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“死んだ目俳優”ベン・アフレックの正しい使い方『ザ・コンサルタント』レビュー

田舎町で会計士としてひっそり暮らす男、クリスチャンには裏社会の会計簿を握る暗殺者としての顔もあった!

これまで『96時間』『イコライザー』『ジョン・ウィック』『ドント・ブリーズ』と近年のジャンル映画に受け継がれてきた『舐めてた相手が実は殺人マシーンでしたムービー(ギンティ小林氏命名)』の一種であると言えます。例のごとく、主人公は殺人マシーンなので安心して見ていられるわけですが、そこに『自閉症』という味付けが加わることで、また少し違った雰囲気と予想外の展開を楽しめるのが本作の面白さでもあります。以下、その内容について詳しく見ていきましょう。

【注意】

この記事には、映画『ザ・コンサルタント』に関するネタバレ内容が含まれています。

死んだ目、丸まった背中…ベン・アフレックの『デクノボー演技』の完成形

ベン・アフレックといえば、身長190センチを超える大柄の体格とは裏腹に、座った目と半開きの口がなんとも言えない、ちょっとした『子どもっぽさ』(悪くいえば、バカっぽさ)を醸し出していて、アメリカ国内に限らず日本でもよく話題になっています。そのせいか最近の映画でも『ゴーン・ガール』では失踪した妻にどんどん追い詰められていく夫、『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』では長年の戦いで疲弊したブルース・ウェインを案じており、その独特の雰囲気をフルに演技で生かしています。もちろん一級の俳優なので、演技によってはデクノボー感は一切ないわけだけど、現状、イメージとして『死んだ目俳優』の称号を与えてもいいのではないかと思うわけです。
今回『ザ・コンサルタント』ではその『デクノボー演技』に磨きがかかっていて、なにを考えているか読めない座った目や、滅多に動きを見せない表情筋、そして哀愁漂う丸まった背中は、彼以外にクリスチャンを演じることはできないだろうと思わせるほどです。そしてこの『デクノボー演技』は本作のテーマと密接に関わる点で非常に重要です。詳しくはのちに触れることにします。

迫力バツグンの重量ゴリラアクション

演技の幅もさることながら、しっかりアクションもこなせるのがベン・アフレックの凄いところ。『ザ・コンサルタント』ではそんな彼がデカイ図体を生かした重量アクションが楽しめます。僕はこれを見たとき、まさしくゴリラアクションだ!と直感的に思いました。
幼少期に叩きこまれた東洋風のマーシャルアーツを基礎にしつつ、体格を生かしてゴリラやサイが突進するかのように敵を蹴散らします。中盤、一般人のクライアントの家に訪れたマフィアの敵(彼も非常に大柄)との戦闘は、肉と肉をぶつけ合い、ずっしり低く伸びる打撃音を響かせており、まるでレスリングのようでした。
ヘッドショットは『ジョン・ウィック』ばりの正確さで決まるし、基本的にクリスチャンは無傷でありながらも、みずからの肉体を壁のように使って戦うので、ほとんど命を削って敵を潰していくかのような緊張感が漂っています。打撃音のエフェクトがやたらと大げさに重いので、聴いていてとても痛そうなんですよね。迫力があって非常に見応えにあふれていました。

『ほかと違う』悲哀

この映画でいちばん注目すべき点、それはクリスチャンが『高機能自閉症スペクトラム』という生まれつきの障害を抱えていることです。同じモノや一度始めたことに対して著しい執着を見せたり、他者とのコミュニケーションに障害があることが主な症状です。クリスチャンの障害も一度始めたパズルの最後のピースが見つからないとパニックに陥ったり、だんだん他人との会話が噛み合わなくなったり、といったシーンで描かれています。しかもクリスチャンを巡って彼の両親は不仲に陥り、彼が幼少期の間に離婚してしまいます。その上、米軍所属の父は息子の将来を案じて、弟共に兄弟二人に武術を徹底的に叩き込みます。クリスチャンはそういう過去を送った男なのです。

自らのハンディキャップが原因で起こった子ども時代の様々なトラウマが、彼を蝕んでいます。だからこそ、毎晩クリスチャンは暗い部屋に閉じこもって爆音で自分に負荷をかけ、会話が噛み合わなくなったら『冗談だ』と作り笑いを浮かべて誤魔化すなど、暴力的な矯正と丸暗記で無理やり自分を『普通』の人間の生活に押し込めようとするのです。あの大きな身体と、高機能自閉症スペクトラムはどこか重なります。ほかと比べたら『大きくて』『邪魔で』『他人に迷惑』だから、クルマのトランクに押し込めるかのように、力づくで窮屈な空間に自分を推し詰め、本当は痛くて息苦しいのに、とりあえずはそれで良しとしてしまう。のびのびと深呼吸をする余地もない…クリスチャンの丸くて切なさの漂う背中は、そんなストレスフルな日々を連想させます。

しかし『ザ・コンサルタント』の作り手はそんな彼に救いを与えます。まず、クリスチャンが事件に巻き込まれる発端となった不正会計の調査でパートナーだったデイナは、孤独に暮らす彼に明るい光を照らします。彼女はちょっと変わった、取りつく島のない言動のクリスチャンに親切に接します。本来、クリスチャンにしかわからないはずの壁一面の計算式を眺めてデイナは感動と興奮の声をあげるわけですが、そのときのクリスチャンの嬉しそうな表情を見てください。彼女の人懐っこくて優しい笑顔が、クリスチャンの心にしっとり染み込んで、どこかで繋がれたという喜びがその嬉しそうな顔に現れていると思うのです。

より重要なのはラストの展開でしょう。追い続けていた宿敵が実の弟だと知ったとき、クリスチャンは複雑な感情を隠さず吐き出しながらも、久しぶりの再会を祝福します。ふたりは何十年も音信不通で、お互いに行方を案じていたのですね(少なくともクリスチャンからは会おうと思えば会える状態にあったようですが)。しかも、兄と弟はそのまま和解し、戦うのをやめてしまいます。これまでの血みどろの戦いがまるでウソだったかのように。広がり続けてきた物語のスケールは、一気に兄弟のレベルまで縮小し、事件の解決もそこそこに、全く別の方向に急転換するわけです。あまりに不思議な展開に呆気にとられます。

しかし、これこそ『ザ・コンサルタント』の素晴らしさなのでしょう。やろうと思えば、兄弟同士で殺しあう悲しい結末にもできたはずです。それをあえて弟との幸せな再会で終わらせたこの映画の優しさに心の芯から温まるような感動を覚えました。突然物語のフォーカスが兄弟の和解に向くあたり、まるでひとつのことに集中したらその世界から抜け出せなくなるクリスチャンの特質のようでもあり、最初から最後まで実は閉じた時空で完結していたという全体像も、そのまま彼の見ている世界を具現化している様にも思えます。

クリスチャンは大きな困難に遭いながらも、最終的には弟との絆を取り戻し、淡い恋心の様なものを抱いていたダイナに対してはジャクソン・ポロックのコレクションを送り、彼を追いかけていた警察はより大きな正義のために捜査を諦めます。すべて、クリスチャンのために良い方向に物事が転がっているのです。その伏線はたしかに正確に散りばめられているのですが、なんとも不思議な構成です。はっきり言って歪です。しかし、全体としてみれば、これこそクリスチャンの見ている世界の全部であり、こうとしかなりようがなかったのです。

高機能自閉症スペクトラムとは、結局のところ、現代社会で生きる上で妨げとなるような生まれつきの特質を『障害』として括っているものでしかありません。ベン・アフレックの芝居は、たしかに死んだ目を生かした『デクノボー演技』なわけですが、しかし、だからといって彼を異質なものとして排除したりはせず、彼なりに幸せな道を用意してあげることで救ってあげています。本作を観て、天才的な戦闘スキルと計算力を仕事に生かすクリスチャンや、施設で暮らす彼の相棒のハッカーのように、誰もが自分の特質をポジティブなものとして誇れる時代がいつかきて欲しいという思いを、月並みながら抱えつつ、劇場を後にしました。

アクション映画を見にいったつもりが、なんだかとても温かい気持ちになるという、不思議な体験でした。

Eyecatch Image:Photo by Chuck Zlotnick – © 2015 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
http://www.imdb.com/title/tt2140479/mediaviewer/rm2527920640

Writer

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トガワ イッペー

和洋様々なジャンルの映画を鑑賞しています。とくにMCUやDCEUなどアメコミ映画が大好き。ライター名は「ウルトラQ」のキャラクターからとりました。「ウルトラQ」は万城目君だけじゃないんです。