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【解説レビュー】スーツから読み解く!スパイ映画『裏切りのサーカス』のキャラクターたち

“かっこいい男”と聞いてイメージするもの。車、葉巻、手入れの行き届いた靴、派手ではないものの重厚感のある時計、そしてスーツ。

今まで男らしい、ダンディなスーツが印象的な映画はたくさんありました。『ゴッドファーザー』シリーズで、アル・パチーノが演じたイタリアンマフィアのスーツの着こなし。『華麗なるギャツビー』での、ラルフ・ローレンや豊かな上流階級の人々のスーツ。「007」シリーズの、トム・フォードやブリオーニが手がけたクールなスーツ。男性から見ても女性から見ても、スーツは思わず「かっこいい」と注目してしまうポイントだと思います。

映画において、ファッションは物語に深みを持たせ、観客に作品の雰囲気を伝えるという重要な役割を果たしています。今回スポットを当てたい映画は、英国の名優が勢ぞろいしている、洗練されたスパイ映画『裏切りのサーカス』。ポール・スミスが衣装に携わったという、本作のスーツファッションを見ていきましょう(結末を明かすようなネタバレは含みません)

http://movie.sanook.com/gallery/gallery/19410/59934/
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ストーリー

『裏切りのサーカス』(原題”Tinker Tailor Soldier Spy”)の舞台は東西冷戦時代。英国諜報部“サーカス”に所属する主人公 ジョージ・スマイリー。ボスであるコントロールとともに引退した彼に下された指令は、サーカスに潜む二重スパイの正体を暴くこと。彼がたどり着いた容疑者の正体とは……。

現在と過去を行き来しながら進む構成、たくさんの登場人物、さらに“東側”“西側”といった言葉がぽんぽん出てくるために、作品を理解するには東西冷戦時代の知識も必要。かなり難解なストーリーのため、何度も観返した人も多いのではないでしょうか。

キャラクターのファッション

“サーカス”の諜報員たちをざっとご紹介しましょう。ゲイリー・オールドマン演じるジョージ・スマイリーのほか、コリン・ファース演じるビル・ヘイドン(通称“テイラー”)、トビー・ジョーンズ演じるパーシー・アレリン(“ティンカー”)、キーラン・ハインズ演じるロイ・ブランド(“ソルジャー”)、デヴィット・デンシック演じるトビー・エスタヘイス(“プアマン”)。そしてベネディクト・カンバーバッチ演じるピーター・ギラム、マーク・ストロング演じるジム・ブリドー、トム・ハーディ演じるリッキー・ター

このように男ばかり、たくさんの工作員たちが登場するわけです。ひとりひとりが「こんな人で、こんな性格で……」と説明されることはありません。その代わり、彼らの身につけているスーツがキャラクターを表現しているのです。

ゲイリー・オールドマン “スマイリー”

二重スパイを暴こううとするこの映画の主人公、スマイリー。『レオン』では「スーツが汚れたわ!」とブチ切れる狂気の麻薬捜査官スタンフィールドを演じていたゲイリー・オールドマンですが、『裏切りのサーカス』ではもちろん落ち着いた着こなしを見せています。

スマイリーは誠実で生真面目、お堅い印象の“サーカス”幹部です。そんな彼は、作品を通して地味なスーツを着ています。黒のジャケットに黒のベスト、ネクタイもえんじ色のシンプルなものなど。スマイリーの登場シーンは、比較的画面が暗いように感じられます。

スーツは抑えめのスマイリーですが、印象的なのは掛けている眼鏡。“サーカス”の幹部時代はべっ甲柄の眼鏡、引退した後は黒縁の眼鏡。レンズの下側は薄く透けたデザインと、目立たないながらも、さりげなくお洒落なポイントとなっています。

http://thefilmexperience.net/blog/2014/1/6/oscars-one-hit-wonders-or-when-bad-nominations-happen-to-goo.html
http://thefilmexperience.net/blog/2014/1/6/oscars-one-hit-wonders-or-when-bad-nominations-happen-to-goo.html

寒いイギリスには欠かせないコートですが、スマイリーが着ているのは薄ベージュのステンカラーコート。襟の内側は黒くなっていて、折り返すとちょっとしたポイントに。マフラーも落ち着いたチェック柄です。

大人のお洒落を演出しつつも、決して華美ではなく、周りに溶け込んでしまうような地味なスタイル。そして暗がりでの登場シーン。スマイリーが“本物の英国諜報員”であることを感じさせるスタイルだと思います。

https://themonsieur.com/2011/12/28/tinker-tailor-soldier-style-recreating-the-70s-spy/gary-oldman-style-tinker-tailor-soldier-spy-3/
https://themonsieur.com/2011/12/28/tinker-tailor-soldier-style-recreating-the-70s-spy/gary-oldman-style-tinker-tailor-soldier-spy-3/

コリン・ファース “テイラー”

コリン・ファースが演じる“テイラー”は、バイセクシャルという設定で、いわば物語の鍵を握る人物。

スマイリーが暗い色のスーツが多いのに対して、ビルはグレーやブラウンなど明るいスーツが多め。グレーのスーツには落ち着いた上品なブルーのネクタイ(このとき持っているカップもさりげなくブルーなんです)、濃いブラウンのスーツにはえんじ色のネクタイと暖色でまとめています。人柄の良さ、快活そうな雰囲気で“お洒落番長”といった着こなしです。

http://www.bbcamerica.com/anglophenia/2012/01/gallery-whos-who-in-tinker-tailor-soldier-spy
http://www.bbcamerica.com/anglophenia/2012/01/gallery-whos-who-in-tinker-tailor-soldier-spy

コートで印象的だったのは、ずっしりとした厚みを感じさせるキャメルのタイロッケンコート。恰幅がいいコリン・ファースにぴったりです。『英国王のスピーチ』で見せた演技や、『キングスマン』のシャキッとしてスタイリッシュな着こなしとは違ったスーツ姿を見せてくれます。

ベネディクト・カンバーバッチ “ギラム”

ドクター・ストレンジ……いやベネディクト・カンバーバッチは、“サーカス”では中堅の立ち位置。おじ様幹部たちに比べると若々しく、まだ闇の部分には染まっていない印象を受ける着こなしです。

ギラムのスーツ姿で印象的なのはネクタイ。物語の序盤から中盤にかけてはスカイブルーの鮮やかなネクタイで、地味な色合いのスマイリーと並ぶと浮いてしまうほどの明るさ。しかし謎が解かれて容疑者に迫るにつれ、彼のネクタイは暗い色合いになっていきます。ギラムが“サーカス”の一員として成熟してきたことを伺わせます。

コートもネイビーのチェスターコートなど、ブロンドの髪とマッチするスタイリング。劇中でファッションの移り変わりを一番見られるのはこのギラムでしょう。

“ティンカー”、“ソルジャー”、“プアマン”

トビー・ジョーンズ演じる“ティンカー”も、スーツの色は比較的明るめ。グレーのスーツにストライプのシャツ、チェックのネクタイです。ネクタイとハンカチの柄が違ったり、ときには黄色みのあるスーツを着るなど、どこか胡散臭そうで、頼りなさそうで、いかにも“上司にしたくないタイプ”といった印象を受けます。

http://collider.com/tinker-tailor-soldier-spy-images/
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キーラン・ヘインズ演じる“ソルジャー”。寡黙で表情も少なく、何を考えているか分からない彼はやはりスーツも地味。ペイズリー柄のネクタイは地味な色合いで、ベストやスーツも落ち着いたブラウンで統一するなど、そのクールなキャラクターが表現されています。

もともと東側の人間で、コントロールに拾われた、デヴィット・デンシック演じる“プアマン”。ほかのスパイたちがネクタイを身につける中、彼だけが蝶ネクタイです。その柄も水玉やチェック、ハンカチも柄つきと、諜報員にしてはずいぶんポップな柄使いです。何かありそうだけれど結局小者っぽい、“臆病者そう”な印象を受けるかと思います。

https://opionator.wordpress.com/2012/02/page/2/
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全体の色味、小物使い

『裏切りのサーカス』は、映像も全体的に地味なトーンで、冷たくなんだかじめっとした雰囲気。そんななか、所々にあるさし色が心に残ります。劇中で最も印象的に残る色はブルーでしょう。

http://collider.com/tinker-tailor-soldier-spy-images/
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トム・ハーディ演じるリッキーが着ているニットや、ビルが持っているカップ、ネクタイにみられる濃淡様々なブルー。男性ばかりの登場人物たちには様々な感情があります。仲間意識だったり、憎しみだったり、情だったり、愛が生まれていたり。男同士の関係や、言葉には表しがたい彼らの気持ちが色に表れている気がするのです。

ほかにもこの映画には、1970~80年代の時代を感じさせるものや、“男っぽさ”を感じさせるものでいっぱい。煙管や車、バターが塗られた薄いトーストにコーヒー、埃がたまっていそうなカーテン、重そうな机から漂う生活感のうえ、画面には登場人物たちのシワやひげもくっきりと映ります。こうしたリアルな質感ファッションのスタイリッシュさ、ふたつをまとめあげる全体の落ち着いたトーン。計算しつくされたような、贅肉のないつくりが『裏切りのサーカス』の魅力でもあるのです。

巧妙なストーリーと構成、スパイたちを彩るスーツ、そして“男の美学”を感じられる『裏切りのサーカス』。これからご覧になる方はもちろんのこと、一度観たことがある方も、次はぜひ登場人物のファッションにも注目してみてください。

Eyecatch Image: http://collider.com/tinker-tailor-soldier-spy-images/

Writer

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Moeka Kotaki

フリーライター(1995生まれ/マグル)