新作『オリエント急行殺人事件』を観る前後に!映画監督ケネス・ブラナーが贈る、深遠なるシェイクスピア作品の世界

2017年12月8日公開、豪華オールスターキャストで話題の『オリエント急行殺人事件』。この映画はビッグバジェットの大作で、ジョニー・デップ、ミシェル・ファイファー、ペネロペ・クルス、ジュディ・デンチなどの豪華キャストがこぞって出演しています。
注目度の高い作品だけあって、各方面で豪華キャストについて触れた文章を読むことがありますが、不思議と監督であるケネス・ブラナーについてはあまり触れられていません。
本記事では『オリエント急行殺人事件』を機に、映画監督ケネス・ブラナーの凄さ、主に彼が初期に手掛けたシェイクスピア作品についてご紹介していきます。
ケネス・ブラナーについて
名門劇団ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで経験を積み、その後は自らの劇団ルネサンス・シアター・カンパニーを率いて
数多くのシェイクスピア作品を上演してきた彼は、とりわけシェイクスピア作品のエキスパートであり、映画でもその手腕を発揮しています。
ブラナーは監督・主演を兼任した『ヘンリー五世』(1989)で映画監督デビューを飾り、さっそくアカデミー賞の監督賞および主演男優賞にノミネート。ここから数年のキャリアで、彼はさらに優れた2本のシェイクスピアの映像化作品を世に送り出します。
本稿で取り上げるのは、シェイクスピアへの入門編として最適であり、よりディープな魅力に染まる入り口にもなる2本でしょう。『から騒ぎ』(1993)と『ハムレット』(1996)は、それぞれ真逆の方向性による、シェイクスピアの映像化の理想と言える作品です。
入門編に最高な『から騒ぎ』
「最初にシェイクスピア原作の映画を見るなら何がいいか」と問われたら、私はフランコ・ゼフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』(1968)かブラナーの『から騒ぎ』の名前を挙げます。どちらか片方を選ぶよう強いられたら、私は迷うことなくこの『から騒ぎ』をお薦めします。
なぜならブラナー版の『から騒ぎ』は、シェイクスピア=古典=小難しいという固定観念を完膚なきまでに打ち砕いてくれるとても楽しい映画だからです。
古典文学作品を見ていて「堅苦しい」「退屈」と感じる典型的な理由はいくつかありますが、この映画にはその「堅苦しくて退屈」な要素がほとんど存在しません。
まずはその内容です。シェイクスピアの代表作といえば、悲劇の大傑作『ハムレット』か『ロミオとジュリエット』のどちらかになると思います。前者はシェイクスピア円熟期の傑作であり、壮大で重厚。後者は比較的初期の作品ですが、多くの方がご存知の通り悲劇的な結末を迎えます。それに対して、『から騒ぎ』はどこまでも陽気で楽しい作品です。
『から騒ぎ』で主に描かれるのは2組のカップルのロマンスで、全編が陽気な作品となっています。シェイクスピアは魅力的な悪役を数多く創造した作家であり、『から騒ぎ』にもドン・ジョンという悪役が出てきますが、その存在感は『オセロー』のイアーゴや『ヴェニスの商人』のシャイロックに比べるとずいぶん希薄で、そのせいか陰鬱な要素が極めて薄い仕上がりになっています。
また道化役のドグベリー(マイケル・キートン)は印象深く、またベネディック(ブラナーが兼任)とベアトリス(エマ・トンプソン)の丁々発止のやり取りも全編にわたって強い存在感を放っています。当時夫婦だったブラナーとトンプソンのやり取りは、とりわけ画面に微笑ましい彩を添えています。
また、後期の作品や歴史劇とは違い、『から騒ぎ』は非常にコンパクトな作りになっています。シェイクスピアに限らず古典演劇には必要以上にくどい言い回しや過剰な説明(後述)があるのですが、ブラナーはあえてこれらをカットしない演出家です。それゆえ『ハムレット』などは4時間を超える超大作になっているのですが、『から騒ぎ』は原作通りに映画化した本作でも111分というコンパクトな上映時間に収まっています。
映画であれ舞台であれ、あまりに長いランニングタイムは観客を委縮させるものですが、111分は人間の集中力を考えても程よい長さです。そういった意味でも本作は入門編として大変お薦めです。