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巨匠マーティン・スコセッシ、『ジョーカー』プロデューサー参加をなぜ見送ったのか ─ 監督就任の可能性あった説、否定される

マーティン・スコセッシ
Photo by THE RIVER

“狂気の犯罪王子”の誕生を描いた映画『ジョーカー』には、当初、巨匠監督マーティン・スコセッシがプロデューサーを務める可能性があったとされている。『ハングオーバー』シリーズのトッド・フィリップス監督は、スコセッシの名作『タクシードライバー』(1976)や『キング・オブ・コメディ』(1982)などの影響を本作にたっぷりと詰め込んだ。映画を観た後なら、スコセッシが関与するかもしれなかったことも頷けるだろう。

しかし残念ながら、スコセッシが『ジョーカー』にプロデューサーとして就任することはなかった。代わりに本作を手がけたのは、『ディパーテッド』(2006)から最新作『アイリッシュマン』に至るまで、スコセッシの右腕として活動するエマ・ティリンジャー・コスコフだ。


このたび米ニューヨーク映画祭では、エマの口から『ジョーカー』にスコセッシが参加できなかった理由が初めて語られている。いわく、スコセッシが『ジョーカー』に関わる方針で企画が進んでいたのは事実だという。

「(『ジョーカー』を)プロデュースするというので、トッド(・フィリップス)に会いました。一緒にコーヒーを飲んで、すぐに意気投合し、友人同士になりました。マーティ(スコセッシ)が一緒に『ジョーカー』をプロデュースする予定だった頃もありました。会社としてトッドとパートナー関係を結び、提携しようとしていたんです。

ただし『アイリッシュマン』と『ローリング・サンダー』(※)の仕上げが重なって、ほかにも3つくらい企画があったので、彼は(『ジョーカー』に)参加する上で必要なだけの注意を払えなくなりました。だけど幸い、私のスケジュールは空いていたんです。『アイリッシュマン』の仕上げにはすごく長い期間がかかっていて、その作業はニューヨークでやっていましたから。だから、私はたとえ次の日でも動けたんですよ。そこでスコセッシは、気前よく私を貸し出したということです。彼はきっちりと私の許可を取ってくれました(笑)。」

(※)Netflixオリジナル映画『ローリング・サンダー・レヴュー: マーティン・スコセッシが描くボブ・ディラン伝説』(2019)

すなわちスコセッシがプロデューサーに就任しなかったのは、ただ、本人のスケジュールが許さなかったというためだったのだ。最近はマーベル映画について「映画ではない」とコメントしたことで物議を醸しているスコセッシだが、そうした本人の考えは直接関係していなかったのである。なお米The Hollywood Reporterによれば、スコセッシにプロデューサー就任が打診されたのは、ワーナーが『ジョーカー』撮影地であるニューヨークを拠点とするプロデューサーを求めていたからだという。このことは、スコセッシ&エマがニューヨークにいたことからも矛盾していない。

しかし巨匠スコセッシである、ただ「ニューヨークにいるから」というだけの理由でプロデューサー就任が打診されたとは考えづらいだろう。参加をめぐる背景には、自身の作品に最大限の敬意を払おうとしているフィリップス監督との関係性や、これまで低予算映画やインディーズ映画を支援してきたスコセッシの、映画プロデューサーとしての姿勢があったことは想像するにたやすい。

なおThe Hollywood Reporterは、スコセッシの関係者から、“フィリップス監督がアイデアをスタジオに提案する以前、スコセッシがジョーカーの単独映画を監督することを検討していた”とも伝えている。フィリップスが『ジョーカー』の企画を持ち込んだ2016年以前のことだろうか…とも思われるが、本件について、スコセッシの広報担当者は「スコセッシに『ジョーカー』を監督する気はなかった」「プロデューサーへの就任は検討した」とのみ回答し、関係者の証言を真っ向から否定している。

映画『ジョーカー』は2019年10月4日(金)より全国公開中

Sources: Film at Lincoln Center, THR

Writer

稲垣 貴俊
稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

THE RIVER編集部。「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。国内舞台作品の執筆・創作にも携わっています。ビリー・アイリッシュのライブに行きたい。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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