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新作『オリエント急行殺人事件』を観る前後に!映画監督ケネス・ブラナーが贈る、深遠なるシェイクスピア作品の世界

オリエント急行殺人事件
©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

2017年12月8日公開、豪華オールスターキャストで話題の『オリエント急行殺人事件』。この映画はビッグバジェットの大作で、ジョニー・デップ、ミシェル・ファイファー、ペネロペ・クルス、ジュディ・デンチなどの豪華キャストがこぞって出演しています。
注目度の高い作品だけあって、各方面で豪華キャストについて触れた文章を読むことがありますが、不思議と監督であるケネス・ブラナーについてはあまり触れられていません。

本記事では『オリエント急行殺人事件』を機に、映画監督ケネス・ブラナーの凄さ、主に彼が初期に手掛けたシェイクスピア作品についてご紹介していきます。


ケネス・ブラナーについて

ケネス・ブラナー
Photo by Melinda Seckington ( https://www.flickr.com/photos/mseckington/5632432947/ )

ケネス・ブラナーは1960年生まれ、北部アイルランドの出身。舞台でキャリアを築いてから映画に進出し、渋い文芸作品から『マイティ・ソー』(2011)のようなハリウッドの大作まで様々なジャンルで良質な仕事をしてきた映画監督、俳優です。
名門劇団ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーで経験を積み、その後は自らの劇団ルネサンス・シアター・カンパニーを率いて
数多くのシェイクスピア作品を上演してきた彼は、とりわけシェイクスピア作品のエキスパートであり、映画でもその手腕を発揮しています。

ブラナーは監督・主演を兼任した『ヘンリー五世』(1989)で映画監督デビューを飾り、さっそくアカデミー賞の監督賞および主演男優賞にノミネート。ここから数年のキャリアで、彼はさらに優れた2本のシェイクスピアの映像化作品を世に送り出します。
本稿で取り上げるのは、シェイクスピアへの入門編として最適であり、よりディープな魅力に染まる入り口にもなる2本でしょう。『から騒ぎ』(1993)『ハムレット』(1996)は、それぞれ真逆の方向性による、シェイクスピアの映像化の理想と言える作品です。

入門編に最高な『から騒ぎ』

「最初にシェイクスピア原作の映画を見るなら何がいいか」と問われたら、私はフランコ・ゼフィレッリ監督の『ロミオとジュリエット』(1968)かブラナーの『から騒ぎ』の名前を挙げます。どちらか片方を選ぶよう強いられたら、私は迷うことなくこの『から騒ぎ』をお薦めします
なぜならブラナー版の『から騒ぎ』は、シェイクスピア=古典=小難しいという固定観念を完膚なきまでに打ち砕いてくれるとても楽しい映画だからです。

古典文学作品を見ていて「堅苦しい」「退屈」と感じる典型的な理由はいくつかありますが、この映画にはその「堅苦しくて退屈」な要素がほとんど存在しません。

まずはその内容です。シェイクスピアの代表作といえば、悲劇の大傑作『ハムレット』か『ロミオとジュリエット』のどちらかになると思います。前者はシェイクスピア円熟期の傑作であり、壮大で重厚。後者は比較的初期の作品ですが、多くの方がご存知の通り悲劇的な結末を迎えます。それに対して、『から騒ぎ』はどこまでも陽気で楽しい作品です。
『から騒ぎ』で主に描かれるのは2組のカップルのロマンスで、全編が陽気な作品となっています。シェイクスピアは魅力的な悪役を数多く創造した作家であり、『から騒ぎ』にもドン・ジョンという悪役が出てきますが、その存在感は『オセロー』のイアーゴや『ヴェニスの商人』のシャイロックに比べるとずいぶん希薄で、そのせいか陰鬱な要素が極めて薄い仕上がりになっています。
また道化役のドグベリー(マイケル・キートン)は印象深く、またベネディック(ブラナーが兼任)とベアトリス(エマ・トンプソン)の丁々発止のやり取りも全編にわたって強い存在感を放っています。当時夫婦だったブラナーとトンプソンのやり取りは、とりわけ画面に微笑ましい彩を添えています。

また、後期の作品や歴史劇とは違い、『から騒ぎ』は非常にコンパクトな作りになっています。シェイクスピアに限らず古典演劇には必要以上にくどい言い回しや過剰な説明(後述)があるのですが、ブラナーはあえてこれらをカットしない演出家です。それゆえ『ハムレット』などは4時間を超える超大作になっているのですが、『から騒ぎ』は原作通りに映画化した本作でも111分というコンパクトな上映時間に収まっています。
映画であれ舞台であれ、あまりに長いランニングタイムは観客を委縮させるものですが、111分は人間の集中力を考えても程よい長さです。そういった意味でも本作は入門編として大変お薦めです。

そして映像という媒体にするうえで、ブラナーはサービス精神をたっぷりと発揮して「視覚」という直感的、感覚的な側面からも見やすい作品づくりを心掛けています。ブラナーはヨーロッパの映画監督には珍しく、明るい色遣いを好む人だといえるでしょう。
『から騒ぎ』はイタリアでロケが行われたそうですが、南ヨーロッパらしい明るいロケーションもさることながら、全編にわたって暖色が基調となっており、画面から常に陽の気配が漂っています(たとえば、同じく英国の監督であるケン・ローチならばこのようなアプローチにはならなかったでしょう)。

また、舞台劇は映画のシナリオに比べるとセリフの量が非常に多く、そのまま映像化すると「人物が出てきて、動いて、話して、おしまい」という映像としては味気の無いものになりかねません。かつてシェイクスピア作品の権威だったローレンス・オリヴィエが採ったのはそのアプローチで、彼は多くのシェイクスピア作品を自らの監督・主演で映画化していますが、それらはまさに一般的な「堅苦しくて小難しい」イメージそのものです。
対して、ブラナーの撮るシェイクスピア映画は動きが多く、躍動的で目にも鮮やか。たとえば『から騒ぎ』の冒頭部分を見てみましょう。戦いから凱旋したドン・ペドロ(デンゼル・ワシントン)の一行をはじめとした主要な登場人物たちが、集まってただ会話をしているだけです。ただしブラナーは、この場面も適度にカットを割ってリズムを作り、セリフの無いモブのキャラクターたちを動かすことで画面自体にも動きをつけています。
私見ですが、舞台出身の演出家(たとえば古くだとエリア・カザンなど)が映画を演出すると、ワンカットを長めにとり、人物をあまり動かさずに表情の切り返しで見せるなど、保守的な演出を好む傾向にあるように思います。しかしブラナーのシェイクスピア映画には、映画にあるべきテンポや動きがあり、生理的に見やすくわかりやすい。そのサービス精神を感じさせる楽しさがあります。

このように内容面でも映像面でも、『から騒ぎ』は古典の堅苦しさと無縁の楽しい映画であり、入門編に最適でしょう。

よりディープなシェイクスピアの世界へ『ハムレット』

もしも『から騒ぎ』でシェイクスピアに興味を持ってもらえたのならば、よりディープなシェイクスピア作品の魅力を知っていただきたいと思います。その入り口として最適なのが、ブラナーによる『ハムレット』です

『ハムレット』はシェイクスピア円熟期の傑作で、長大荘厳で重厚、覚悟なしでは取り組むことのできない作品です。それならば「原作を読めばいいではないか」という意見が出そうなところですが、私はそれをお勧めしません。なぜかというと『ハムレット』は戯曲であり、それ自体で完結した文学作品ではないからです。
小説はそれ自体で完結したものですが、戯曲は芝居を作るうえでの設計図のようなものです。私が知己を得たある演出家は、「たとえシェイクスピアが書いたホンでも上演しなければただの紙屑だ」と述べていました。肉体を持った俳優が演じ、演出家が演出することで初めて完成するのが戯曲なのでしょう。ただし舞台は見るのにハードルが高い、値段も高い。そこで私は映画をお勧めします。
映画は観客と俳優の間にカメラとマイクと編集室が挟まりはしますが、もともと人間が演じる予定で書かれたものを形にするという意味では舞台も映画も同じであり、優れた舞台や優れた映画は、その戯曲の魅力を浮き彫りにしてくれます

ブラナーの『ハムレット』はその荘厳長大な『ハムレット』の完全な映画化です。文字通り、「カットしていない」という意味の「完全な映画化」なのです。

シェイクスピアをはじめとした古典の作品には、前述のとおりくどい言い回しや過剰説明が含まれます。なぜそうなってしまうのか、その理由のひとつとして挙げられるのは「テクノロジーの不足」でしょう。
シェイクスピアが活躍した16世紀から17世紀初頭、現代の劇場のような照明はありませんでした。劇場は日の光が届く屋外劇場で、上演できるのは昼間だけに限られていたのです。現代ならば、夕日を説明する時にはオレンジ系のフィルターを照明に仕込み、カラスの鳴き声の効果音を足すことで事足ります。しかしそのようなテクノロジーが一切なかった時代、すべての状況説明はセリフでせざるを得ませんでした。
そのためシェイクスピアをはじめ、古典演劇のセリフは現代の感覚でいえば過剰なほどの説明を含んでおり、そのまま演じるとくどいことこの上ないのです。

ところが、シェイクスピアはその説明台詞一つとっても非凡でした。劇作家であり、詩人としても活躍した彼は詩的な表現にも長けていたのです。下記は代表作のひとつ、『ロミオとジュリエット』の一節です。

“Night’s candles are burnt out, and jocund day. Stands tiptoe on the misty mountain tops.”
夜のロウソクは燃え尽きた。楽し気な朝の光が靄にけぶる山の頂でつま先立ちしている。

『ロミオとジュリエット』第3幕5場(出典:PlayShakespeare.com/翻訳は既存訳を参考にした筆者訳)

 

要するに「朝が来た」と言っているだけなのですが、「朝が来た」ことを無機質なただの説明ではなく詩的な表現として結実させているのです。
円熟期の傑作である『ハムレット』はこのような詩的な表現の宝庫です。主演を兼任するブラナーは俳優としてもシェイクスピアのエキスパートであり、その演技は見事なものです。シェイクスピアのセリフは韻を踏む一種の詩の形式を採用しているため、声に出して読むと実に典雅で壮麗な響きがします。ツボを心得たブラナーの朗々としたセリフ回しはまるで妙なる調べのようで、セリフが持つ魅力をとことん味わうことができるでしょう。

またブラナーは、内容面にもカットを加えていません。『ハムレット』はデンマークを舞台にした戯曲で、そのメインストーリーは父を殺されたデンマーク王子ハムレットの復讐です。そのサブプロットには隣国ノルウェーがデンマークに侵攻してくるというものがあるのですが、こちらはしばしば削除されることがあります。映画作品では、オリヴィエが監督・主演した『ハムレット』(1948)とゼフィレッリ監督の『ハムレット』(1990)でこのサブプロットがカットされているのです。
この「隣国による侵攻」という要素は、『ハムレット』でさらなるスケール感を演出することにつながります。そもそも『ハムレット』は主人公ハムレットの苦悩の物語ですが、ハムレットは一国の王子であり、彼の動向は一国の行く末を左右することになり、そこに隣国ノルウェーによる侵攻という要素が加わることで物語に厚みが生まれるのです。
このことを、ブラナーは十分に心得ているといえるでしょう。原作の第4幕第4場にあたる場面で、ハムレットはポーランド領へと進行するフォーティンブラス率いるノルウェー軍の姿を見て、その勇猛な姿に心を動かされ、改めて復讐を決意します。原作でノルウェー軍の様子はハムレットのセリフで説明されるだけですが、映画では侵攻する大軍がダイナミックに視覚化され、そこに朗々と響き渡るブラナーのセリフが重なります。映像と詩的なセリフの表現を重ねた壮大な演出には、ブラナーによる野心的な演出意図が感じられます。

ただし「カットしない」方針は、ブラナー版の『ハムレット』を見づらいものにもしています。
まず、単純にこの映画はとても長いです。上映時間は242分、少々信じがたいレベルの長さです。ほとんど原作をカットしていないため、とにかくセリフが長く、主人公ハムレットの独白が多いためにブラナー演じるハムレットが延々と一人で話し続ける場面が複数あります。容易に想像がつくかと思われますが、人物が延々と一人で話し続ける様子は生理的に辛いところがあります。

ところがブラナー版の『ハムレット』は、その生理的な辛さを我慢する価値がある作品です。のちにマーベル映画を手がけるブラナーだけあって、前述のようにその映像表現にはサービス精神が感じられ、常に何かが動き続けているような躍動的な仕上がりになっています。少なくともブラナーのバージョンほど「映画」らしい『ハムレット』を私は知りません。


私事ながら、私は大学院まで英文学を先行し、学生時代は演劇に精を出すちょっとしたシェイクスピアおたくだったのですが、そのきっかけを作ったのがブラナーの映画でした。
それゆえに、新作『オリエント急行殺人事件』をはじめとした、ビッグバジェットの話題性の高い作品でその名前が挙がることを非常に嬉しく思います。同作は本稿執筆時点で未見ですが、原作はイギリスの古典的名作であり、時代も毛色もシェイクスピアとはまったく異なりますが、ブラナーの得意分野です。きっと今回も良質な仕事をしていることでしょう。

[参考文献]
戸所宏之『はじめてのシェイクスピア 英文学の最高峰を楽しむ』PHP研究所 2003

Eyecatch Image: ©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

Writer

ニコ・トスカーニ
ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フリーエンジニア兼任のウェイブライター。日曜映画脚本家・製作者。 脚本・制作参加作品『11月19日』が2019年5月11日から一週間限定のレイトショーで公開されます(於・池袋シネマロサ) 予告編 → https://www.youtube.com/watch?v=12zc4pRpkaM 映画ホームページ → https://sorekara.wixsite.com/nov19?fbclid=IwAR3Rphij0tKB1-Mzqyeq8ibNcBm-PBN-lP5Pg9LV2wllIFksVo8Qycasyas  何かあれば(何がかわかりませんが)こちらへどうぞ → scriptum8412■gmail.com  (■を@に変えてください)

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