『クリード 炎の宿敵』アドニスとドラゴ親子の因縁を読み解く ─『ロッキー4/炎の友情』と冷戦の傷跡

俺達は闘争本能を持って生まれたんだ
テレビのチャンネルみたいに生き方を変えられはしない
これは『ロッキー4/炎の友情』(1985)中、アポロ・クリード(カール・ウェザース)が発した台詞である。ソ連が生み出した怪物ボクサー、イワン・ドラゴ(ドルフ・ラングレン)との対戦を前にしてアポロは親友、ロッキー・バルボア(シルヴェスター・スタローン)に本音をさらけ出す。
34年後、同じ台詞を口にしたボクサーがいた。『クリード 炎の宿敵』(2018)の主人公、アドニス・クリード(マイケル・B・ジョーダン)だ。言うまでもなく、アドニスはアポロの実の息子である。世界チャンピオンになり、幸せな家庭も手に入れたアドニスはそれでも、危険なリングに上がる。相手はイワンの息子、ヴィクター(フローリアン・ムンテアヌ)だ。ヴィクターはイワンが手塩にかけて育てた最強のボクサーである。アドニスは最愛の妻に己が闘う理由を語る。アポロがロッキーに反対されても、イワンと闘わずにいられなかったように。

『クリード 炎の宿敵』は『ロッキー4/炎の友情』から生まれた、親子2代に渡る因縁の決着を描いている。そこで、この記事ではあえて『ロッキー4/炎の友情』を振り返って解説していく。『クリード 炎の宿敵』の核を理解するうえでの参考になれば幸いだ。
この記事には、『ロッキー4/炎の友情』と『クリード 炎の宿敵』の核心に触れる記述があります。
幸せそのもののロッキーとアポロ
冒頭、アポロとの「試合」を終えた世界チャンピオン、ロッキーが自宅の豪邸に帰ってくるシーンで『ロッキー4/炎の友情』は幕を開ける。出迎えてくれるのは幼い息子、ジュニア(ロッキー・クラコフ)である。(※1)今夜は妻・エイドリアン(タリア・シャイア)の兄、ポーリー(バート・ヤング)の誕生日パーティーだ。その後、ロッキーはエイドリアンと2人きりで結婚記念日を祝う。何もかもが幸せに包まれている。(※2)オリジナル『ロッキー』(1976)ではチンピラ同然だったロッキーは、こんなにも豊かな毎日を送れるようになっていた。
そして、それはアポロも変わらない。かつてロッキーとタイトル・マッチを闘った元王者のアポロは、豪邸で何不自由なく暮らしている。自宅のプールで愛犬と戯れるアポロ。引退した彼には満ち足りた余生が残されていた。2人の「チャンピオン」の幸福な描写は、やがて来る悲劇への前振りである。それと同時に、アメリカン・ドリームを観客にまざまざと見せつけている。物に囲まれた、ゴージャスな自由の国。世界中の誰もが憧れるアメリカの美しい姿だ。
(※1)『クリード 炎の宿敵』のラストでロッキーは数年ぶりにジュニアの家を訪ねる。すると、幼い孫、ローガンが出迎えてくれる。
(※2)『クリード 炎の宿敵』の序盤でアドニスは恋人にプロポーズをしている。
ドラゴが象徴 冷戦下のアメリカから見たソ連
そんな彼らの幸せはソ連のアマチュア王者、イワン・ドラゴの訪米によって打ち砕かれる。ドラゴはソ連が国家の威信をかけて作り上げた、彼はサイボーグのようなボクサーだ。巨大な体躯と鋼のような筋肉、さらに兵器並のパンチ力を有している。ドラゴを要するソ連チームの要望は、アメリカ人ボクサーとのエキシビジョンマッチだった。ドラゴ役のドルフ・ラングレンは北欧生まれだが、撮影当時、すでに流暢な英語をマスターしていた。それにもかかわらず、ドラゴにはほとんど台詞が与えられていない。(※3)この演出は、当時のアメリカ、ソ連間の緊張状態を象徴している。
第二次世界大戦終結後、世界は資本主義を推進する「西側」と、共産主義を推進する「東側」に分裂していた。それぞれの主義を代表するアメリカとソ連は、常に対立構造をはらんでいた。これを「冷戦」と呼ぶ。直接的な戦闘こそなかったものの、宇宙開発競争や朝鮮戦争、ベトナム戦争といった重大なトピックには常に、両陣営のにらみ合いが絡んでいた。自由経済を謳歌し、発展を遂げたアメリカにとってソ連は「何を考えているかわからない不気味な国家」だった。そして、全体主義が当たり前のように根付いていたソ連からしてもアメリカは「利己的で騒々しい連中」に映っていた。
(※3)ヴィクター・ドラゴも台詞は控えめ。