人(ダグ・ジョーンズ)と交流を持つようになりますが、彼女はただの清掃人にもかかわらず、極秘実験の行われている部屋にアクセス許可を持っていて普通に入室しています。最終的にイライザは半魚人を逃がしますが、その手口は監視カメラの角度を変えるという杜撰なものです。とても極秘施設とは思えないセキュリティーの甘さです。そもそも「南米で信仰されているという半魚人」が実際に登場する時点で、ある程度リアリティとは逆方向にベクトルを振った映画だといえるかもしれません。
もちろん見方は色々あるかと思いますが、こういったリアリティーのなさは、決して作品の疵ではなく「これはファンタジーだ」と主張するためにあったのではないかと思います。

シェイプ・オブ・ウォーター
(C) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

また、この映画では「善の側」と「悪の側」の線引きがはっきりしています。
「善」は半魚人を助けようとするイライザの友人たちです。彼らは障碍者、アフリカ系アメリカ人(オクタヴィア・スペンサー)、同性愛者(リチャード・ジェンキンス)で、その全員が何かしらの分野におけるマイノリティーです。
逆にストリックランド(マイケル・シャノン)は白人で郊外の一軒家に住み、キャデラックを乗り回す、典型的なマジョリティの成功者。平気で差別発言やセクハラ発言をする横暴な人物で、登場シーンでは煽り気味のアングルでドリーイン(編注:移動撮影の一種)するという、いかにも「悪役です」と言わんばかりの演出で登場します。

シェイプ・オブ・ウォーター
(C) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

そして言うまでもありませんが、イライザと心を通わす半魚人も「異種族」というはっきりとしたマイノリティーです。この映画は「マイノリティーへのラブストーリー」なのです。
むろん、そうした内容を現代を舞台にして人間同士でやってしまうとあまりにストレートでしょう。エンターテイメントの人であるところのデル・トロは、たとえば『ムーンライト』(2016)のような直球の描き方を避けたかったのかもしれません。その結果が、「冷戦時代を舞台としたファンタジックな寓話」だったのではないでしょうか。

マイノリティへの愛情、映画への愛情

『シェイプ・オブ・ウォーター』は、第90回アカデミー賞の候補作で最もアカデミー賞に相応しい映画だったと私は思います。本作はよくできた寓話であり、よくできた映画です。そして、デル・トロの映画愛を随所に感じさせます。

たとえば本作では、劇中で古いミュージカル映画が引用され、ミュージカル風の演出が随所で用いられています。浴室のシーンでの俯瞰から360度カメラがグルグル回るのは「世界は二人だけのもの」という、ミュージカルではよく使われる手法です。この映画は、そこに「モンスター映画」というミュージカルと逆方向の伝統をミックスさせました。グロテスクな半魚人のルックに数々のゴア描写、そこに夢見るようなミュージカルの演出が融合しています。見たこともないマリアージュですが、それらの要素は喧嘩することなく見事に溶け合っています。

そしてこの映画は、言うまでもなくマイノリティへの愛情をたたえた映画でもあります。「マイノリティへの愛情」、そして「映画愛」。このふたつが『シェイプ・オブ・ウォーター』のキーワードだといっていいかもしれません。そういった意味でも、『シェイプ・オブ・ウォーター』の作品賞受賞は「正しい」結果であったのだと私は思います。

映画『シェイプ・オブ・ウォーター』は2018年3月1日より全国の映画館にて公開中

(C)2017 Twentieth Century Fox

Writer

ニコ・トスカーニ
ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フルーエンジニア兼任のウェイブライターです。本職の傍ら映像制作にかかわっています。  何かあれば(何がかわかりませんが)こちらへどうぞ→scriptum8412@gmail.com 記事のご依頼、あるいは拙作を公開してくださる奇特な劇場主方等大歓迎です。

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