巨匠スピルバーグの説く“映画館の価値”、『ROMA/ローマ』監督が突く“業界の現実” ─ 劇場か配信か、時代の転換期で葛藤する監督たち

私たち映画ファンは、いま、時代の転換期に立ち会っている。
第91回(2019年)アカデミー賞で最多10部門にノミネートされたのは、アルフォンソ・キュアロン監督によるNetflixオリジナル映画『ROMA/ローマ』(2018)。いまや作品賞受賞の有力候補と目される本作が、劇場公開を挟むことなく全世界のリビングに配信されたという事実は、これぞ“時代の転換点”と言わざるを得ない説得力をもっているだろう。
こうした革新が起こるなか、従来の「映画」なるものの重要性を改めて呼びかけるクリエイターもいる。70歳を超えてなお精力的に活動する巨匠スティーブン・スピルバーグもその一人だ。重厚な人間ドラマを撮ったかと思いきや、『レディ・プレイヤー1』(2017)のごとくポップかつ軽やかなアクション映画を手がけるフィルモグラフィで、今もなお時代の最先端を駆け抜けるフレッシュな感性を示している。

スピルバーグ、「映画館での体験」信じる
このたびスピルバーグは、第55回映画音響協会賞のフィルムメーカー賞を受賞。2019年2月16日に開かれた授賞式では、ストリーミングで優れた作品が多数発表される現代において、あえて“フィルムメーカーにはテレビだけでなく映画館を目指してほしい”との考えを述べたという。
「フィルムメーカーとして生み出せる最大の貢献は、映画による劇場体験を観客にもたらすことだと、われわれの全員が心から信じ続けることを願っています。これからもずっと、映画館はすぐそばにあるべき存在だと私は固く信じているのです。」
スピーチの中で、スピルバーグは「私はテレビが大好きですし、テレビで作品を作る機会も大好きです」と述べている。テレビドラマやテレビ映画が非常に高いクオリティとなっていることも、むろんきちんと認識しているのだ。事実、スピルバーグによる近年の作品には、テレビドラマでの活躍めざましい俳優が重要なポジションで起用されることが少なくない。
「今はテレビの世界で、非常に優れた脚本が書かれ、素晴らしい演出がなされ、最高の演技が見られます。家で聴くことのできるサウンドも、歴史上もっとも優れた状態にあります。それでも、大きくて真っ暗な劇場に知らない人たちと一緒に座る、(映画を観るという)体験が自分たちに迫ってくることに勝るものはありません。そのことを私たちは心から信じています。」

映画の世界に長らく身を置いてきたスピルバーグは、きっと時代の変化を肌で感じ、そして動揺していたのだろう。2018年3月、スピルバーグは、Netflix作品がアカデミー賞にノミネートされることについて「テレビのフォーマットに作品を委ねたら、それはテレビ映画です。エミー賞には値しますが、オスカーにはふさわしくない」と批判した。「いくつかの映画館で1週間未満の上映をして、形だけの資格を得た映画が、アカデミー賞のノミネートに適しているとは思いません」。
ところが約1年後、スピルバーグの意思とは異なる方向へと時代は動いていた。冒頭に触れた通り、第91回アカデミー賞で最多10部門にノミネートされた『ROMA/ローマ』はNetflixによるオリジナル映画。劇場公開の規模こそ通常よりは大きかったものの、まさしくスピルバーグが批判した手法の延長線上にある映画が、今回は作品賞の有力候補と目されているのである。
キュアロンの突く現実、配信のもたらす可能性
あくまで映画は映画館で公開されるもの、映画館での劇場体験が重要なのだと説いているスピルバーグに対し、『ROMA/ローマ』を手がけたアルフォンソ・キュアロン監督の考えは異なる。2019年1月、ゴールデングローブ賞の授賞式会場にて、キュアロンは言い切った。