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新作『オリエント急行殺人事件』を観る前後に!映画監督ケネス・ブラナーが贈る、深遠なるシェイクスピア作品の世界

オリエント急行殺人事件
©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

ところが、シェイクスピアはその説明台詞一つとっても非凡でした。劇作家であり、詩人としても活躍した彼は詩的な表現にも長けていたのです。下記は代表作のひとつ、『ロミオとジュリエット』の一節です。

“Night’s candles are burnt out, and jocund day. Stands tiptoe on the misty mountain tops.”
夜のロウソクは燃え尽きた。楽し気な朝の光が靄にけぶる山の頂でつま先立ちしている。

『ロミオとジュリエット』第3幕5場(出典:PlayShakespeare.com/翻訳は既存訳を参考にした筆者訳)

 

要するに「朝が来た」と言っているだけなのですが、「朝が来た」ことを無機質なただの説明ではなく詩的な表現として結実させているのです。
円熟期の傑作である『ハムレット』はこのような詩的な表現の宝庫です。主演を兼任するブラナーは俳優としてもシェイクスピアのエキスパートであり、その演技は見事なものです。シェイクスピアのセリフは韻を踏む一種の詩の形式を採用しているため、声に出して読むと実に典雅で壮麗な響きがします。ツボを心得たブラナーの朗々としたセリフ回しはまるで妙なる調べのようで、セリフが持つ魅力をとことん味わうことができるでしょう。

またブラナーは、内容面にもカットを加えていません。『ハムレット』はデンマークを舞台にした戯曲で、そのメインストーリーは父を殺されたデンマーク王子ハムレットの復讐です。そのサブプロットには隣国ノルウェーがデンマークに侵攻してくるというものがあるのですが、こちらはしばしば削除されることがあります。映画作品では、オリヴィエが監督・主演した『ハムレット』(1948)とゼフィレッリ監督の『ハムレット』(1990)でこのサブプロットがカットされているのです。
この「隣国による侵攻」という要素は、『ハムレット』でさらなるスケール感を演出することにつながります。そもそも『ハムレット』は主人公ハムレットの苦悩の物語ですが、ハムレットは一国の王子であり、彼の動向は一国の行く末を左右することになり、そこに隣国ノルウェーによる侵攻という要素が加わることで物語に厚みが生まれるのです。
このことを、ブラナーは十分に心得ているといえるでしょう。原作の第4幕第4場にあたる場面で、ハムレットはポーランド領へと進行するフォーティンブラス率いるノルウェー軍の姿を見て、その勇猛な姿に心を動かされ、改めて復讐を決意します。原作でノルウェー軍の様子はハムレットのセリフで説明されるだけですが、映画では侵攻する大軍がダイナミックに視覚化され、そこに朗々と響き渡るブラナーのセリフが重なります。映像と詩的なセリフの表現を重ねた壮大な演出には、ブラナーによる野心的な演出意図が感じられます。

ただし「カットしない」方針は、ブラナー版の『ハムレット』を見づらいものにもしています。
まず、単純にこの映画はとても長いです。上映時間は242分、少々信じがたいレベルの長さです。ほとんど原作をカットしていないため、とにかくセリフが長く、主人公ハムレットの独白が多いためにブラナー演じるハムレットが延々と一人で話し続ける場面が複数あります。容易に想像がつくかと思われますが、人物が延々と一人で話し続ける様子は生理的に辛いところがあります。

ところがブラナー版の『ハムレット』は、その生理的な辛さを我慢する価値がある作品です。のちにマーベル映画を手がけるブラナーだけあって、前述のようにその映像表現にはサービス精神が感じられ、常に何かが動き続けているような躍動的な仕上がりになっています。少なくともブラナーのバージョンほど「映画」らしい『ハムレット』を私は知りません。


私事ながら、私は大学院まで英文学を先行し、学生時代は演劇に精を出すちょっとしたシェイクスピアおたくだったのですが、そのきっかけを作ったのがブラナーの映画でした。
それゆえに、新作『オリエント急行殺人事件』をはじめとした、ビッグバジェットの話題性の高い作品でその名前が挙がることを非常に嬉しく思います。同作は本稿執筆時点で未見ですが、原作はイギリスの古典的名作であり、時代も毛色もシェイクスピアとはまったく異なりますが、ブラナーの得意分野です。きっと今回も良質な仕事をしていることでしょう。

[参考文献]
戸所宏之『はじめてのシェイクスピア 英文学の最高峰を楽しむ』PHP研究所 2003

Eyecatch Image: ©2017Twentieth Century Fox Film Corporation

Writer

ニコ・トスカーニ
ニコ・トスカーニMasamichi Kamiya

フリーエンジニア兼任のウェイブライター。日曜映画脚本家・製作者。 脚本・制作参加作品『11月19日』が2019年5月11日から一週間限定のレイトショーで公開されます(於・池袋シネマロサ) 予告編 → https://www.youtube.com/watch?v=12zc4pRpkaM 映画ホームページ → https://sorekara.wixsite.com/nov19?fbclid=IwAR3Rphij0tKB1-Mzqyeq8ibNcBm-PBN-lP5Pg9LV2wllIFksVo8Qycasyas  何かあれば(何がかわかりませんが)こちらへどうぞ → scriptum8412■gmail.com  (■を@に変えてください)

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