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『アラビアンナイト 三千年の願い』レビュー ─ ジョージ・ミラーのあまりにも純粋なラブストーリー、物語と虚構への讃歌

アラビアンナイト 三千年の願い
© 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

物語は人を救うこともあれば、時には追い詰めることもある。いずれにせよ確かなことは、ジョージ・ミラーという映画監督が、物語の力をひたむきに信じていることだ。最新作『アラビアンナイト 三千年の願い』は、物語と、それを信じる人間の想像力への讃歌である。

そもそもミラー監督の特徴は、『マッドマックス』シリーズや『ベイブ/都会へ行く』(1998)、アニメ映画『ハッピー フィート』シリーズなど、キャリアを通じて多数のジャンルを軽やかに越境してきたストーリーテラーぶり。本作は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)から7年ぶりの新作となるが、圧倒的な熱量で2時間を駆け抜けたハイテンション&エネルギッシュなアクションから一転し、知的で静か、しかしながら情熱的かつ奇想天外なラブストーリーに仕上がっている。

アラビアンナイト 三千年の願い
© 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

それにしても「物語ずくめの物語」だ。主人公のアリシア・ビニー博士は、物語論(ナラトロジー)の専門家。学会のため訪れたトルコ・イスタンブールで、美しい小瓶を買うも、ひょんなことから蓋が外れ、中から魔人のジンが現れる。驚愕するアリシアをよそに、ジンは、自分を解放してくれた礼に“3つの願い”を叶えよう、そうすれば呪いが解けて自分は自由になれるのだと説く。

やがてジンは、「これが三度目の幽閉だ」と明かしてから、最初に小瓶に封印されるまでの物語をアリシアに語り聞かせる。ジンはその後も目覚めては封印され、また目覚めては封印されて、ようやく再び瓶の外に出ることができたのだ。今度こそは、と言わんばかりに願い事を要求するジンだったが、今の生活に満足しているアリシアには願い事が思いつかない。するとジンは、瓶から見つめてきた人々の物語、そして自らが愛した女性の物語を語りはじめるのだった……。

アラビアンナイト 三千年の願い
© 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

あらすじでも明らかなように、本作はディズニー映画『アラジン』の原案としてもおなじみ「アラジンの魔法のランプ」に基づいている。これはイスラムの説話集『アラビアンナイト(千夜一夜物語)』に含まれる一篇だが、そもそも『アラビアンナイト』自体が、ペルシャの王に対して妻が夜ごと語り聞かせている物語群という形式の作品だ。すなわち、この映画は「アラジンと魔法のランプ」を題材にしつつ、大元の『アラビアンナイト』がもつ“人が物語を語り聞かせる”という構造を同時に採用しているのである。

しかも、劇中で物語を語るのはジンだけではない。物語論を専門とするアリシアもまた、なぜ自分が物語を愛するようになったのか、自分の過去に何があったのかという“物語”をジンに語って聞かせるのだ。これぞまさしく物語の応酬である。

このように「語ること」こそが核となる映画だから、もしや地味な作品ではないかと思われる向きもあるかもしれない。たしかに、ジンとアリシアがホテルの一室で物語を語り合うのが映画の中心であることは事実。上映時間1時間48分のうち、語られる物語だけで1時間以上を費やすという大胆な構成である。

アラビアンナイト 三千年の願い
© 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

しかし、演じるのがイドリス・エルバ&ティルダ・スウィントンという名優コンビだから、その“語り”の力は圧巻。劇中の物語がふたりの台詞でしか語られないことを、ともすれば忘れてしまうほどに、観客を物語の世界に引き込んでくれる。さらにミラーは、そのうえで時間と空間を超越し、すべての物語を美しく、鮮やかに描き出してゆく。

ジンが語るのは、16世紀のオスマン帝国で展開する、美しい皇子と奴隷の悲恋「ジンの忘却」。その後、皇帝兄弟をめぐる数々の愛情を小瓶の中から見つめた「2人の兄弟と大女」。才能あふれる女性に惹かれ、ジンが禁忌を犯してしまう「ゼフィールの行動の結果……」。この三篇を語り終えた頃、ジンとアリシアの関係には大きな変化が待っている。そこから先は、まだ名前も付けられていない“アリシアとジンの物語”だ。

旧約聖書の時代から近世、そして現代のイスタンブールやロンドンに至るまで、ミラーは物語の舞台となる世界を、細部まで作り込まれた美術と衣裳、ホテルの密室をもダイナミックに映し取る撮影、そして驚くべきイマジネーションによるVFXを駆使して構築した。そのこだわり抜かれた造形と独自の色彩感覚に支えられた壮大な映像美は、方向性こそ違うものの、たしかに『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で観客を荒野のまっただなかに放り込んでみせた巨匠の仕事。ジャンルが変われども揺らがない、卓越した演出力を堪能することができる。

アラビアンナイト 三千年の願い
© 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

そしてそれぞれの物語に没入するうち、ジンやアリシアによって語られる物語が、どれも“愛”についての物語であることに気付かされるだろう。男女の愛、親子の愛、人間と魔人の愛、歪んだ愛、特殊な性愛。そして、現実には存在しない物語や虚構への愛。人はそれを「妄想」と呼ぶのかもしれないが、仮に虚構であれ、自分がそれらを強く信じていればそこには愛がある。だから最後に待っている“ジンとアリシアの物語”は、とびっきり純粋なラブストーリー。そして、ジョージ・ミラーによる力強い物語讃歌だ。なんらかの物語やキャラクターに魅了されたことがあるならば、きっと共感し、そして励まされることだろう。

ちなみに興味深いのは、アリシア役のティルダ・スウィントンが、撮影を振り返って「まるで宮崎駿作品の実写版を作っているような気分だった」と語っていること。本作を「ちょっとアニメーションのようなところがある」とも語ったティルダは、『となりのトトロ』(1988)を愛する宮崎の大ファン。この観点から見ると、また違った楽しみ方もできそうだ。

アラビアンナイト 三千年の願い
© 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

もっとも、ミラーも『千と千尋の神隠し』(2001)が大好きで、過去の来日時には宮崎を「神様」と呼んでいたほど。ふたりの間には、ともに典型的な物語構造のひとつである“行きて帰りし物語”を得意とするという共通点もある。

“行きて帰りし物語”とは、物語の出発点から、どこか別の場所に向かい、また元の場所に戻ってくるというシンプルな構造の物語のこと。宮崎作品の場合、主人公が現実から異世界へ向かう際の動力源は――それが大人であれ子どもであれ――彼らの想像力であることが多い。そして本作のアリシアもまた、自身の想像力によって物語の世界に飛び込むのである。

最後に特筆しておきたいのは、本作では『マッドマックス 怒りのデス・ロード』でミラーを支えたスタッフ陣もまた、アリシアと同じくこの物語の世界にどっぷりと没入したということだ。撮影監督のジョン・シール(本作が引退作となった)、編集のマーガレット・シクセル、ヘア&メイクアップデザインのレスリー・ヴァンダーウォルト、そして音楽を手がけた“ジャンキーXL”ことトム・ホルケンボルフは揃って前作からの続投組。物語に大いなる説得力をもたらした、彼らの想像力と仕事ぶりにもまた大きな敬意を払いたい。

アラビアンナイト 三千年の願い
© 2022 KENNEDY MILLER MITCHELL TTYOL PTY LTD.

『アラビアンナイト 三千年の願い』は2023年2月23日(木・祝)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー。

※参考:The List
Suppoted by キノフィルムズ

Writer

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稲垣 貴俊Takatoshi Inagaki

「わかりやすいことはそのまま、わかりづらいことはほんの少しだけわかりやすく」を信条に、主に海外映画・ドラマについて執筆しています。THE RIVERほかウェブ媒体、劇場用プログラム、雑誌などに寄稿。国内の舞台にも携わっています。お問い合わせは inagaki@riverch.jp まで。

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