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【ネタバレ解説】『アナと世界の終わり』が描く黙示録とは ─ なぜ◯◯が残らないのか

アナと世界の終わり
© 2017 ANNA AND THE APOCALYPSE LTD.

この記事には、『アナと世界の終わり』のネタバレが含まれています。

観客が本作で抱くモヤモヤ

過去の映画で、ソンビとは現代社会のメタファーだった。ジャンルの原典となった『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)にせよ『ゾンビ』(1978)にせよ、生ける屍とは現代人の姿そのものだった。「他人を食い物にする」ことだけを行動原理にして、決められたパターンをなぞるだけの存在。それは、物質主義に染まりきった人類の成れの果てである。しかし、ゾンビがジャンル化し、ポップなアイコンとなった後では、彼らはある意味で「歓迎される客」に変わった。彼らは事件であり、特別さの象徴である。アナたちとゾンビの、どこか緊迫感を欠いた距離感は非常に現代的だ。

アナと世界の終わり
© 2017 ANNA AND THE APOCALYPSE LTD.

代表的なキャラクターがニック(ベン・ウィギンズ)だろう。体育会系グループのリーダー格であるニックは、積極的にジョンやステフをイジメてきた。彼はゾンビだらけの世界でもひるむことがない。仲間たちとバットを振るい、ゾンビたちをゲーム感覚で蹴散らしていく。「俺は戦場の兵士だ」と歌いながら。

ジョンはアナに聞く。「あんなのが好きなの?」そう、アナはニックのことを悪からず思っている。友人たちにちょっかいを出し、下品なことばかり言っているナルシスト。それでも、アナはニックに惹かれていた。まず、観客が最初に抱くモヤモヤはここだろう。

そして、後半、アナが大切にしている人々はことごとくゾンビの餌食になっていく。ジョンはアナをかばってソンビの大群に突撃していった。アナが救い出そうとした父親も、目の前でゾンビに噛まれてしまった。『アナと世界の終わり』は、観客が感情移入できたキャラクターに限ってフェイドアウトしていく。これが第2のモヤモヤだ。

原題は『アナと黙示録』

どうしてアナはニックに惹かれるのか?どうして善良なキャラクターが物語から締め出されていくのか?『アナと世界の終わり』を理解するには、この2点をクリアしなければいけない。

では、分析に入ろう。本作の原題は“Anna and the Apocalypse”。「アナと黙示録」といったところか。キリスト教圏における「黙示録」とはつまり、「ヨハネの黙示録」を指すことが多い。七人の天使がラッパを吹くとともに大災害が起こり、世界が崩壊するという預言書だ。いわゆる「最後の審判」である。そういう意味では「世界の終わり」という邦題もかけ離れてはいない。ただ、「約束された終焉」とのニュアンスが原題に込められていることを忘れずにおきたい。

そして、タイトルの通り、本作ではアナと関係のある人間だけが生存しているように見える。まるで、彼女の周辺以外に世界などなかったかのように。何も、「実はアナが世界の神だった」といった解釈をしたいわけではない。ここで言いたいのは、『アナと世界の終わり』の本質はモンスター映画ではなく、1人の少女の心情を丁寧に演出したドラマなのではないかということだ。本作は、アナに訪れてしまった自身の「世界の終わり」をゾンビ映画として描いているに過ぎない。

アナと世界の終わり
© 2017 ANNA AND THE APOCALYPSE LTD.

誰もが別離を経験して大人になる

アナの世界は誰が守ってくれたのだろう。それは、家族である。誰よりもアナを愛しているトニーはアナを危険から遠ざけてくれる。さらに、ジョンだ。幼なじみはいつでもアナの味方だ。彼はアナに片思いをしていているのに受け入れられない。それでも、彼女を大切に思う気持ちは変わらない。しかし言うまでもなく、彼らは一生アナのそばにいられるわけではないのである。アナたちは“Human Voice”で「人間の声が聞きたい。抱きしめられる何かが必要」と歌う。そんな願いが無条件で聞き入れられるのは、大人の庇護下にあった子供の頃だけだ。

そして、アナ自身の気持ちも、彼女の世界を揺るがせていく。性格の悪いニックより、ジョンと一緒にいたほうが幸せになれるはずだ。分かっていても、恋愛感情をコントロールなどできない。ニックとの関係がこじれた結果、アナは「この町を出て行きたい」と思うようになる。彼女を成長させてくれたのは、家族や幼なじみの温もりではなかった。傷心と好奇心だったのだ。

アナにとって、トニーとジョンは守護天使のような存在である。しかし、誰かに守られているだけの人生では、新しい挑戦ができないままだろう。ちょうど、田舎町のどんよりとした空気のまま過ぎていく毎日のように。『アナと世界の終わり』がモヤモヤするのは、誰もが愛しく感じられる人々との別れが待っているからである。

とはいえ、人生とはそういうものだ。大切な人との別れは「最後の審判」のように突然やって来る。いつまでも子供のままでなどいられない。『アナと世界の終わり』は、ポップなミュージカルのスタイルを借りて、誰もが経験した(する)別離を表現している。それは、“Turning My Life Around”のような希望と、“Human Voice”のような不安を同時にはらんでいるだろう。

映画『アナと世界の終わり』公式サイト:http://anaseka-movie.jp/

Writer

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石塚 就一就一 石塚

京都在住、農業兼映画ライター。他、映画芸術誌、SPOTTED701誌などで執筆経験アリ。京都で映画のイベントに関わりつつ、執筆業と京野菜作りに勤しんでいます。