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新作『オリエント急行殺人事件』を観る前後に!映画監督ケネス・ブラナーが贈る、深遠なるシェイクスピア作品の世界

オリエント急行殺人事件
©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

そして映像という媒体にするうえで、ブラナーはサービス精神をたっぷりと発揮して「視覚」という直感的、感覚的な側面からも見やすい作品づくりを心掛けています。ブラナーはヨーロッパの映画監督には珍しく、明るい色遣いを好む人だといえるでしょう。
『から騒ぎ』はイタリアでロケが行われたそうですが、南ヨーロッパらしい明るいロケーションもさることながら、全編にわたって暖色が基調となっており、画面から常に陽の気配が漂っています(たとえば、同じく英国の監督であるケン・ローチならばこのようなアプローチにはならなかったでしょう)。

また、舞台劇は映画のシナリオに比べるとセリフの量が非常に多く、そのまま映像化すると「人物が出てきて、動いて、話して、おしまい」という映像としては味気の無いものになりかねません。かつてシェイクスピア作品の権威だったローレンス・オリヴィエが採ったのはそのアプローチで、彼は多くのシェイクスピア作品を自らの監督・主演で映画化していますが、それらはまさに一般的な「堅苦しくて小難しい」イメージそのものです。
対して、ブラナーの撮るシェイクスピア映画は動きが多く、躍動的で目にも鮮やか。たとえば『から騒ぎ』の冒頭部分を見てみましょう。戦いから凱旋したドン・ペドロ(デンゼル・ワシントン)の一行をはじめとした主要な登場人物たちが、集まってただ会話をしているだけです。ただしブラナーは、この場面も適度にカットを割ってリズムを作り、セリフの無いモブのキャラクターたちを動かすことで画面自体にも動きをつけています。
私見ですが、舞台出身の演出家(たとえば古くだとエリア・カザンなど)が映画を演出すると、ワンカットを長めにとり、人物をあまり動かさずに表情の切り返しで見せるなど、保守的な演出を好む傾向にあるように思います。しかしブラナーのシェイクスピア映画には、映画にあるべきテンポや動きがあり、生理的に見やすくわかりやすい。そのサービス精神を感じさせる楽しさがあります。

このように内容面でも映像面でも、『から騒ぎ』は古典の堅苦しさと無縁の楽しい映画であり、入門編に最適でしょう。

よりディープなシェイクスピアの世界へ『ハムレット』

もしも『から騒ぎ』でシェイクスピアに興味を持ってもらえたのならば、よりディープなシェイクスピア作品の魅力を知っていただきたいと思います。その入り口として最適なのが、ブラナーによる『ハムレット』です

『ハムレット』はシェイクスピア円熟期の傑作で、長大荘厳で重厚、覚悟なしでは取り組むことのできない作品です。それならば「原作を読めばいいではないか」という意見が出そうなところですが、私はそれをお勧めしません。なぜかというと『ハムレット』は戯曲であり、それ自体で完結した文学作品ではないからです。
小説はそれ自体で完結したものですが、戯曲は芝居を作るうえでの設計図のようなものです。私が知己を得たある演出家は、「たとえシェイクスピアが書いたホンでも上演しなければただの紙屑だ」と述べていました。肉体を持った俳優が演じ、演出家が演出することで初めて完成するのが戯曲なのでしょう。ただし舞台は見るのにハードルが高い、値段も高い。そこで私は映画をお勧めします。
映画は観客と俳優の間にカメラとマイクと編集室が挟まりはしますが、もともと人間が演じる予定で書かれたものを形にするという意味では舞台も映画も同じであり、優れた舞台や優れた映画は、その戯曲の魅力を浮き彫りにしてくれます

ブラナーの『ハムレット』はその荘厳長大な『ハムレット』の完全な映画化です。文字通り、「カットしていない」という意味の「完全な映画化」なのです。

シェイクスピアをはじめとした古典の作品には、前述のとおりくどい言い回しや過剰説明が含まれます。なぜそうなってしまうのか、その理由のひとつとして挙げられるのは「テクノロジーの不足」でしょう。
シェイクスピアが活躍した16世紀から17世紀初頭、現代の劇場のような照明はありませんでした。劇場は日の光が届く屋外劇場で、上演できるのは昼間だけに限られていたのです。現代ならば、夕日を説明する時にはオレンジ系のフィルターを照明に仕込み、カラスの鳴き声の効果音を足すことで事足ります。しかしそのようなテクノロジーが一切なかった時代、すべての状況説明はセリフでせざるを得ませんでした。
そのためシェイクスピアをはじめ、古典演劇のセリフは現代の感覚でいえば過剰なほどの説明を含んでおり、そのまま演じるとくどいことこの上ないのです。

Writer

ニコ・トスカーニ
ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フリーエンジニア兼任のウェイブライター。日曜映画脚本家・製作者。 脚本・制作参加作品『11月19日』が2019年5月11日から一週間限定のレイトショーで公開されます(於・池袋シネマロサ) 予告編 → https://www.youtube.com/watch?v=12zc4pRpkaM 映画ホームページ → https://sorekara.wixsite.com/nov19?fbclid=IwAR3Rphij0tKB1-Mzqyeq8ibNcBm-PBN-lP5Pg9LV2wllIFksVo8Qycasyas  何かあれば(何がかわかりませんが)こちらへどうぞ → scriptum8412■gmail.com  (■を@に変えてください)

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