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空前のフリースタイル・ラップブーム到来!エミネム『8 Mile』(’02)ラップバトル完全解説【ラビットvsパパ・ドク】

2016年現在、テレビ番組『フリースタイル・ダンジョン』『高校生RAP選手権』の影響で、フリースタイルラップバトルの巨大なブームが起きている。そして、そこで注目されている代表的若手ラッパーたちが口々に影響を公言しているのが映画『8 Mile』(‘02)である。まだ見ていない人からすれば、主役のラビットを演じた「史上最大のセールスを記録したラッパー」、エミネムのアイドル映画として語られがちな本作だが、その実はラップバトルの世界を忠実に描いた熱血ドラマである。
ここでは、そんな『8 Mile』のクライマックスである、ラップバトル大会の決勝戦を完全解説し、2016年のフルースタイルブームにどっぷりとハマっている人々の耳にも色褪せないことを証明したい。むしろ、日本でもラップが浸透してきている今こそ、その凄さがより認識できるだろう。全てはここから始まったのだ。

 まず、ラビットは「313」という番号を連呼してオーディエンスを煽る。「313」とは舞台であるデトロイトの市外局番だ。では、どうしてこの番号が出たことでオーディエンスが盛り上がるのかというと、ヒップホップにおける「レペゼン(represent)」という価値観のためである。

ヒップホップ文化では地元愛が強調される。地元を代表(represent)して生きているという覚悟が常に試される。バトルはその覚悟のぶつけ合いだ。ここでラビットはデトロイトの観客に連帯を呼びかけることによって、自らのレペゼンを証明しているのである。

そして、同時に相手MCのパパ・ドクとその仲間たちを、デトロイトのストリートではよそ者だとディス(批判)を開始する。MCバトルとはラップ技術の勝負であると同時に、いかに相手がかわしきれないまでのディスを打ち込むかが鍵となる。しかし、そういう意味では、この時点で不利な状況にいるのはラビットの方だ。何故なら、ラビットは相手にディスられるポイントが満載だからである。

  1.  自身が白人ラッパー(黒人文化であるヒップホップでは白人を受け入れにくい風習がある)
  2. 友達がダサいやつばかり
  3. 恋人が別の男に抱かれていた
  4. 超貧乏な家族とトレーラーハウス暮らし

 しかし、ここでラビットは相手が必ず突いてくるであろうそれらのディスを、あえて自己申告的にラップしてしまうのである。これは、自虐ネタとして場を盛り上げるだけの作戦ではない。相手のラップのネタを奪った上で、同じく苦しい生活を送っているはずのオーディエンスの共感を完全に集めてしまったのだ。そして、これはラッパー・エミネムの音楽性そのものでもある。この瞬間にヒップホップファンは、エミネムが自分の不幸な生い立ちをどこまでも攻撃的な言葉でラップしてきたことを思い出す。そう、ラビットとエミネムにとっては、不幸を言葉にして吐き出すことこそが、社会に対する反撃だったのである。

それだけでは終わらない。ラビットはパパ・ドクが私立校出身で、裕福な家庭で育っていることをブチまける。ギャングスター気取りでラッパバトルに君臨してきたパパ・ドクからすれば、かなり痛い暴露だ。そして、現実世界では「勝ち組」であるはずのパパ・ドクが、ここでは敗北感を強めていく過程が面白い。

ラビットはパンチライン(決め台詞)のみならずライミング(押韻)も冴え渡っている。パパ・ドクの出身校である“Cranbrook”“Private School(私立校)”で韻を踏み、“Halfway Crook(半端な不良)”と畳み掛ける。オーディエンスが“Halfway Crook”と合唱しているのは、有名なスラングだからというだけではなく、ラビットのライミングが美しいので、自然と言葉が引き出されてしまっているのだ。

 ここで時間切れになってしまうが、ラビットの猛攻は終わらない。時間切れになってもラップを続けるのは重大な反則だが、構わずに目に映る全てをラビットは攻撃し続ける。今ではセレブリティっぽくなっているエミネムだが、当時はこんな風に誰彼構わず毒づく危険なラッパーで、人権団体や他のミュージシャンから度々批判を受けていた。

 当然、ここで何をラップしても後攻パパ・ドクの勝ちなのだが、彼は何もラップすることができない。お飾りのギャングスター・ラッパーだった彼は、言いたいことを全部ラビットに言われてしまった上、会場は完全にラビットの味方だ。収まらないオーディエンスの「ワック(Wack=つまらない奴)」の大合唱。パパ・ドクは無言でマイクを置き、ラビットの勝利が決まる。

 今観ても、エミネムのラップスキルは凄まじく、この決勝戦における彼の説得力は文句のつけようがない。『キャプテン翼』が数多のサッカー少年を生み出し、『スラムダンク』が数多のバスケ少年を生み出したように、『8 Mile』は数多のラッパーを生み出した。その価値はあまりにも偉大である。

Writer

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石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。

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