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「作家になる唯一の方法は、常に書き続けるということだ」 ─ 『カオス・ウォーキング』原作者ロングインタビュー

『カオス・ウォーキング』
© 2021 Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved.

『スパイダーマン』トム・ホランド主演、頭の中で考えていることが“ノイズ”としてあらわになってしまうという世界を描くSF映画カオス・ウォーキングが2021年11月12日より日本公開を迎えた。

監督は『ボーン・アイデンティティー 』シリーズや『オール・ユー・ニード・イズ・キル 』(2014)のダグ・リーマン。共演は『スター・ウォーズ』レイ役デイジー・リドリーや、“北欧の至宝”マッツ・ミケルセンとすこぶる豪華だ。

本作は、パトリック・ネスによる人気ヤングアダルトSF小説シリーズ『混沌の叫び』3部作における第1作「The Knife of Never Letting Go」が原作。邦訳版は「心のナイフ(混沌の叫び)」として、東京創元社より上下巻が発売中。ガーディアン賞、ブックトラスト・ティーンエイジ賞を受賞した評判作だ。パトリック・ネスは他に、『怪物はささやく』でも2016年に著書の映画化を経験した人気作家である。

THE RIVERではこの原書を手に、パトリック・ネスへ単独ロングインタビュー。映画『カオス・ウォーキング』では脚本も務めているパトリックに、自書が映画化される舞台裏や、執筆に関するあれこれ、さらにライターをはじめ全てのクリエイターに向けた身の引き締るようなアドバイスも話していただいた。

カオス・ウォーキング パトリック・ネス
©Helen Giles

映画は「長いショートストーリー」

──本日はありがとうございます。本作『カオス・ウォーキング』のもとになった原書「The Knife of Never Letting Go」は読まさせていただいております。小説は3部作構成になっていますね。パート1だけで500ページもある原作を、この2時間ほどの映画に収めるのは難しかったでしょうか?

まず、2つの理念を考えました。ひとつは、原作を消さないということ。映画版がどういう展開になろうとも、原作はあり続けるべきということです。それに、これは私の本です。良くも悪くも、本では全てが私の思うように進みます。映画がどうなろうと、そこは左右されないのです。

もうひとつは、映画とは、せいぜい「長いショートストーリー」という考えです。だから原作からの改変も出てくるだろうし、そこは受け入れたい。だからこう考えるようにしたんです。“映像化(adaptation)”ではなく、“リミックス”なのだと。言うなれば、ひとつの楽曲を、その魂を保ったまま別の形に仕上げるようなものです。

そういった考えからスタートしました。原作の魂とハートをなくさないということが、私にとっての目標でした。

筆者撮影

──『カオス・ウォーキング』では撮影現場にも参加したのですか?

はい、何度も。湿地帯の北ケベックは蚊だらけでした(笑)。それからアトランタの撮影にも訪れています。

──自分が生み出したキャラクターを、素晴らしい俳優たちが演じられている様子を見て、どんな気持ちでしたか?

私にとって、映像化された初作品は『怪物はささやく』でした。その撮影初日のことを覚えています。特殊効果の撮影で、グリーンスクリーンの屋内スタジオでの撮影だったんです。リーアム・ニーソンやルイス・マクドゥーガルといった俳優たちはボディスーツを着ていて、これはどういうシーンだって話をしているんです。その様子を見て、「これを作ったのは自分なんだ、自分のアイデアなんだ」と思いました。

その時の感覚が忘れられないんですよね。僕の夢は、自分の本を執筆することでした。その本をモノとして手に持って、撮影現場に立ち会えるなんて考えもしなかった。素晴らしい気持ちです。いつも素晴らしく、ご褒美を与えられているような感覚です。

『カオス・ウォーキング』撮影の初日は川のシーンでした。役者たちが川に飛び込んだり、上がったりしているのを見て、自分の考えた物語が目の前で実現されていることに、素晴らしい気持ちでいました。すごくすごく幸運だと思います。

カオス・ウォーキング
© 2021 Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved

──本作は大規模な再撮影もあったそうです。しかしトム・ホランドら役者たちが多忙だったためスケジュールが合わず、再撮影が長い間止まっていたと聞きます。

再撮影というより、ただセットを変えて撮影しただけですよ。ダグ・リーマン監督がいつもやっていることです。それが彼の製作スタイル。大量に撮って、大量に編集して、また残りを撮り進めていくんです。ですから、すべてプラン内でした。ただ、途中でデイジー・リドリーとトム・ホランドが大作映画位シリーズで大出世してしまっただけ(笑)。2人(のスケジュール)が揃わず、想定よりもかなり長い間待つことになりました。とにかく、再撮影ではなく、もともと予定されていた撮影でした。ただ、こんなに長く待つとは思っていなかったですが。

犬が喋らない理由

──YouTubeで、パトリックさんが本書について語っている2010年の動画を見つけました。そこでパトリックさんは、本書は主に2つのアイデアに基づいていると話していましたね。ひとつは情報社会についてです。この世界は電話やネット、メールといった情報のノイズが溢れていて、もしもそれらから逃れないとしたらどうする?プライバシーはどうなる?というものでした。

パトリックさんがこのテーマを10年以上前に書いていたというのが興味深いです。だって今では、SNSやデジタルウォッチなど、もっと多くのノイズが溢れ、人のプライバシーはさらに脅かされていますから。

自分の予言が当たって凄い、とは思いません。こうなることは誰もがわかっていたと思います。私はいつも、ものの良し悪しを決めつけないようにしています。それよりも、“こういうことが起こった、さてどんな影響があるだろうか”と見るようにしています。そこに興味がある。特に若い世代にどう影響するかです。

必ずしも答えを知りたいとは思いませんが、問いかけはしたい。インターネットは無くならない。もう私たちの人生や世界の一部であるなら、何に気をつければ良いだろうか?どこに注視しておくべきだろうか?私のネット回線は今ちょっと調子が悪いですけれど(笑)。

ネットの素晴らしいところは、様々な人が集まれること、ひとりぼっちだと感じさせないところ。自分みたいな考えの人は、この街に自分1人なのかもしれない、なんて人でも、ネットで自分と同じような誰かを見つけられるんです。これは東京では問題ないかもしれないけど(笑)、小さな街にいるとね。それがネットの素晴らしいところです。もっとも純粋で最良な社会の形だと思う。

でも、真逆の面もある。ネットには恐ろしい考えの人もいて、誰かを傷つけてやろうという時にも、人やグループを見つけることができてしまう。今までのネットにはなかった、新しい一面です。

ネットにおける良いところは、良いところとして残り続けるでしょう。でも、悪いところもあるという事実から目を逸らすことはできない。ただ、穴に落ちないように常に意識しておくべきです。例えばトランプ(米前大統領)が良い例ですよ。あまり政治の話はしたくないんですけどね。彼はネットの力を利用して、誤った情報を拡散させたでしょう。そこから学ぶべきで、二度と同じことを起こさないようにすべきなのです。

──なるほど。それから、アイデアの基になったもう一つのアイデアは、「犬が喋る物語が嫌いだった」ということで(笑)。本の中では、主人公と冒険を共にする愛犬マンチーが、簡単な単語のみで喋ります。

でも、今回の映画版では、マンチーが喋らないので少し残念でしたよ。なぜこの設定を変えてしまったのですか?

本では(読み手の想像で)補完できる部分が多いので、制約なく書けるんですよ。でも映画で犬に声を与えてみると、どうやってもコミカルになってしまったんです。どう頑張っても合わなかったんです。急にディズニー映画みたいになっちゃって。悲しかったですけれど、本当にこっちの方が良かったんです。

本を映画化するとなると、諦めなければいけない要素も出てくるものです。でも、得る物もありますよ。トッドとヴィオラが雨宿りをしながら突然キスをするんですけど、それはトッドの妄想で、ヴィオラがそのノイズを見ちゃうというシーンは映画のオリジナルです。すごく面白いシーンで、映える。本では書けません。失うものもあれば、得るものもあるんです。私は納得しています。

既に世界が変わったものとして振る舞う

──確かに本作は、少年少女のピュアなラブコメとしても楽しめます。それから、主人公トッドは2人の父親に育てられたという設定ですよね。パトリックさんご自身も、同性婚をされていると思います。残念なことに、同性婚はまだ日本では認められていないのですが……。

世界を変える方法はたくさんあると思います。その数多くあるうちのひとつとして、“既に世界が変わったものとして振る舞う”という考え方を私は好んでいます。私の本では、トッドは男性2人に育てられていますが、それが変わったことだとは本人も思っていない。だから、これは変わったことなのだと作中で一切言及されないのです。父親2人に愛され、しつけられることが、当たり前のものとして描かれるんです。私にとって、これは数あるアプローチのうちのひとつ。少しだけ世界を変えられるような気がしています。

(同性婚は)アメリカでもずいぶんと時間がかかりましたが、きっと日本でも認められると確信しています。逆戻りすることはないはず。世界中のあちこちで合法化されています。(同性愛は)現実の一部ですし、そんなに大きなことじゃない。実現すれば、”なんだ、極めて普通のこと(an absolutely normal thing)じゃないか”と受け入れられるでしょう。

これが私の好きな考え方です。世の中が既に自分の望み通りに変わったと思って振る舞うんです。

──パトリックさんは本を執筆する時、自分の中でテーマソングを選ぶそうですね。本作は、ミューズ(Muse、イギリスの有名ロックバンド)の曲をテーマにしていたそうです。どの楽曲でしょうか?

アルバム『Black Holes and Revelations』(2006)に入っている「Map of the Problematic」です。もちろん、この曲を本にしたというわけではありません。でも、この曲とは通ずる感覚が得られると思います。どんな感覚だったかを思い出すために、執筆中によくこの曲を聴き直していました。

映画でもその感覚が表れています。この曲は“憧れ”や“痛み”が描かれていて、中盤になるとどんどん速くなっていくエネルギーがある。これが、『カオス・ウォーキング』の本と映画で皆さんに感じてほしいものです。

──なるほど、ミューズの曲はオーガニックなところもありながら、シンセサイザーを使った未来的な感覚もある。『カオス・ウォーキング』も、西部劇のようなテイストと、SF要素が混じっています。確かにミューズっぽい。

私もそう思います。半分SFで、半分はウエスタンの物語です。植民地化や、西洋的な考え方を、別の惑星に持ち込んでいます。古い西部劇でありながら、西部劇じゃない。そんなコンビネーションをすごく気に入っています。

J・J・エイブラムスによる映像化企画も

──ご自身の著書の映画化は『怪物はささやく』から2作目です。映画製作に携わる仕事は続けていきたいですか?

はい!是非とも。物書きとして学び続けたいなと思います。停滞して同じことを何度もやっていては、クリエイティブ的に死んでしまう。「失敗したらどうしよう」という恐怖心を常に持ち続けたいんです。そうすれば、常に必死に、献身的に、集中的になることができる。

それに、新しいことを学びたい。私の本は、毎作ごとに全く違う作風です。新しいことに挑戦したいからです。映画製作は、新しい書き方の良い勉強法。全部やりたいんです(笑)。学び続けて、成長を続けたい。

──それでは、『カオス・ウォーキング』の映画製作で学んだことは何ですか?

”要約すること”ですかね。長く壮大な物語を、短い映画にまとめる時に、どうすれば良いのか、どう形を変えれば良いのかということです。これがクリエイティブ・チャレンジでした。私はよく、“どの部分を変えますか”と尋ねていましたが、これは“削る”というより、クリエイティブなゲームのようでした。『カオス・ウォーキング』では、そんなことを学びました。

──今度はTVシリーズを手掛けてみるのはいかがですか?上映時間を気にしなくても良いのでは?

実は、私の最新作「Burn(原題)」、これはまだ邦訳されていないのですが、J・J・エイブラムスの製作会社Bad Robotsが映像化権利を購入して、映像化企画を進めているところです。ドラゴンが存在したという設定の1950年代のアメリカが舞台の物語です。ストリーミング配信向けになると思います。うまくいくよう祈っていてください!

Writer

中谷 直登
中谷 直登Naoto Nakatani

THE RIVER創設者。お問い合わせは nakatani@riverch.jp まで。

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