『オッペンハイマー』に「僕なら、原爆を日本に2発投下したことで何が起きてしまったかを見せる」とスパイク・リーが提言

『ブラック・クランズマン』(2018)や『マルコムX』(1992)のスパイク・リー監督が、クリストファー・ノーラン監督の最新作『オッペンハイマー(原題)』に自らの意見を述べた。
第二次世界大戦下において原子爆弾の開発・製造計画「マンハッタン計画」を主導した、“原爆の父”ロバート・オッペンハイマーの半生を描いた『オッペンハイマー』。米The Washington Postにて、リーは「ノーランはすさまじいフィルムメーカーだ。素晴らしい映画だったし、『ダンケルク』は授業でも見せている」と語った。その上で、「これは批判ではなく意見ですが」と前置きしたうえで、自身の見解を明かしている。
リーが話題にあげたのは、公開直後からしばしば議論されてきた、劇中で広島・長崎への原爆投下に関する直接的描写がないこと、日本に関する表現に重点が置かれていないことだ。
「上映時間が3時間あるならば、僕だったら日本人に起きた出来事を描くためにあと何分か追加したい。(原爆投下によって)人々は蒸発し、何年後も放射能の影響が残っていました。彼(ノーラン)は力がないわけではなく、すべきことをスタジオに指示する立場です。僕なら、この映画の最後に、原子爆弾を日本に2発投下したことで何が起きたかを見せたいと思ったでしょうね。」
日本への原爆投下を直接描かなかったことについて、ノーランはあくまでも主人公の一人称目線にこだわるためのものだと述べていた。「私たちは当時の彼(オッペンハイマー)よりもはるかに多くを知っていますが、彼は当時の人々と同じく、広島と長崎への爆撃をラジオで知ったのです」と。
また、ノーランは本作について「これはドキュメンタリーではなく、ひとつの解釈です。それが私の仕事であり、物語による、ドラマティックな映画づくりだと思う」とも語っている。過去には、現在の視点でオッペンハイマーに特定の評価を下すことは「ドキュメンタリーや政治的主張、科学史に近い」とも言っているように、少なくとも本作はそのような映画にしないことがノーランの狙いだったのだろう。
実際、リーも自らの意見について「すべては愛なんです」と述べ、批判の意図がないこと、ノーランの作家性に一定の敬意を払うことを認めている。「きっと彼(ノーラン)も、『ドゥ・ザ・ライト・シング』や『マルコムX』について、自分ならここを変えたいと思うところを教えてくれるはず」とも言っているのだ。
さて、当事者である日本の観客は『オッペンハイマー』の描写をどう評価するか……というところだが、いまだ本作の日本公開は決まっていない。残念ながら、この映画について何かを言うためのスタートラインにすら立てていないのが実情だ。
▼『オッペンハイマー』の記事
Source: The Washington Post