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【解説レビュー】物理学者が『奇蹟がくれた数式』を観た【数学が織りなす心のつながり】

映画『奇蹟がくれた数式(原題:The Man Who Knew Infinity)』は、実在する数学者ラマヌジャンと英国人数学者G.H.ハーディの交流を描いた実話に基づくノンフィクション作品である。主演はスラムドッグ$ミリオネアの主演デウ・パテル。数学者G.H.ハーディを演じるのは、アカデミー賞俳優の演技派のジェレミー・アイアンズ。激動の時代に翻弄されながらも数学を通して心を通わせる2人の友情の物語である。

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=5neuvVopIjg]

伝統と神秘の対立、そして融合

この映画の舞台は、名門英国ケンブリッジ大学 トリニティ・カレッジだ。1546年に時の国王ヘンリー8世の命により建てられ、以来万有引力の法則を発見したニュートンや哲学者フランシス・ベーコンが在籍した、学問を志す人なら誰もが憧れる知の殿堂である。実は建物内部での映画の撮影が許されたのは今回が初めてだったという。劇中で映し出される学問の殿堂として重厚な雰囲気に数えられないくらい興奮していた。(ラマヌジャンをハーディの元に案内されるとき、その傍らにニュートンが、枝から落ちるリンゴの実をみて重力の法則を発見したというリンゴの木が映る。一瞬のカットでとんでもないものが映る。物理学者の端くれとしては感動に感動。とにかくすごい場所だ!!)

そのような格式の佇まいに、それとは全く対照的なインドの辺境マドラスから一人の才気溢れた青年ラマヌジャンが、自らが発見した数式を理解してもらうべく数学者ハーディを訪ねてくる。しかし、神秘や魔術が当たり前の環境で育ったラマヌジャンの神秘的な直観に基づいた数学と、無神論者で直観と印象を誰よりも疑うハーディはまもなく対立し、ラマヌジャンの持ち込んだノートを証明する共同研究が立ち行かなくなってしまう。自らの数式の正当性が理解されない中、失意に沈むラマヌジャン。さらに追い討ちをかけるように愛する妻と隔てられた精神的苦痛、食文化の違いなどの要因が重なり、ついにラマヌジャンは病に伏してしまう。

実は、当時のトリニティ・カレッジには、トライポスという試験制度があり、優秀な成績を収めた学生は”ラングラー”と呼ばれた。この時代、正統な教育課程を経ていることが学識の証だった。インドの片田舎で育ったラマヌジャンには当然そのような素養はなく、奇怪な発言をするただの素人として扱われてしまったのだ。劇中で何度もラマヌジャンの名前を”ラムジン”と間違えられている場面は、彼がいかに軽薄に扱われていたか当時の時代背景を象徴的に表現しているだろう。

病床にあるラマヌジャンを見舞いながら辛抱強く研究を続けるハーディ。議論を重ねていくうちに、ハーディは自らの信念を見つめ直し、ラマヌジャンを信じるようになっていく。やがて2人は証明を完成させ、見事にラマヌジャンは英国王立アカデミーのメンバーとして迎えられることになる。

Dr.Falconの注目ポイント! 数学は心をつなぐ

ラマヌジャンは幼妻ジャーナキをマドラスに残し単身で渡英する。こうしてお互いを想う2人は遠く離れてしまう。ラマヌジャンが旅立つ前に、ジャーナキと浜辺を散歩する。そこでラマヌジャンは一握の砂を持ちながら、ジャーナキに自然界にある美しい数学の神秘について語っている。それを傍らで耳を寄せているジャーナキの姿からラマヌジャンへの愛が伝わってきた。文通が途絶えたあと、ラマヌジャンの温もりを求めて彼が過ごした寺院に走るジャーナキ。そこで彼女が残された数式に心を寄せるシーンは特に印象的だった。数学はラマヌジャンの心そのものなのだ。

https://hlo.tohotheater.jp/net/movie/TNPI3060J01.do?sakuhin_cd=013801
https://hlo.tohotheater.jp/net/movie/TNPI3060J01.do?sakuhin_cd=013801

ハーディもまた数学を通してラマヌジャンと心を通わせていく。確かにハーディは直観や印象を否定的に考え、当初はラマヌジャンの価値観を受け入れられなかった。厳密な証明がなされてこそ、数学の真理であるという信念があるからだ。しかし同時に、彼は数学が「自然界にある神秘にはすでに法則がある。我々はこの事実を発見するに過ぎない」という哲学も持ち合わせていた。ここには砂粒の1つ1つに数学を感じるラマヌジャンとの共通点があるだろう。

このように、数学が自然、物理的な距離、文化的な隔たりをつなげていくさまは心に響いた。スクリーンの向こう側にいる現代まで時空を超越して心をつないでくれたのだ。

(これは数学に限ったことではなく、科学全体にも言えることかもしれない。科学は普遍の真理を突きとめることがその存在意義である。科学が生んだ科学的事実は普遍性・恒久性を持っている。それゆえ、時代・文化・言語、あらゆる価値を超えて真に共有できるのかもしれない。)

タクシー数の逸話

ラマヌジャンとハーディには有名なエピソードがある(劇中でも扱われているので要チェック!)。ハーディはラマヌジャンを懐古してこう語っている。(Wikipedia タクシー数から)

“私は彼をパットニーの療養所に見舞ったことを覚えている。私はナンバーが1729のタクシーに乗り、その数は無味乾燥なもののように思え、それが不吉なことの前兆でないことを願っていた。しかし彼は「そんなことはありません、とても興味深い数字です。それは2通りの2つの立方数の和で表せる最小の数です」と返した。”

立法数というのは、ある自然数を3乗した数字のことであるが、1729は

1729 = 1^3 + 12^3
= 10^3 + 9^3

※a^b は「aのb乗」という記号。

このように立法数の和で2通りに表せる。1729より小さないかなる自然数も立方数の和で2通りで表すことは出来ないのだ。
このエピソードは、ラマヌジャンがいかに数学に慣れ親しんでいたのかを後世に伝えている。

最後に、劇中で心に残ったセリフを紹介しよう、ハーディの生涯の共同研究者リトルウッドのセリフだ。

“ラマヌジャンは、あらゆる正の自然数と友達なんだ”

日常に眠っている数学の神秘に、皆さんも心を通わせてみてはいかかだろうか。

参考URL : http://kiseki-sushiki.jp/about.php

参考図書: G.H.ハーディ著「ある数学者の生涯と弁明」

Writer

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Dr.Falcon新居 舜

若き理論物理学者。専門は宇宙論・重力理論。この世界の成り立ちを求める探求者であり表現者。映画やゲームなどでヴァーチャルで表現される世界観を科学的に分析するのが大好き。ブラックホールに入りたい。