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巨匠スピルバーグの説く“映画館の価値”、『ROMA/ローマ』監督が突く“業界の現実” ─ 劇場か配信か、時代の転換期で葛藤する監督たち

スティーヴン・スピルバーグ
Photo by Gage Skidmore https://www.flickr.com/photos/gageskidmore/36150879236/

私たち映画ファンは、いま、時代の転換期に立ち会っている。

第91回(2019年)アカデミー賞で最多10部門にノミネートされたのは、アルフォンソ・キュアロン監督によるNetflixオリジナル映画『ROMA/ローマ』(2018)。いまや作品賞受賞の有力候補と目される本作が、劇場公開を挟むことなく全世界のリビングに配信されたという事実は、これぞ“時代の転換点”と言わざるを得ない説得力をもっているだろう。

こうした革新が起こるなか、従来の「映画」なるものの重要性を改めて呼びかけるクリエイターもいる。70歳を超えてなお精力的に活動する巨匠スティーブン・スピルバーグもその一人だ。重厚な人間ドラマを撮ったかと思いきや、『レディ・プレイヤー1』(2017)のごとくポップかつ軽やかなアクション映画を手がけるフィルモグラフィで、今もなお時代の最先端を駆け抜けるフレッシュな感性を示している。

レディ・プレイヤー1
『レディ・プレイヤー1』© 2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited and RatPac-Dune Entertainment LLC. All rights reserved.

スピルバーグ、「映画館での体験」信じる

このたびスピルバーグは、第55回映画音響協会賞のフィルムメーカー賞を受賞。2019年2月16日に開かれた授賞式では、ストリーミングで優れた作品が多数発表される現代において、あえて“フィルムメーカーにはテレビだけでなく映画館を目指してほしい”との考えを述べたという。

フィルムメーカーとして生み出せる最大の貢献は、映画による劇場体験を観客にもたらすことだと、われわれの全員が心から信じ続けることを願っています。これからもずっと、映画館はすぐそばにあるべき存在だと私は固く信じているのです。」

スピーチの中で、スピルバーグは「私はテレビが大好きですし、テレビで作品を作る機会も大好きです」と述べている。テレビドラマやテレビ映画が非常に高いクオリティとなっていることも、むろんきちんと認識しているのだ。事実、スピルバーグによる近年の作品には、テレビドラマでの活躍めざましい俳優が重要なポジションで起用されることが少なくない。

「今はテレビの世界で、非常に優れた脚本が書かれ、素晴らしい演出がなされ、最高の演技が見られます。家で聴くことのできるサウンドも、歴史上もっとも優れた状態にあります。それでも、大きくて真っ暗な劇場に知らない人たちと一緒に座る、(映画を観るという)体験が自分たちに迫ってくることに勝るものはありません。そのことを私たちは心から信じています。」

ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書
『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(2017)©Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

映画の世界に長らく身を置いてきたスピルバーグは、きっと時代の変化を肌で感じ、そして動揺していたのだろう。2018年3月、スピルバーグは、Netflix作品がアカデミー賞にノミネートされることについて「テレビのフォーマットに作品を委ねたら、それはテレビ映画です。エミー賞には値しますが、オスカーにはふさわしくない」と批判した。「いくつかの映画館で1週間未満の上映をして、形だけの資格を得た映画が、アカデミー賞のノミネートに適しているとは思いません」

ところが約1年後、スピルバーグの意思とは異なる方向へと時代は動いていた。冒頭に触れた通り、第91回アカデミー賞で最多10部門にノミネートされた『ROMA/ローマ』はNetflixによるオリジナル映画。劇場公開の規模こそ通常よりは大きかったものの、まさしくスピルバーグが批判した手法の延長線上にある映画が、今回は作品賞の有力候補と目されているのである。

キュアロンの突く現実、配信のもたらす可能性

あくまで映画は映画館で公開されるもの、映画館での劇場体験が重要なのだと説いているスピルバーグに対し、『ROMA/ローマ』を手がけたアルフォンソ・キュアロン監督の考えは異なる。2019年1月、ゴールデングローブ賞の授賞式会場にて、キュアロンは言い切った。

「Netflixなどのプラットフォームと映画館についての議論が終わることを願います。プラットフォームと映画館は協力すべき。彼らの議論こそが、映画というものを傷つけていることに気づくべきですよ。」

キャリアと評価に対して寡作なキュアロンもまた、ある意味ではスピルバーグと同じく、映画界の変化を肌で感じている一人のようだ。キュアロンは、現代の映画業界が抱えている問題を真正面から突いた。

僕の疑問は、モノクロのメキシコ映画が、スターの出ていないスペイン語のドラマ映画が、果たしてどれだけの映画館で上映されるのか、ということ。どれくらいの規模で劇場公開されるのか、ということです。僕はいま、(想像するより)ある意味では大きな規模で映画を劇場公開していて、そして上映は今でも続いているんです。

1ヶ月以上前に公開された映画が今でも上映されているなんて、外国語映画にとっては稀有なことです。2018年の外国語映画をリストにして、どの作品が劇場公開されて、どれだけ長く上映されたのかを比べてみてください。そして、どれだけの映画が70mmフィルムで上映されたのか、映画が上映された地域がどれだけあったのかも。」

アルフォンソ・キュアロン
アルフォンソ・キュアロン Photo by Gage Skidmore https://www.flickr.com/photos/22007612@N05/9354462505/

キュアロンは、「きちんと考えるべきは、劇場体験がごく一部の商品に限られ、(同じ映画であっても)とても手の届かないものになっていること」だと述べる。それゆえ、期間限定での劇場公開と配信とを組み合わせる方法は、むしろ映画をよりよくするものだと考えているようだ。「大切なのは、映画に多様性を生み出せるということです」

同じく2019年1月、Netflixのコンテンツ最高責任者であるテッド・サランドス氏の発言もキュアロンの意見に重なり合っている。

「私は劇場で映画を観るのが大好きですし、私たちは(映画館と)対立しているわけではありません。お互いに支え合っていると思います。『ROMA/ローマ』は大きなスクリーンで観ると素晴らしい、けれども世界の多くではその機会がありません。私が望むのは、みなさんと、みなさんに愛してもらえる映画を繋ぐこと。『ROMA/ローマ』は愛されることでしょう。スマートフォンで観ても、巨大なスクリーンで観ても愛されると思います。」

スピルバーグとキュアロン、二人の根底

ハリウッドの大手スタジオで活動し、新作のほぼすべてが全世界で公開されるスピルバーグと、決してそうではないが、確かな作品づくりで高い評価を獲得しつづけているキュアロン。おそらく二人の見ている映画界の風景は大きく違うだろう。それでも時代の転換期で揺れている二人の言葉は、一見正反対に思えるが、実は根底でつながっている。スピルバーグはNetflix映画のアカデミー賞ノミネートを批判しながら、同時にスタジオの姿勢にも厳しい視線を向けていたのである。

「かつての映画界と違うのは、多くのスタジオがブランド付きの大作映画を好んでいるところ。ヒットの保証された映画を、倉庫から引っ張り出してくるでしょう。そのせいで、小規模の映画を定期的に作ったり、そうした映画に賭けたりということは、AmazonやHulu、Netflixの仕事になってしまいました。このままだと必死に予算を上げようとしたり、サンダンス映画祭を狙ったりする監督がどんどん減っていきますよ。もしかすると、映画を劇場公開して箔をつけようとしなくなったり、作り手が配信ビジネスに流出したりするかもしれません。」

このスピルバーグの読みは、残念ながら外れたとは言いがたい。名の知られた映画監督がストリーミングに続々と進出し、ついには巨匠マーティン・スコセッシですら、新作『ジ・アイリッシュマン(邦題未定、原題:The Irishman)』をNetflixで発表するのだ。製作費が膨れ上がったためにスタジオが作品を手放したところ、Netflixが救済したためだといわれている。最新の状況について、キュアロンは「多くのフィルムメーカーがそれぞれのプラットフォームで映画を作っています。プラットフォームの側が、そうした(リスクのある)映画を作ることを恐れないからです」と述べた。

スピルバーグとキュアロンが踏まえているのは、“大手スタジオが限られた種類の映画しか作ろうとしない、そして映画館もごく一部の映画しか上映しない時代になった”という事実だ。そこから二人の思考は広がっていき、かたやスピルバーグは「それでも映画館で上映されるものが映画」だと説き、かたやキュアロンは「そもそも映画なるものに多様性を」と訴えているのである。

スピルバーグが映画体験への信頼を語るのは、映画館で映画を観るという昔ながらのスタイルや、映画館に多彩な作品が集まり、そこに多くの観客が足を運ぶという業界のあり方を今一度復権しようと考えているからだろう。そしてキュアロンは、変わりゆく映画業界において個性の強い作品や監督がいかに生き残り、自分たちの思想や意志、作家性を守り抜くかというアーティストとしての戦いを繰り広げているようにもみえる。もちろん、どちらが正しいかではない。むしろ観客の方こそ、こうした状況を受けてどのように思考するのかが大切になるはずだ。ただ漫然とコンテンツを受け入れていると、作り手がそれぞれのフィールドで挑んでいる勝負も見えなくなってしまうだろう。

そのように考えてみれば、第91回アカデミー賞は、ある意味でこうした状況そのものを象徴しているようにも思えてくる。なぜなら作品賞には『ROMA/ローマ』のほか、米国で社会現象となった『ブラックパンサー』や、観客から大きな支持を得た『ボヘミアン・ラプソディ』などもノミネートされているのだ。本命不在ともいわれる今回のアカデミー賞は、圧倒的強者が牽引するのではなく、それぞれのクリエイターと作品が、それぞれに各地での戦績を持ち帰って激突する一戦なのかもしれない。だとすればその結果は、スピルバーグとキュアロンが示した構図を、さらに“その先”へと押し開いてくれるものになりはしないか……。やはり私たちは、時代の転換期に立ち会っているのだ。


スティーブン・スピルバーグ監督作品、映画『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』『レディ・プレイヤー1』Blu-ray&DVDは発売中。

アルフォンソ・キュアロン監督作品、Netflixオリジナル映画『ROMA/ローマ』独占配信中。
『ROMA/ローマ』配信ページ:https://www.netflix.com/title/80240715

Sources: Variety, Deadline, ITV News

Writer

稲垣 貴俊
稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

THE RIVER編集部。わかりやすいことはそのままに、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすくお伝えしたいと思っています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp へ。

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