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【解説】丁寧にコツコツと ― 『ダウンサイズ』秀才監督、アレクサンダー・ペインの仕事を振り返る

ダウンサイズ
(C) 2017 Paramount Pictures. All rights reserved.

マット・デイモンの主演映画『ダウンサイズ』が2018年3月2日に日本公開されました。

この作品の監督・脚本を務めるアレクサンダー・ペインはアカデミー脚色賞最多受賞者のひとり(2018年2月時点)であり、アカデミー賞に3部門で7回ノミネートされている現代最高のフィルムメーカーの一人です。最新作の公開を記念して、本稿では彼の作品やその作風、特徴を確かめていくことにしましょう。

ダウンサイズ
(C) 2017 Paramount Pictures. All rights reserved.

オーソドックスな脚色、その丁寧な仕事ぶり

アレクサンダー・ペインという映画作家を語るうえでまず外せないのが、彼が監督であると同時に優れた脚本家だということでしょう。ペインはアカデミー賞の脚色賞を2度受賞しており、彼の作品は常にその脚本に注目が集まります。

ペインという脚本家を評するのであれば、筆者は「秀才」という言葉が最もふさわしく思います。彼の作品は常に小規模なドラマであり、驚くような展開やスペクタクルはありません。群像劇的な要素が極めて薄い、主人公のはっきりとした典型的なキャラクター主導の物語で、全ての作品がスッキリとした結末を迎える正統派の人間ドラマなのです。
たとえば『アバウト・シュミット』(2002)は保険会社を定年退職した老年の男が自らの生き方を省みる物語。『ファミリー・ツリー』(2011)は妻が昏睡状態となった中年男が、妻の浮気相手に会いに行く過程で、疎遠気味だった娘たちの存在に改めて気づかされる物語。『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2013)はインチキ通知文を信じ込んで賞金を取りに行く旅に出た親子の絆の物語です。
ペインの紡ぎだす物語は基本的にはハッピーエンドであり、エンディングに向かって落ち着くべきところに落ち着く、緩やかな起承転結をもった教科書的な物語の構成といえるでしょう。それ故に彼の映画はエンディングがどうなるか予想がしやすく、「ああ、そう終わるのか」という、ある種予定調和的なものでもあります。その「予定調和」が極めて高いレベルで成り立っている、そういう意味でも彼の書くシナリオは「教科書的」と言えるのです。ともすれば面白味のない、退屈な代物に思われるかもしれませんが、彼の脚本には細部まで神経の行き届いた丁寧な仕事が積み重ねられており、脚本を書く人間がお手本にすべきものだと思います。

筆者がペインの脚本で最も素晴らしいと思う点は、その内容ももちろんのこと、「極力映像のみで説明が足りるようにする」という、映像作品のシナリオを書く上での基本を忠実に守っているところです。

ここで、彼の出世作となった『アバウト・シュミット』を見てみましょう。同作は小説を原作として脚色を施したものですが、何気ない部分に「映像のみで説明する」知恵が詰まっています。

作品の中盤、ジャック・ニコルソン演じるシュミット氏が亡くなった妻のクローゼットを所在なく探っている場面があります。妻の靴箱を何気なく順々に開けていくうちに、シュミット氏はその中から大量の手紙を発見し読み始めます。シュミット氏の表情で察せられると思いますが、一連のシークエンスが続いたあと、彼は妻の服や靴を勢いよく箱に詰めると車を走らせ、それらをリサイクルセンターの前に乱暴に放り出すと、親友のレイを待ち伏せします。そう、妻は親友のレイと浮気をしていたのです。
これらは何気ない描写の連続ですが、セリフもナレーションもなく、視覚情報だけで何が起きたかわかるように処理されています。

映画は映像の表現であり、すべてがセリフで説明されるシェイクスピア劇のようにはいきません。セリフが必要な部分とセリフを極力排除するべき部分があり、ペインの脚本はその配分が絶妙なバランスで成り立っています。そんなのは当たり前だと思う方もいらっしゃると思いますが、その「当たり前」を「認識する」のと「実行できる」のは別問題です。特に視覚情報のみで何かを説明するのは、言葉で説明するよりもずっと大変な作業でしょう。
ペインの脚本は、こういった基本に忠実で丁寧な作業の積み重ねであり、それが脚本家としてのペインが高く評価される理由のひとつだと筆者は考えています。

簡素な演出スタイル、際立つ「素材」の味わい

たとえば映画評を見てみると、「よく練られた脚本」「素晴らしい演技」という言葉が躍ることがしばしばあります。確かにどちらも大事だとは思いますが、映画は約2時間にも及ぶ動画の連続であり、脚本と演技だけでは成り立ちません。これこそ、似た表現分野でも演劇とは大きく異なる点です。

音楽なし、照明は地明かり(ボーダーライトだけの明かり。照明プランで基準とする)のみ、舞台美術なしの素舞台でも演劇は成り立ちますし、実際にピーター・ブルックという演出家はこの最小構成の舞台を好んで使っています。
演劇は一旦上演が始まると待ったなしの一発勝負となり、ごまかしが利きません。照明や音響、舞台美術に凝ったとしても、演劇には舞台という物理的制約がかかるため、脚本と演技に頼る部分がどうしても大きくなるでしょう。

それに対して映画は、誤解を恐れずに言えば「ごまかしが利く」表現分野です。演技は一発勝負ではなく、時間の許す限りやり直しが利きますし、物理的制約もありません。CGの発展以降、視覚化不可能なものはおおよそなくなり、予算と時間が許す限りいくらでもこだわれるようになりました。

ただし、それほど技術の進歩した21世紀にあってもペインはとことんアナログな映画作家です。彼の作品は現実との地続き感が強いものが多く、極めて日常的なスケールに収まっています。そして、演出スタイルも極めて簡素なのです。
ペインの映画は全編のほとんどがフィックス(三脚をカメラに固定して撮るショット)です。パンニング(三脚の首を振る撮影法)すら使わず、ごく部分的に特殊機材を使う程度で、極端にカットを短く割るようなこともせず、しかし極端に長くするわけでもない、まるで自主映画すら思わせるほど控えめな演出をします。

そのような極めて味付けの薄い演出であるために、彼の作品では「素材」が目立つことになります。
前述の通りペインの映画は群像劇的な要素が薄いため、否が応でも主人公に視線が集中します。時には誰が主演で誰が助演なのか判然としないような映画もありますが、ペインの映画はそうではありません。『アバウト・シュミット』の主演俳優は明らかにジャック・ニコルソンですし、『ファミリー・ツリー』はジョージ・クルーニー、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』はブルース・ダーンがそうなのです。
明確に視線が集中しやすいキャラクターをシンプルな演出で役者に演じさせると、「演技」と「脚本」が目立ちます。ペインの脚本はセリフのセンスも素晴らしく、「シナリオに書かれたセリフ」と「役者の演技」という素材の良さが際立つことになるのです。

あえて料理に例えるなら、ペインの映画は「寿司」のようなものかもしれません。寿司は魚とシャリを握っただけの簡素な料理ですが、一流の職人は素材を活かすために様々な下準備を行っていると聞きます。握るときの加減やシャリの炊き具合、魚を昆布〆にするなど、職人の握った寿司は一見しただけではわからない工夫が凝らされています。
ペインの演出もまた一流の寿司職人に通じるものがあるでしょう。彼の演出は一見すると何でもないフィックスカットの連続ですが、その「何でもないフィックス」には彼なりのこだわりがあり、それが画面に深みを与えているに違いありません。


2017年の賞レースをにぎわせた『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2016)を見て、筆者は「ペインの作品に似ている」と感じました。ケネス・ロナーガンの演出はペインと同じようなフィックス主体の簡素な演出で、素材の良し悪しが目立つ味付けの薄い演出だったのです。同作も主人公のはっきりした群像劇的要素の薄い正統派のドラマで、ロナーガンもペインと同じく脚本家としても評価されている存在です。また、同作からは小津安二郎の映画も連想しました。小津作品もまた簡素な演出で、小規模なスケールのドラマであり、実際にペインは小津作品のファンだといわれています。

しかし、類似点も多いですが、ペインにはロナーガンとも小津とも違う明確な個性があります。
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』がとことんシリアスだったのに対し、ペインの作品はシリアスな中にも常にユーモアが漂っています。小津はテンポを犠牲にしても情緒を優先する、ある種の特殊な美意識を持っていましたが、徹底的に中庸を行くペインにそのような極端さはありません。ゆったりとしたテンポも一定の範囲に収まっており、そういう意味でも彼は「秀才」といえるのかもしれません。

もちろん、誰も見たことのない映画を撮る天才は魅力的です。しかし、ペインのようにコツコツと丁寧な仕事をする「秀才」映画監督もまた得難いものではないでしょうか。

アレクサンダー・ペインの最新作、映画『ダウンサイズ』は2018年3月2日より全国の映画館にて公開中です。

(C) 2017 Paramount Pictures. All rights reserved.

Writer

ニコ・トスカーニ
ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フリーエンジニア兼任のウェイブライターです。本職の傍ら映像制作にかかわっています。
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